2014年のデビュー作『神様の裏の顔』以降、ユニークな設定とユーモアセンスあふれる軽妙な語り口で綴られるミステリ作品を多数発表してきた藤崎翔さん。その最新作であり、藤崎ミステリの決定版とも言えそうな新刊『逆転美人』が発売されました。
美人であるがゆえにつらい人生を送ってきたヒロイン。ある事件をきっかけに、その思いを手記にまとめたのだが……と、期待に違わぬ展開で読者を惹きつける本作について、藤崎さんにお話を伺いました。元お笑い芸人のサービス精神を感じさせてくれる、読み応えたっぷりのインタビューをお楽しみください!
「読む前にそんなことを言ってくれるな」という声があるのを承知で、あえて言いますが……
――今回の『逆転美人』について、これから読む方へ、内容をお教えいただけますでしょうか。
飛び抜けた美人であるせいで、幼い頃から幾度となくつらい目に遭ってきたシングルマザーの香織(仮名)が、娘の中学校の教師にまで一方的な好意を抱かれた末に、ある事件が起きてしまい、その事件が大々的に報じられたのを機に『逆転美人』という手記を出します。しかし、それはさらなる大事件の幕開けで――というお話です。
「読む前にそんなことを言ってくれるな」という声があるのを承知で、あえて言います。
この小説には、ミステリー史に残るであろう伝説級トリックが使われています!
「読む前に言われたらネタバレじゃん」と思われる方がいるのも存じ上げております。しかし、この超絶トリックは、あらかじめ伝えておかないと、いざトリック部分に差しかかったところでビックリしすぎた読者の方のアゴが外れたり、ビックリしすぎて目玉が飛び出して床を転がって飼い猫に食べられてしまうような事故が多発しかねないので、注意喚起のために言っている次第です。
ミステリー史上初、いや「本」という物が発明されて以来世界初の、伝説級超絶トリックをとにかく読んでください!!
――「美人であるがゆえに不幸な人生を歩み続けたヒロイン」というのはユニークな設定ですが、この作品が生まれたきっかけを教えていただけますでしょうか。
正直、この設定は後付けで、完全にトリック先行で書きました。「こんなトリックは世界初のはずだ!」というのを思いついて、それを実現させるべく書いた次第です。
元々は美人のヒロインとは正反対の、中年のおっさんを主人公にするつもりだったのです。でも、おっさんが主人公だとトリックを成立させるのに不都合があると思い当たり、1ヶ月ほどかけて書いた物を全部リセットして書き直して、最終的にこの設定に行き着きました。
とはいえ、作中の「みんなもっと容姿にとらわれない世の中になれば苦労しなくて済むのに」という主人公の吐露に関しては、僕の本心でもあります。それこそテレビ局のアナウンサーなんて、原稿を上手に読むとか、スポーツを上手に実況中継するとか、見た目とまったく関係ない能力が問われるはずなのに、今やどの局も採用されるのは美男美女ばかり。それっておかしいんじゃないの……的なところは、僕が長年ずっと思ってきたところでもあるので、せっかくだから物語に盛り込みました。
成立するかどうか分からないストーリーを暗中模索する日々でした
――今回の作品のご執筆にあたって、苦労されたことや、当初の構想から変わった部分など、執筆時のエピソードをお聞かせください。
先述の通り、おっさんが主人公のストーリーを全部壊してまた作り直した時は、毎日泣きたくなるほどつらかったです。
「これ、実現できればものすごいトリックのはずなんだけど、本当にできるのかな……」と、成立するかどうか分からないストーリーを暗中模索する日々でした。
それを乗り越えて、この『逆転美人』のストーリーにたどり着いて、トリックをちゃんと成立させられることが分かってからは、ようやく安心しながら執筆できました。産みの苦しみは今までで最大だったと思いますが、その分達成感も僕史上最大だったと思います。
――どのような方にオススメの作品でしょうか? また、本作の読みどころも教えてください。
読みどころはとにかく、「ミステリー史に残る伝説級の超絶トリック」です!!
「そんなにトリックトリック言うなら、私が途中で見破ってやろうじゃないか」と、ぜひとも挑戦してもらいたいです。言っとくけど、そう簡単に見破れないですよ!
でもたぶん、見破れる人はごく少数ながらいると思います。
ただ、もし途中で見破っちゃったとしても「うわっ、これはすごい!」と思ってもらえて、税込836円の元は取れたと思ってもらえるはずの超絶トリックです!
