たとえ天寿を全うした大往生だったとしても、「永遠の別れ」はやはり悲しくて寂しい。それでも亡くなった方が残していく想いを受け取り、残された方が別れを乗り越えて生き続ける癒やしとなるための場が「葬儀」なのかもしれません。

東京の、スカイツリーにほど近い葬儀場を舞台に、そこで働く人々が故人のために動き遺族に寄り添う姿を描いた、長月天音さんの『ほどなく、お別れです』は、そんなことを考えさせてくれる作品です。2018年に長月さんのデビュー作として発表されるや、グリーフケア(喪失の悲しみに対する支援)小説として大きな反響を呼び、ロングセールスとなりました。

この7月6日にいよいよ同作が文庫化され、7月22日にはシリーズ第3作となる新作『ほどなく、お別れです  思い出の箱』も刊行する長月さんに、作品に込めた想いを伺いました。

残された者だけでなく、故人も納得できる葬儀とは何か

――今回の『ほどなく、お別れです 思い出の箱』について、これから読む方へ、内容をお教えいただけますでしょうか。

『ほどなく、お別れです』シリーズは、東京スカイツリー近くの葬儀場「坂東会館」で葬祭ディレクターを目指す主人公・清水美空と、そこで大切な人を見送る遺族の物語です。 

残された者だけでなく、故人も納得できる葬儀とは何か、葬儀でどう区切りをつければ、遺族は未来へ目を向けることができるのか。美空は憧れの上司である漆原と一緒にそれを探っていきます。 

三作目『ほどなく、お別れです 思い出の箱』では、大手葬儀社から新たに加わったベテラン社員に「坂東会館」の経営理念が揺るがされてしまいます。

――このシリーズを描こうと思われたきっかけを教えていただけますでしょうか。

六年前、夫を病気で亡くしました。当時の私は自分を慰めるため、死別を経験をした方の本を手当たり次第に読んでいました。そのうちに、今度は自分が納得できるもの、同じように苦しんでいる方が少しでも前向きになれるような小説を書きたいと思うようになりました。 

大切な人が隣にいなくても、私たちは生きていかなければいけません。夫との闘病生活は、生と死、別れについて考える日々でもありましたから、小説に込めたい思いは次々と浮かんできました。

私は「嫌な人」を書くのが大の苦手です

――新刊の『ほどなく、お別れです 思い出の箱』ご執筆にあたって、苦労されたことや、当初の構想から変わった部分など、執筆時のエピソードをお聞かせください。

当初新キャラクターは存在せず、途中で大きく内容を見直すことになりました。私は「嫌な人」を書くのが大の苦手です。どうすれば反感を持たれる言動ができるのか、でも、本当に「嫌な人」にはしたくない、彼なりの事情があるのだと考えているうちに愛着が生まれ、物語を納得のいく方向に導いてくれるキーパーソンになってくれました。 

また、執筆中にコロナ禍を経験し、葬儀の方法もさらに多様化しました。今回の物語はコロナ禍以前の設定なのですが、作中で議論される「葬儀の在り方」も、より身近な問題として感じていただけるかと思います。

――どのような方にオススメの作品でしょうか? また、本作の読みどころも教えてください。

もともとグリーフケアの一助になればと書き始めたこともあり、大切な人を失った方の心を少しでも慰めたいという思いはシリーズを通して変わりません。 

主人公の成長物語でもありますので、一緒に悩み、笑い、普段はあまり触れることのない葬儀場のお仕事にも「へぇ」と思っていただけたら嬉しいです。

私自身が「読みたい」小説であるかどうか

――小説を書くうえで、いちばん大切にされていることをお教えください。

私自身が「読みたい」小説であるかどうかでしょうか。 

たとえば、悲しいお話であっても、悲しいだけでなく、必ず希望を感じられるようにしたいです。

――最後に読者に向けて、メッセージをお願いします。

読んでくださった方が、当たり前の日々を少しでも愛おしく思っていただければいいなと思います。 

葬儀場が舞台ですが、決して暗い気持ちにはさせません。

Q:最近、嬉しかったこと、と言えばなんでしょうか?

コロナ禍で会えなかった大切な人たちと会えるようになったことです。 

直接会って、会話をして、食事もできて、触れ合えるって素晴らしいことだと改めて思いました。

Q:ご自身は、どんな小説家だと思われますか?

自分自身が経験したことでないと、自信を持って書けない小心者かもしれません。 

その分、登場人物の感情に切実さを与えられるのかなとも思います。

Q:おすすめの本を教えてください!

自分自身の人生の岐路で出会い、小説家を目指すきっかけを作ってくれた本です。

『神様のカルテ』シリーズ 夏川草介(小学館)

夫との闘病生活を支えてくれた本です。病院が身近な生活だったことと、芯の通った主人公の、葛藤しながらも潔く前へ進んでいく姿に励まされ、仲間たちとの生き生きとしたやり取りも気持ちを和らげてくれました。

『三国志』シリーズ 北方謙三(角川春樹事務所)

小説に脇役などいない、すべてが主人公だと教えてくれた物語です。多くの登場人物それぞれの生きざま、死にざまにとにかく心を打たれました。

『ピエールとリュース』ロマン・ロラン 渡辺淳訳(鉄筆)

今回、ふと思い出したのが高校時代に読んだこちらの本で、改めて読み直してみました。 

私にとっては、「また逢う日まで」という映画タイトルのほうが強く心に刻まれています。 

今でも繰り返される戦争によって、大切な人と引き裂かれる方々の話を耳にするたび、心が痛むと同時に、私が「別れ」の物語を意識する根底にあるのは、かつて読んだこの本のように思います。 


長月天音さん最新作『ほどなく、お別れです 思い出の箱』

『ほどなく、お別れです 思い出の箱』(長月天音) 小学館
 発売:2022年07月22日 価格:1,650円(税込)

著者プロフィール

著者近影(写真提供 小学館)

長月天音(ナガツキ・アマネ)

1977年、新潟県生まれ。2018年に「セレモニー」で「第19回小学館文庫小説賞」を受賞。受賞作を改題のうえ同年『ほどなく、お別れです』でデビュー。2020年の『ほどなく、お別れです それぞれの灯火』、そして本作と続く人気シリーズとなっている。その他の著書に『明日の私の見つけ方』『ただいま、お酒は出せません!』がある。8月にも新作の刊行が予定されている。

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