いまの状況を変えたいと願いながら、あと一歩が踏み出せない、もう一歩の勇気が出ない、そんな風に気持ちが立ち止まってしまうことってありませんか? 波風を立てたくなくて、調和が崩れることに躊躇して、波乱の予感に怯えて、本当の気持ちに蓋をしてしまおうとする。そんな弱気は、きっと誰にも覚えがあるでしょう。

『ずっとそこにいるつもり?』――本書のタイトルは、そんな思いを抱えたすべての人々に向けられた励ましの言葉です。

古矢永塔子さんの新刊である本書は、迷いの中にいる5人の主人公を描いた短編集です。彼らが悩みの中から答えを見つけ、前に進もうとする姿は、そのまま読む者の明日への道筋を照らす光になってくれるでしょう。

厳しく、そして優しいエールの詰まった作品集を発表したばかりの古矢永さんにお話を伺いました。

現状から一歩前に踏み出したいと考えている方にお届けできれば、作者としてとても嬉しいです

――今回の『ずっとそこにいるつもり?』について、これから読む方へ、どのような作品かをお教えいただけますでしょうか。

映画宣伝会社で働く弥生、就活中の大学生・健生、崖っぷちにいる漫画家・峯田、子育てに奮闘する主婦・朱里、母校の女子校で教鞭をとる杏子。年齢や職業は様々ですが、五人の主人公は皆、現在の自分を取り巻く状況に悩み、このままでいいのか? と葛藤しています。タイトル『ずっとそこにいるつもり?』は、そんな彼らの背中を押すために選んだ言葉なので、同じように現状から一歩前に踏み出したいと考えている方にお届けできれば、作者としてとても嬉しいです。

――この作品が生まれたのはどんなきっかけだったのでしょうか。

一般文芸デビュー作『七度笑えば、恋の味』を書いた時、第一話に、主人公の印象が引っくり返るようなギミックを仕掛けました。「小説すばる」に掲載された一編目の短編「あなたのママじゃない」は、『七度笑えば…』の第一話のような驚きが仕込まれたものを、というご依頼だったので、終盤に、それまでの景色が一変するようなギミックを仕掛けています。そこから、全編を意外な結末にする、という作品集の方向性が決まりました。

ぜひ二度読みをしていただきたいです。二度目に読んだ時に大きく印象が変わるシーンがいくつもあると思うので

――ご執筆にあたって、苦労されたことや、当初の構想から変わった部分など、なにかエピソードがありましたらお聞かせください。

全編を通して、思いついたギミックを無理なく物語に馴染ませることに苦労しました。他には、五本目の「まだあの場所にいる」が、何度も書き直した作品なので思い入れが強いです。初めは主人公を女子高校生に設定していましたがどうもしっくりこず、脇役だった四十代教師の視点から描き直すことにしました。自分と同年代の人物を主人公にすることで、私自身が抱えていた若者へのジェネレーションギャップについても向き合うことができ、面白い作品になったと思います。

――本作は、特にどのような方にオススメの作品でしょうか? 読みどころなども含めて教えてください。

全編、あちこちに伏線をしかけ、終盤で物語の景色を引っくり返す仕掛けにしているので、ぜひ二度読みをしていただきたいです。一度目に読んだ時と、二度目に読んだ時で大きく印象が変わるシーンがいくつもあると思うので、そうした点でも楽しんでいただけると思います。

いつか長編に使おうと思っていたギミックも全て詰め込んだので、とてもお得な作品集になっていると思います

――小説を書くうえで、いちばん大切にされていることをお教えください。

少し前までは、キャラクターを愛して書くことです、とお答えしたと思うのですが、最近は作風の幅を広げるために、あえて好きになれそうもない主人公を描くことに挑戦しています。強いて何か挙げるなら、読んでくださる方にストレスを与えないように、文章の読みやすさ、誤字脱字、誤読を招きそうな文章の組み立て方はしないように、ぎりぎりまで粘って推敲しています。

――最後に読者に向けて、メッセージをお願いします。

短編集の刊行は初めてですが、一編一編、長編と同じくらいの時間をかけて仕上げました。いつか長編に使おうと思っていたギミックも全て詰め込んだので、とてもお得な作品集になっていると思います。独立短編集はなかなか手に取られづらい風潮にあると聞きますが、読者としての私は、作家の魅力がぎゅっと詰まった短編集が大好きなので、もし本書を読んで面白いと思っていただけたなら、これを機にいろいろな作家さんの短編集を楽しんでほしいです。

Q:最近、嬉しかったこと、と言えばなんでしょうか?

ここ二年程、何度も書き直して方向性に悩んでいた長編がようやく大きく前に進んだことでしょうか。最近は、家族と過ごす時間以外はずっと小説のことばかり考えているので、ふと昔を振り返り、「毎日ずっと小説ばかり書いて暮らしていきたい」というデビュー前の願いがいつのまにか叶っているなと、しみじみと幸せを感じました。

Q:ご自身は、どんな小説家だと思われますか?

デビューしてから何人かの作家さんとお話させてもらいましたが、皆さん読書量も知識量もすごいので、圧倒されるばかりです。そんななかで自分の日々の関心ごとは、今日のご飯は何にしようかな、ということくらいで……。でもとある編集者さんに、「古矢永さんが書く普通の人の話が読みたいんです」と言ってもらったことがあるので、自分の平凡さを強みに、普通の人の話を書き続ける小説家でいたいと思っています。

Q:おすすめの本を教えてください!

■『つめたいよるに』江國香織(新潮社)

中学時代からの私のバイブルです。江國さんの言葉の扱い方、文章のてざわりや繊細な世界観に夢中になり、この本から江國ワールドにどっぷりはまりました。

■『プラナリア』山本文緒(文藝春秋)

山本さんの作品は少女小説時代から愛読しています。ユーモアセンスが抜群で、個性的なキャラクター達が大好きでした。大人向けの一般文芸を書かれるようになってからは、ユーモアはそのままに、ごく普通の人間の中に潜む残酷さやいやらしさ、狡さなどが、読み手の心に刺さって抜けない棘のようにひそんでいて、何度も読み返したくなる中毒性があります。

■『ラビット病』山田詠美(新潮社)

山田さんの作品は長編・短編ともに大好きですが、この連作短編は主人公カップルがとにかく愛おしく、一編一編、噴き出さずにはいられないハッピーな作品です。初めて読んだ時は、「小説ってこんなに自由でいいんだ…!」と痛快な気持ちになりました。ぜひ多くの方に読んでいただきたいです。


古矢永塔子さん最新作『ずっとそこにいるつもり?』

『ずっとそこにいるつもり?』(古矢永塔子) 集英社
 発売:2023年10月26日 価格:1,760円(税込)

著者プロフィール

古矢永塔子(コヤナガ・トウコ)

1982年、青森県生まれ。高知県在住。小説投稿サイトに発表した「恋に生死は問いません。」を改稿・改題した『あの日から、君とクラゲの骨を探してる。』で2018年にデビュー。2019年に「七度洗えば、こいの味」で「第1回日本おいしい小説大賞」を受賞し、『七度笑えば、恋の味』と改題し刊行。その他の著書に『今夜、ぬか漬けスナックで』があるほか、新刊『今日、君と運命の恋に落ちないために』も発売されたばかり。

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