「真名(まな)」という言い伝えがあります。それは物事や存在が隠し持つ「真実の名前」のこと。真名を知る者は、その対象を支配することができるという呪術的な、一種の言霊信仰のようなもの。

しかしここにある、非公式のものながら明治の時代から様々な人物によって書き連ねられた報告書に記されているのはそれとは逆の、同じひとつの名前をつけられたことで災厄と化した人・動物・物と、それらが引き起こした禍々しい事象が綴られているのです。その災厄に至る名は「右園死児(うぞのしにこ)」――。

X(旧Twitter)上での投稿連載がSNSを中心に話題を集め、小説投稿サイトでの連載を経て、遂に書籍化された真島文吉さんによる『右園死児報告』は、そんな都市伝説や民間伝承のような味わいを持つ、読む者の本能的な畏怖を呼び起こすホラー作品です。

歴史の裏で脈々と受け継がれる恐怖そのものの「真名」のような、奇怪な文字列を生み出した真島さんにお話を伺いました。

たった四文字を名づけるだけで、名づけられた対象が人間を食害するようになったり、触れただけで致命的な害のある危険物と化したりします

――今回の『右園死児報告』について、これから読む方へ、どのような作品かをお教えいただけますでしょうか。

右園死児(うぞのしにこ)という文字列が引き起こす災害の物語です。

右園死児と名づけられた人間、動物、無機物などが、人類には理解不能な存在となり、様々な事故や事件の原因となるという世界観です。

たった四文字を名づけるだけで、名づけられた対象が人間を食害するようになったり、触れただけで致命的な害のある危険物と化したりします。

言語・文字列が殺傷力を持つという異常性から、右園死児の情報を統制するために政府や軍が長年に渡って様々な対策をしている、という背景で話が進みます。

様々な形態の右園死児を、様々な立場の人間が通報して、出来上がった報告書を読者が閲覧する、という形の本になっています。

――この作品が生まれたのはどんなきっかけだったのでしょうか。

もともとホラーが大好きで、じっとりと湿った静かな雰囲気の心霊ホラーも、血と火薬に彩られたモンスターホラーも幅広く好んでいました。呪物もヒトコワも、伝奇も大好きです。それらをひとつの作品内で、一気に、矛盾なく、それぞれの持ち味を損なうことなく楽しめる方法があれば良いのに、という気持ちが以前からあって、その延長で右園死児のアイデアが浮かびました。

報告された右園死児には基本的に同じものは無く、心霊的な要素を持つものや、人を具体的に食害する害獣的な要素を持つもの、普通の人間とほとんど見分けがつかないもの、まったく意味不明のものなどが入り交じっています。

それぞれのケースで遭遇者達が無抵抗に餌食になったり、激しく抵抗して制圧したり、結局何が起こったのか分からないまま生還したりと、趣の違う顛末を楽しめるようになっています。

――ご執筆、また書籍化にあたって、苦労されたことや、当初の構想から変わった部分など、なにかエピソードがありましたらお聞かせください。

上記の「ホラージャンル詰め合わせセット」を目指す上で、「じっとり静かな心霊ホラー」と「怪異と派手に殴り合うモンスターホラー」の共存が難しいというのは、初めから分かっていました。

湿度と恐怖、絶望にまみれたサイレントホラーの一作目が、二作目では怪異をバッタバッタとなぎ倒すアクションホラーになってしまった、主人公がスーパーヒーロー化して白けてしまった、というのは、ホラーファンから上がる不満例としては昔からあるものですので。

その辺りをどう解決しようかと連載中もずっと悩んでいて、最終的に「前半と後半で違う脅威を相手にする」という形にしました。

少しだけネタバレになるのですが、『右園死児報告』では、前半は純粋な右園死児が物語の主役で、後半では右園死児の文脈を受け継いだ、ちょっと毛色の違うものが出てきます。

前半の怪異は得体の知れない、根絶がおそらく不可能なものを相手にしているから、登場人物達は常に浅く息をするような、湿った恐怖と隣り合わせの抵抗をせざるを得ません。一方後半では右園死児と少し違う、人間の理解の及ぶ、根絶の可能性があるものを相手にするので、登場人物達がアクティブになり、戦闘的な要素が濃くなります。登場人物達が強くなったわけではなく、相手にする脅威と最適な抵抗の仕方が変わったという形で雰囲気の切り替えをしました。

前半の湿度を留保しつつ、地続きの物語としてアクションホラーに移行できたのではないかと思っているので、是非本編でお楽しみ頂けたら幸いです。

自分が書ける最高のホラーを仕上げたと思っておりますので、これを復活の狼煙にできればと思います

――本作は、特にどのような方にオススメの作品でしょうか? 読みどころなども含めて教えてください。

ホラーファンもそうですが、ふだんあまりホラーが好きでない人にもオススメしたいです。ホラーは裾野がとても広く、怖さにあまりフォーカスしていないジャンルもあります。『右園死児報告』は私が好きなホラー要素を手当たり次第に詰め込んだ小説なので、怖いのが苦手という人にも、恐らく読み易いのではないかと思っています。

読みどころは、実はほぼ全部です。報告書を読んでいて必ずデジャヴ感が出てくるかと思いますので、気になるたびに過去の報告を読み返したりすると、作中で「右園死児報告」を読んでいる政府職員達や報告者達と同じ体験ができるかもしれません。

――小説を書くうえで、ご自身にとっていちばん大切にしていることや拘っていることをお教えください。

主役を含めた登場人物全員に、必ず醜い部分や、作者自身が間違っていると感じる信念を持たせています。作者とまったく同じ思想や、信念を持つキャラは、出さないようにしてます。不思議とその方がキャラが動き出しやすくて、楽に物語が進みます。だんだんと醜かったはずの要素に愛着が湧いてきたりするので、書き始めの頃には出なかったアイデアがひらめいたりします。

――最後に読者に向けて、メッセージをお願いします。

家庭事情や体の問題など、様々なトラブルを数年がかりで解決してからの、ようやくの新刊となります。

しかも初のホラー小説です。自分が書ける最高のホラーを仕上げたと思っておりますので、これを復活の狼煙にできればと思います。

待たせてしまった読者様や関係者様には、御厚情に対して結果でお応えしていきたいと思います。

この本で初めてお会いする読者様には、これからも力の限り面白い物語を書いていきたいと思いますので、どうぞ飽きるまでお付き合い頂ければと思います。

Q:最近、嬉しかったこと、と言えばなんでしょうか?

『右園死児報告』が発売前重版しました!

Q:ご自身はどんな小説家だと思われますか?

物語を書いて読んでもらうことで、生きる力をもらっています。

一生書き続けられればと思います。

Q:おすすめの本を教えてください!

■『妖琦庵夜話 空蝉の少年』榎田ユウリ(KADOKAWA)

シリーズ作品なのですが、一番好きな二作目で。

■『闇の警視』阿木慎太郎(祥伝社)

■『青い虚空』ジェフリー・ディーヴァー(文藝春秋)


真島文吉さん最新作『右園死児報告』

『右園死児報告』(真島文吉) KADOKAWA
 発売:2024年09月03日 価格:1,430円(税込)

著者プロフィール

真島文吉(マジマ・ブンキチ)

2014年ごろより小説投稿サイトにて執筆活動をはじめ、2016年に『棺の魔王』の書籍化によってデビューを果たす。その他の著書に『魔王の処刑人』などがある。

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