小説家・中村航さんが主宰し、一般文芸作品に特化したユニークな小説投稿サイトとして話題を集める「ステキブンゲイ」。開設から2年となった今春、独自の文芸コンテスト「ステキブンゲイ大賞」から初の大賞作品が生まれ、その受賞作品『コイのレシピ』がいよいよ発売されました!

アイドルへの夢破れ、将来の目標を見失った綾音と、抜群の料理の腕前を持ちながらそれを素直に誇れない潤。ワケアリ高校生男女がコンビを組んで、「和食の甲子園」とも呼ばれる料理コンテスト「全日本高校生WASHOKUグランプリ」に挑戦するこの物語。爽やかな青春ストーリーであると同時に、読んでいると思わずお腹が鳴ってしまいそうな本格料理小説としても高い評価を受けての大賞受賞となりました。

それもそのはず、著者の塚田浩司さんは長野県で老舗の和食料理店を営むプロの料理人なのです!

確かな知識と技術に裏打ちされた作品でデビューを果たした塚田さんにお話を伺いました。本職の腕が冴える、塚田さんによる見事なお料理の写真とともにお楽しみください!

「目の前のことに全力投球していれば、道は開ける」といったメッセージが自然と生まれました

――『コイのレシピ』について、これから読む方へ、内容をお教えいただけますでしょうか。

アイドルのオーディションに挫折した女子高生と、家族に対して複雑な感情を抱く男子高校生が、和食の大会に挑戦する物語です。長野県佐久市を舞台に、実在する「全日本高校生WASHOKUグランプリ」を題材にしています。

執筆中は特にメッセージを込めようと思ったわけではありませんが、綾音と潤の挑戦を描く中で、「目の前のことに全力投球していれば、道は開ける」といったメッセージが自然と生まれました。

――この作品を書こうと思われたきっかけを教えていただけますでしょうか。

WASHOKUグランプリを題材にした理由は、母の友人の娘さんが2019年のWASHOKUグランプリの優勝者だったからです。ただ、受賞を知ったときはこのテーマで小説を書こうとは思っていませんでした。そこから2年経ち、中村航先生の『トリガール』を読んだ時に、青春小説×珍しい題材(競技)という型を勉強させてもらい、「これはWASHOKUグランプリで書けるのでは」と思い至りました。

そこにアイドルグループのオーディションの要素をプラスした理由は、構想中に『THE FIRST』という、BE:FIRSTを生み出したオーディション番組に熱中していたからです。

【信州大王岩魚のお造り】「珍しいイワナの刺身。イワナの魚卵を添えています(塚田)」
塚田さんが当主を務める〈柏屋〉は創作和食も味わえる日本料理のお店です。

改稿は足りていないピースを埋める作業だったかもしれません

――ご執筆にあたって、苦労されたことや、当初の構想から変わった部分など、また書籍化に際しての改稿で気をつけたことなど、作品制作時のエピソードをお聞かせください。

「第二回ステキブンゲイ大賞」に応募した段階では苦労はなかったです。この作品が初めての長編小説なのですが、以前長編に挑戦した時は、途中で飽きてしまったり破綻してしまったりで書き終えることが出来なかったのですが、『コイのレシピ』に関しては筆が止まることなくスラスラとストレスなく書き終えることができました。

ただ、改稿では苦労しました。応募作として完成した時は、「自分のできることはした」と満足していたのですが、審査員の先生や編集者さんからご指摘をいただき、足りていない部分があるなと感じました。

改稿は足りていないピースを埋める作業だったかもしれません。

特に潤にページを費やしました。応募作では潤の生い立ちにあまり触れていませんでしたが、バックボーンを加筆しました。潤は老舗料亭に生れたのですが、そこは私と共通しているので、自分の生い立ちも多少は反映してあります。

あとは、綾音のオーディションでのエピソードを増やしました。応募作の段階では、綾音が挑戦したオーディションのプロデューサーについては名前すらなく、キャラクター設定もゼロに等しかったのですが、書籍化にあたって綾音が幼いころから憧れていたアーティストとして登場させました。モデルはSKY-HIさんです。SKY-HIさんをモデルにしただけあって魅力的なキャラクターになったと思います。

