荒廃した東京でのシェルター暮らし。過酷な生活の唯一の光が、配信アイドルへの「推し活」だった。だから、その彼が配信画面から姿を消したその日に、彼を探しに外の世界へ出ることを決意した――。今回ご紹介する、発売されたばかりのSF短編集『推しはまだ生きているか』の表題作です。

徹底した管理社会、劣悪な環境、悲惨な暗黒郷で営まれる、私たちの現実の延長線上にあるような日常。五編から成る本書には、さまざまな形のディストピアと、そこで生きる人々の物語が描かれています。

SFという「考えて創られた」物語で、読み手に現実を生きる「希望」を与えてくれる著者・人間六度さんにお話を伺いました。

この世界にはキモいことがたくさんありますが、僕と担当F氏は近しい“キモ観”によって結ばれていました

――今回の『推しはまだ生きているか』について、これから読む方へ、どのような作品かをお教えいただけますでしょうか。

「生活とSF」をテーマに綴った五篇の短編から成る短編集。

表題作は、汚染された東京でシェルター暮らしをする主人公が、唯一の心の支えである「推し」に会いに行くという筋書き。旅の途中“同担拒否”の女の子と出会い、わかり合ったり殺し合ったりする物語です。

また「サステナート314」は、宇宙移民船内部の徹底した循環に抱かれた都市で、友の死体を宇宙空間に破棄するために奔走する、弔いの物語。「完全努力主義社会」は、成果ではなく努力の大きさに対価が支払われるようになった世界で、“最も優れた人間”と“最も劣った人間”が交わす友情譚。

そのほかに「婚活×寄生生物」や「福祉×反出生主義×サイボーグ・アクション」など、“ここではないどこか”で描かれる“身近な出来事”について書きました。

――この作品が生まれたのはどんなきっかけだったのでしょうか。

「小説すばる」誌で「都市特集」向けの短編を依頼され、「サステナート314」を書いたことが始まりでした。以降は「実験社会」を骨子に進めていきましょう、ということに。ただそれは流れの話なので。

一番大事なのは、「小説すばる」の担当F氏がめちゃめちゃ気の合う人だった、ということです。ほとんどの打ち合わせが濁流のような勢いで決まっていきました。

この世界にはキモいことがたくさんありますが、僕とF氏は近しい“キモ観”によって結ばれていました。

F氏の発言で大好きなものあります。

「年配の方って、どうしてあんなに生きることにがめついんでしょうね?」

アイスティー吹き出しそうになりましたよね。

すごく共感しました。確かに僕の親も、年配の知り合いも、たいがい生きることへの疑問が一切ないんだもの。すごいよほんと。

こういう会話が源泉だったことは、疑う余地がありません。

自分がこの作品を通して描いたことは“希望”なので、救いがあるかは別ですが、基本的には前を向く話になっています

――ご執筆にあたって、苦労されたことや、当初の構想から変わった部分など、なにかエピソードがありましたらお聞かせください。

五篇中「福祉兵器309」は最後に書たものですが、実は制作に取り掛かる一年ぐらい前からタイトルだけは決まっていたんです。僕は矛盾が大好きなので、「福祉」と「兵器」という絶対に噛み合わない概念を合わせた「福祉兵器」という言葉を、どうしても使いたかった。でもそれに見合うプロットが長らく降りてこなかったんです。最初はロボットものとかを考えていました。そういう意味では一番苦労した作品かもしれません。

しかし書いているうちに「サステナート314」と結論が真逆なんじゃないか、ということに気付き、円環を閉じる物語のアンチとして円環を結ぶ話に仕立てた、という感じです。

その他にはたとえば「完全努力主義社会」は、自分の白血病闘病の経験をもとに書いた話ですが、リハビリしていた当時に感じていた「これ、金もらってもいいぐらいキツいやん……」という想いを供養してやれたかな、と思います。

――本作は、特にどのような方にオススメの作品でしょうか? 読みどころなども含めて教えてください。

ひねくれ者が書いた話なのでひねくれ者におすすめですが、裏の裏は表なので、まっすぐな人にこそおすすめなのでは、とも思います。

自分がこの作品を通して描いたことは“希望”なので、救いがあるかは別ですが、基本的には前を向く話になっています。

無茶苦茶な世界ばっかりですが、現実だって無茶苦茶じゃないですか。だからこのクソッタレの現実を憎みながらも、どこかでちょっと愛してしまってる人とか、愛する方法を探したい人とかには、ベストマッチかと思います。

この質問、なんか就活の面接みたいですね? 