ミステリー好きの方はもちろん、そうでない方でも、「なんかこの本、やたらすごいトリックだって吹聴してるぞ。どれどれ、どんなもんかな」と興味を持って読んでいただけたらと思います。
また、どうしても電子書籍では不可能な小説のため、「この時代でもやっぱり紙の本が好き」という方に是非読んでいただきたいです。
逆に電子書籍派の方も、この本だけは騙されたと思って、本屋さんで買ってみてください。読んでいただければ「ああ、これは電子じゃ無理だね!」と分かってもらえるはずです。
いわば最も素人に近い僕だからこそ書ける、ミステリーやエンターテインメントが必ずあると思っています
――小説を書くうえで、いちばん大切にされていることをお教えください。
僕にしか書けない、僕ならではの小説を書くことに尽きると思います。
僕は元お笑い芸人です。高校卒業まで小説なんてほとんど読んだことはなく、お笑いばっかり見てきました。芸人を始めてから小説をたくさん読むようになりましたが、じゃあ他の小説家の方々より読んできたのかと問われれば、たぶん人生通算読書冊数は一桁も二桁も少ないと思います。下手したらプロの作家を名乗る日本人の中で最も少ないかもしれません。そんな僕にとって、他の小説家の皆さんは、まともに戦っても勝てるわけがない猛者ばかりです。
ただ、いわば最も素人に近い僕だからこそ書ける、ミステリーやエンターテインメントが必ずあると思っています。本作『逆転美人』もまさにそうです。ミステリーというジャンルを、素人に近い俯瞰の視点で見た時に、「まだこのトリックは世界中の誰も使ってないぞ!」と僕だから気付けたのではないかと思っています。
――最後に読者に向けて、メッセージをお願いします。
さっきからずっと「このトリックはすごいんだ。伝説級だ。世界初だ」と言い続けている僕を、ただ自己評価が高いだけのナルシストなんじゃないかと思っている方もおられるのではないかと思います。
そうじゃないんです。僕は本来、それはもう謙虚で卑屈で低姿勢な、たまに知人とレストランなどに行くと「めっちゃ店員さんにペコペコするじゃん」と言われるような人間なんです。
そんな僕ですら、さすがにこれは全面的に押していかなければと思うほどのトリックを使ったのが『逆転美人』なんです。
どうか読んでください! このトリックは、一人の作家が人生で一度思いつくかどうかというレベルのやつです。これが売れなければ僕はもうダメでしょう! 絶対に買ってください、お願いします!
Q:最近、嬉しかったこと、と言えばなんでしょうか?
これがもう、どんなに探しても何もないんです。
近年出した本もあまり売れず、仕事のオファーも来なくなっちゃったし、数少ないオファーをくれる出版社からもボツを食らいまくってるし……『逆転美人』が売れなきゃ、僕は作家を辞めるどころか人間を辞めることになるかもしれません。
どうか「逆転美人のヒット」が、僕にとっての久しぶりの嬉しいことになるようにしてください! それさえあれば僕は生きていけます。本当にお願いします!
Q:ご自身はどんな小説家だとお考えですか?
ミステリー寄りの長編と、コメディ寄りの短編を両方コンスタントに出させてもらえれば、僕は「長編を書き疲れたから息抜きに短編を書く。短編を書き疲れたから息抜きに長編を書く」というのを永遠に繰り返す、執筆サイボーグになれるんじゃないかと思ってるんです。本当はそうなりたいんです。
でも、満を持して出した自信作の短編集『比例区は「悪魔」と書くのだ、人間ども』があまり売れず、内定していた短編集第2弾も白紙になってしまい……とにかく『逆転美人』のヒットが僕にはどうしても必要なんです! 本当にお願いします! さっきから同じことばっかり言ってすみません!
Q:おすすめの本を教えてください!
『後妻業』黒川博行(文藝春秋)
大好きな本です! 高齢男性の後妻になって遺産を根こそぎ奪っていく、時には殺人もいとわないような恐ろしい「後妻業」の小夜子と、裏で糸を引いている結婚相談所所長の柏木。とんでもなく悪い二人なんですが、何千万円もの遺産を手にした後で「この前のコーヒー代お前が払えよ」なんて数百円の支払いで延々と揉めたりするんです。そんなブラックユーモアと、綿密な取材をもとに細部まで徹底的に描かれたリアリティ。激烈オススメです!
『悪いものが、来ませんように』芦沢央(KADOKAWA)
最近読んで衝撃を受けた本です。不妊と夫の浮気に悩む沙英と、育児に追われる奈津子。対照的でありながら仲のよい女性二人の関係と、どうやらその二人が事件を起こしてしまったらしい少し先の未来が並行して描かれるのですが……何かある、と思ってはいましたが、それをはるかに超えてくる衝撃。僕は今、真相を全部知った上で二度読みをしてる最中です。爆裂オススメです!
『逆に14歳』前田司郎(新潮社)
表題作と、NHKで放送されたドラマ『お買い物』のシナリオの2編が収録されています。どちらもお爺さんが主人公で、内容的にはいわば正反対の作品なのですが、両方メチャクチャ笑えて面白いんです。どうやら文庫化もされていないようなのですが、ものすごく面白くて多くの人に読んでほしいので文庫化を熱烈希望です!
藤崎翔さん最新作『逆転美人』
発売:2022年10月13日 価格:836円(税込)
著者プロフィール
藤崎翔(フジサキ・ショウ)
1985年生まれ、茨城県出身。高校卒業後、お笑い芸人として活動。2010年のコンビ解消後に小説家を目指し、2014年に「神様のもう一つの顔」で「第34回横溝正史ミステリ大賞」大賞を受賞。改題のうえ『神様の裏の顔』でデビュー。2019年に『おしい刑事』、2021年にはその続編の『やっぱりおしい刑事』がそれぞれ連続ドラマ化されている。その他の著書に『OJOGIWA』『あなたに会えて困った』『読心刑事・神尾瑠美』『指名手配作家』『比例区は「悪魔」と書くのだ、人間ども』、近著に『守護霊刑事』などがある。