地元のテレビ局で、特殊詐欺対策の啓蒙活動を任されていた女性警察官・鈴山澪。知人男性の死をきっかけに、上層部に逆らってまで真相を追った彼女は、やがて目を背けていた自身の過去と向き合わなければならなくなってしまった。そしてさらなる事件が……。

ライトノベルでデビューし、伝奇ホラー、ミステリと多彩なジャンルで執筆活動を続けてきた神護かずみさんの最新作は、地方都市・新潟を舞台に息をつく暇なく展開する警察小説です。

「江戸川乱歩賞」受賞作『ノワールをまとう女』と続く『償いの流儀』同様、神護かずみ流「戦うヒロイン」を描いた新作について、お話を伺いました。

舞台の新潟は、かつて仕事で頻繁に訪れた、思い入れの深い地です

――今回の『影と踊る日』について、これから読む方へ、内容をお教えいただけますでしょうか。

主人公鈴山澪は、夕方のテレビ番組で詐欺被害対策の啓蒙を行う、県警のマスコット的な女性警察官です。彼女には幼少期の秘密があり、そこからは目をそらして生きています。

彼女は行方不明になった知人男性を探し、彼の無残な遺体を目にします。警察組織と衝突しながらも彼の死の裏に潜む事件へ突き進む彼女は、やがて幼少の頃の秘密に向きあわねばならない局面に追い込まれます。

――この作品が生まれたきっかけを教えていただけますでしょうか。

短編のアイディアがベースになっています(作品中には主人公の友人、山野麻子の行動として一部残っています)。そこにひと月ほどかけて肉づけをしていき、主人公の鈴山澪には、自分が好きなヒロイン像を籠めました。舞台の新潟は、かつて仕事で頻繁に訪れた、思い入れの深い地です。新潟の空気を思い出しながら執筆しました。

本自体の厚みだけでなく、ストーリーに厚みが出たと自負しています

――今回の作品のご執筆にあたって、苦労されたことや、当初の構想から変わった部分など、執筆時のエピソードをお聞かせください。

主人公以外にも、「業」を背負った人たちが出てきます。物語中では悪役でも、わたしにとっては愛しい、哀しみをたたえた登場人物です。彼、彼女らの人生も掘りさげて描きたい欲求に駆られて、結果、当初考えていた枚数を大幅に越えてしまいました。しかし書き終えた今、本自体の厚みだけでなく、ストーリーに厚みが出たと自負しています。

――どのような方にオススメの作品でしょうか? また、本作の読みどころも教えてください。

老若男女を問わず、ミステリー、サスペンス好きな方は、ぜひご一読いただければと。主人公は事件を通じて自分の人生に向きあい、傷つき悩みながら成長していきます。ネタバレになるので詳しくは言えませんが、終盤のヤクザとの駆け引き、思わぬラスボスとの対決、ここにはありったけの情熱をかたむけました。あと、店名は伏せていますが、実際に新潟にあるお店が何軒か出てきます。新潟をよくご存じの方は、ああこの店かと思いながら読み進めていただければ。

きちんと熟考してから書けという声が聞こえてきそうですが……

――小説を書くうえで、いちばん大切にされていることをお教えください。

人物設定。テンポ。場面展開。いろいろありますが、なにより、これで書き進めていけそうだという世界観をつかむことでしょうか。書き出しの原稿用紙換算四十枚分ほどは、それをつかめるまで、十数回は書き直します。きちんと熟考してから書けという声が聞こえてきそうですが、性格上、それができないんですよね。

――最後に読者に向けて、メッセージをお願いします。

今の世は、ゲーム、ネット配信をはじめとした娯楽コンテンツが山のように溢れています。アナログの時代には娯楽の王道であった小説も、その座を他のコンテンツに奪われつつあるのを実感します。小説はひと文字ひと文字を目で追い、理解し、脳内で構成し、読み進めていく、読み手に一定の技量を求める娯楽です。ハードルは高いのかもしれません。

しかし、読み手の熟練度が増すほどに、小説は光り輝きます。小説家たちが命を削るように紡ぎあげた物語も、じつはそのままではテキスト(文字の羅列)でしかありません。皆さんが読んでくださることで、血の通った物語として完成するのです。そういった意味では、小説は、作家と読者の共同作業なのです。

ナニヨモに目を通そうという皆さんは、世の作家たちにとって心のパートナーです。どうか、小説というこの知的遊戯を、末永く愛していただけますように。

Q:最近、嬉しかったこと、と言えばなんでしょうか?

この年齢になると感動がなくなるのか、嬉しいことはさほどありません。哀しいことならありますね。アントニオ猪木氏が亡くなったのはショックで、ひと月は立ち直れませんでした。少年時代からファンだったので、自分の人生の一部をもぎ取られたようでした……。ええと、嬉しいことでしたね。ようやく本書を上梓できたことでしょうか。あっ、あとひとつ。ブックマークして閲覧しているナニヨモさんの取材を受けたことです。

Q:ご自身は、どんな小説家だと思われますか?

まず、自分が小説家だという意識をいまだに持てずにいます。デビューはライトノベル。遠野物語百周年文学賞を頂戴した「人魚呪」はホラー。「石燕夜行」という妖怪ものが三作。そのあとが江戸川乱歩賞でミステリー。どこに軸足があるのか、いまだにわかりません。ミステリーを中心にして、今後は多少幅も広げていけたらな、と思っています。

Q:おすすめの本を教えてください!

わりと差しさわりのある質問をぶつけてくるナニヨモさんのチャレンジ精神に感服します。今年読んだなかで3冊ということで、古い作品もありますがご容赦を。以下、敬称略、順不同で。

■『虐殺器官』伊藤計劃(早川書房)

日本のSFがこれで変わったとされる作品です。とにかく衝撃的でした。

■『裸の華』桜木紫乃(集英社)

人の覚悟と矜持を、美しく描写する方です。心に、しっとりと余韻を残す物語です。

■『深紅』野沢尚(講談社)

江戸川乱歩賞の大先輩です。犯罪被害者を描き密度も濃く、それでいてエンターテイメント性も持ちあわせた傑作です。


神護かずみさん最新刊『影と踊る日』

『影と踊る日』(神護かずみ) 講談社
 発売:2022年12月07日 価格:2,035円(税込)

著者プロフィール

神護かずみ(ジンゴ・カズミ)

1960年、愛知県生まれ。1996年に『裏平安霊異記』(神護一美名義)でデビュー。2011年に『人魚呪』で「遠野物語100周年文学賞」を受賞し、翌2012年に刊行。2019年には「第65回江戸川乱歩賞」受賞作『ノワールをまとう女』を刊行している。その他の著書に『石燕夜行』『償いの流儀』がある。

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