就活したことないですけど。

『推しはまだ生きているか』は現時点での最高傑作です。あなたのための一作が見つかることを信じて、送り出します

――小説を書くうえで、ご自身にとっていちばん大切にしていることや拘っていることをお教えください。

面白く読めること、楽しく書けること、挑戦があること、の順に大事にしてるのかな、と思います。自分、“エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス”みたいなバカSFが大好きなので、楽しく書くと超越的な設定になりがちなんですが、そのぶん読み易さは損なわないように注意していますね。

僕は心の中に“内なる西尾維新”という尾獣みたいなものを飼っていて、それを暴れさせないために常に抑え込み続ける必要があると思っています。独りよがりな文章を書かないように常に心の括約筋に力を入れ続ける、と言います……。

また、こだわりというより癖に近いのですが、自分は頭の中で一度映像を作ってからそれを文字に起こすという作業をしていることが多いです。また、セリフのみならず地の文も声に出して読み上げながら書いています。このインタビュー記事を書いているときでさえ、一言一句漏らさず読み上げながら書いています。

このような性質のために、大学のラウンジで僕は変人に見られていました。

――最後に読者に向けて、メッセージをお願いします。

まず、ここまで読んでくださってありがとうございます。『推しはまだ生きているか』は現時点での最高傑作です。あなたのための一作が見つかることを信じて、送り出します。

星雲賞を獲りたいです。ハヤカワの担当編集も獲りたいと言っているので、撮らせてあげたいです。本作は無論ですが、ハヤカワから来年の3月ぐらいに出すやつでも狙ってるので、何卒応援いただけると嬉しいです。

あとテレビとか出たいです。テレビとか出たい〜! ってハヤカワ同期組の安野博貴さんに相談したら、とてもクールに断られて恥ずかしかった覚えがあります。安野さん、調子乗ってすみませんでした。

Q:最近、嬉しかったこと、と言えばなんでしょうか?

『メタファー:リファンタジオ』というゲームがPS5で出まして、それが非常に面白く、この文章を書いた前日の0時から朝10時まで連続プレイしてしまっていました。作家の一人暮らしというのは危険です。心から面白いゲームに出会ってしまうと、生活がアポカリプスしてしまいます。でもそれぐらいハマれるゲームに出会えたのは嬉しいです。

これでモンハンワイルズまで安泰です。

Q:ご自身はどんな小説家だと思われますか?

外面だけ爽やかな、痩せたひねくれものの小説家だと思います。でも、作家なんてみんなそうか。あとは、すごく俗物的な人間だとも思います。そうじゃないみたいな顔をしてしまうんですが、それって“写真に映るとき自分だけがかっこいいと思っている謎のキメ顔をしてしまう”ってことと、同じなんじゃないかと。

Q:おすすめの本を教えてください!

■『老ヴォールの惑星』小川一水(早川書房)

おすすめ小説を訊かれた時、いかなる場であっても必ず答えるようにしている一冊です。実は「君のための淘汰」の最終一行は、「漂った男」へのリスペクトを込めてああいうふうに書いた、というところがあります。

■『テスカトリポカ』佐藤究(KADOKAWA)

好きです。それ以外なんも言えねえ!

■『利己的な遺伝子』リチャード・ドーキンス(紀伊國屋書店)

高価なので、自分はペイペイのポイント還元時に書店で買いました。


人間六度さん最新作『推しはまだ生きているか』

『推しはまだ生きているか』(人間六度) 集英社
 発売:2024年10月25日 価格:2,200円(税込)

著者プロフィール

人間六度(ニンゲン・ロクド)

1995年、愛知県生まれ。2021年に『スター・シェイカー』で「第9回ハヤカワSFコンテスト」大賞、『きみは雪を見ることができない』で「第28回電撃小説大賞」メディアワークス文庫賞を受賞し、それぞれを翌2022年に刊行。その他の著書に『BAMBOO GIRL』『永遠のあなたと、死ぬ私の10の掟』『過去を喰らう(I am here)beyond you.』、近著に『トンデモワンダーズ(上・下)』などがあるほか、漫画原作『ハンドレッドハンドルズハンドリングザ・ワールド』(作画:アナグマケイゴ)も手掛けている。

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