――どのような方にオススメの作品でしょうか? また、本作の読みどころも教えてください。

主人公の2人が高校生なので、中高生に読んでもらいたいのはもちろんですが、潤の家族のことなど、高校生活だけに収まらない小説になったと思うので、大人の読者にも読んでもらいたいです。

それから、料理人が描く小説は珍しいと思うので、食べ物小説が好きな方にも読んでいただきたいです。

【信州サーモンの朴葉焼き】「信州サーモンを秋野菜と共に(塚田)」
これからの季節にぴったりですね。

個性的な文章よりも、クセがなく読みやすい文章を心掛けています

――小説を書くうえで、いちばん大切にされていることをお教えください。

個性的な文章よりも、クセがなく読みやすい文章を心掛けています。

たとえば、小説を1冊も読んだことがない人が最初に僕の作品を手に取ったとして、最後まで読み切れるような作品を書きたいです。

とはいいつつも、個性的な文体や、ヤバい小説にも憧れます。

――最後に読者に向けて、メッセージをお願いします。

『コイのレシピ』は、料理人である自分、老舗料亭に生れた自分、かつて高校生だった自分、お兄ちゃんの自分、親としての自分、さまざまな「自分」が詰め込まれた、とても思い入れのある作品になりました。さらに単著デビュー作でもあるので、おそらく一生自分の中では大切な作品になると思います。私の大切な作品が、誰かの大切になれたら幸いです。ぜひ、読んでいただけると嬉しいです。

【鯉こく】「筒状の鯉を信州みそで煮た料理。『コイのレシピ』ではお馴染みの料理です(塚田)」
綾音と潤がどんな料理を作るのか、楽しみに読んでみてくださいね。

Q:最近、嬉しかったこと、と言えばなんでしょうか?

もちろん『コイのレシピ』が発売されることです。単著を出すことはずっと目標にしてきたのでとても嬉しいです。

それと、BE:FIRSTの長野公演のチケットが当たったことです。11月に参戦します。

Q:ご自身は、どんな小説家だと思われますか?

ショートショートも描いているので、長編もショートショートも両方面白い作家だと思ってもらえるようになりたいです。あと、料理人であることを活かしてグルメ小説といえば塚田と言ってもらえるようになりたいです。

Q:おすすめの本を教えてください!

私は2016年、33歳のときに執筆をはじめたのですが、小説を書くキッカケになった3冊をご紹介します。

『インストール』綿矢りさ(河出書房新社)

綿矢りささんは同学年なので、当時「同じ高校生なのにすごい」と驚いた記憶があります。この作品を読んで小説書いてみたいなと薄っすら思いました。

授業中に読んでいたのですが、先生に没収されて今も返ってきていません。

『桐島、部活やめるってよ』朝井リョウ(集英社)

この作品は二十代後半に読みました。読んだ時に、「教室のこの空気感知っている」と思いました。スクールカースト物は読んだことがなかったので新鮮でしたし、自分が思春期に見てきた世界が描かれていたので、もしかしたら自分も小説を描けるかもと思いました。(ちなみに当時は仕事が忙しくまだ執筆には向かいませんでした)

ただ、執筆を開始してみると、この作品の凄さがわかりました。そんなに甘くなかったです。

『黒冷水』羽田圭介(河出書房新社)

兄弟間を描いた作品。ものすごい衝撃をうけました。この小説を読んだすぐ後に、友人とデニーズで会ったのですが、偶然その友達も『黒冷水』を読んでいたので、そこで『黒冷水』の話で大いに盛り上がりました。ちなみにその出来事が2015年の12月30日で、翌2016年1月3日から唐突に小説を書き始めました。もしかしたら『黒冷水』がなかったら小説を書き始めなかったかもしれません。


塚田浩司さんデビュー作『コイのレシピ』

『コイのレシピ』(塚田浩司) ステキブックス
 発売:2022年10月05日 価格:1,540円(税込)

著者近影

著者プロフィール

塚田浩司(ツカダ・コウジ)

1983年長野県千曲市生まれ。日本料理店「柏屋料理店」七代目当主。2017年「オトナバー」で「第15回坊っちゃん文学賞ショートショート部門」大賞を受賞。2022年「WASHOKU ~コイ物語~」で「第二回ステキブンゲイ大賞」大賞を受賞し、改題の上、本書として刊行。

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