第167回(2022年上半期)芥川龍之介賞、直木三十五賞の発表が迫っています。6月中旬にそれぞれ5作の候補作品が発表され、今回は芥川賞候補作品もすべて発表前日までに書籍として書店店頭に顔を揃える形になりました。

 選考委員会が行われ、受賞者・受賞作が発表されるのは2022年7月20日(水)。今回も「ナニヨモ」編集部による、ひと足早いご勝手予想を加えて、候補作をご紹介します。 

【第167回芥川賞候補】(五十音順) 

小砂川チト「家庭用安心坑夫」(講談社) 

日本橋三越の柱に、幼いころ実家に貼ったシールがあるのを見つけたところから物語は始まる。母から、実家近くのテーマパークにある人形を「父」だと教えられて育った主人公。大人になったいま、主人公は生活の中のあちこちで、その人形・ツトムを見かけるようになる――。物語は狂気と現実世界が互いに侵蝕し合い、新人らしからぬ圧倒的筆致とスピード感で我々を想定外の領域へ運んでいく。

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■こさがわ・ちと/1990年岩手県生まれ。本年、「家庭用安心坑夫」で「第65回群像新人文学賞」を受賞し、雑誌『群像』本年6月号への同作品掲載でデビュー。単行本も発売中。 

鈴木涼美「ギフテッド」(文藝春秋) 

歓楽街の片隅のビルに暮らすホステスの「私」は、重い病に侵された母を引き取り看病し始める。母はシングルのまま「私」を産み育てるかたわら数冊の詩集を出すが、成功を収めることはなかった。濃厚な死の匂いの立ち込める中、「私」の脳裏をよぎるのは、少し前に自ら命を絶った女友達のことだった――「夜の街」の住人たちの圧倒的なリアリティ。そして限りなく端正な文章。新世代の日本文学が誕生した。

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■すずき・すずみ/1983年、東京都生まれ。新聞記者を経て、執筆活動に入る。記者在職中に初の書籍『「AV女優」の社会学 なぜ彼女たちは饒舌に自らを語るのか』を刊行。本作は初の中編小説として雑誌『文學界』本年6月号に掲載され、単行本も発売中。 

高瀬隼子「おいしいごはんが食べられますように」(講談社) 

「二谷さん、わたしと一緒に、芦川さんにいじわるしませんか」――職場でそこそこうまくやっている二谷と、皆が守りたくなる存在で料理上手な芦川と、仕事ができてがんばり屋の押尾。ままならない人間関係を、食べものを通して描く。心をざわつかせる、仕事+食べもの+恋愛小説。 

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■たかせ・じゅんこ/1988年、愛媛県生まれ。2019年「犬のかたちをしているもの」で「第43回すばる文学賞」を受賞しデビュー。2021年、「水たまりで息をする」で第165回芥川賞候補作となっている。本作は雑誌『群像』本年1月号に掲載され、単行本も発売中。 

年森瑛「N/A」(文藝春秋) 

『低体重は月経が止まる危険性があります』『将来のために過度なダイエットはやめましょう』松井まどか、高校2年生。13歳のときに配られた「保健室だより」でその言葉を見たその夜から、炭水化物を抜きはじめた。体重計の目盛りはしばらく、40を超えていない。うみちゃんとはお試しでつき合って約3か月。「かけがえのない他人」に憧れているのに、まだ見つからない。――優しさと気遣いの定型句に苛立ち、肉体から言葉を絞り出そうともがく魂を描く、圧巻のデビュー作。 

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1994年生まれ。本年「N/A」で「第127回文學界新人賞」を受賞。雑誌『文學界』本年5月号への同作品掲載でデビュー。単行本も発売中。 

山下紘加「あくてえ」(河出書房新社) 

あたしは日頃から、あくてえばかりつく。――東京で生まれ育ちながら、同居する祖母の方言交じりの言葉遣いになじんで育った小説家志望のゆめ。90歳の憎たらしい「ばばあ」と面倒見のいい気弱な母「きいちゃん」との3人暮らしの中、鬱屈を「あくてえ(悪態)」に変えて己を奮い立たせる19歳のヘヴィな日常。 

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■やました・ひろか/1994年、東京都生まれ。2015年に「ドール」で「第52回文藝賞」を受賞しデビュー。本作は『文藝』本年夏季号に掲載。単行本は7月19日発売。 


【第167回直木賞候補】(五十音順) 

河崎秋子『絞め殺しの樹』(小学館)  

北海道根室で生まれ、新潟で育ったミサエは、両親の顔を知らない。10歳で元屯田兵の吉岡家に引き取られる形で根室に舞い戻りボロ雑巾のようにこき使われたが、出入りの薬売りに見込まれて札幌の薬問屋で奉公することに。戦後、ミサエは保健婦となり、再び根室に暮らすようになる。幸せとは言えない結婚生活、そして長女の幼すぎる死。数々の苦難に遭いながら、ひっそりと生を全うしたミサエの人生を、養子に出された息子の雄介が辿ろうとする――。北の女の一代記。 

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■かわさきあきこ/1979年、北海道生まれ。アンソロジーでの作品発表を経て、2014年に初の単著となる『颶風の王』を刊行。 

窪美澄『夜に星を放つ』(文藝春秋)  

コロナ禍のさなか、婚活アプリで出会った恋人との関係、30歳を前に早世した双子の妹の彼氏との交流を通して描かれる人が人と別れることの哀しみ、いじめを受けている女子中学生と亡くなった母親の幽霊との奇妙な同居生活など、人の心の揺らぎが輝きを放つ5編を収録。かけがえのない人間関係を失い傷ついた者たちが、再び誰かと心を通わせることができるのかを問いかける短編集。

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■くぼ・みすみ/1965年、東京都出身。2009年、「ミクマリ」で「第8回R-18文学賞大賞」を受賞デビュー。受賞作を収録した『ふがいない僕は空を見た』を2010年に刊行。2018年に『じっと手を見る』で第159回、2019年に『トリニティ』で第161回直木賞候補となっている。 

呉勝浩『爆弾』(講談社)  

些細な傷害事件で、とぼけた見た目の中年男が野方署に連行された。たかが酔っ払いと見くびる警察だが、男は取調べの最中「十時に秋葉原で爆発がある」と予言する。直後、秋葉原の廃ビルが爆発。まさか、この男“本物”か。さらに男はあっけらかんと告げる。「ここから三度、次は一時間後に爆発します」。警察は爆発を止めることができるのか。爆弾魔の悪意に戦慄する、ノンストップ・ミステリー。

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■ご・かつひろ/1981年、青森県生まれ。2015年、『道徳の時間』で「第61回江戸川乱歩賞」を受賞しデビュー。2020年に『スワン』で第162回、2021年には『おれたちの歌をうたえ』で第165回の直木賞候補となっている。

永井紗耶子『女人入眼』(中央公論新社)  

建久六年(1195年)。京の六条殿に仕える女房・周子は、宮中掌握の一手として、源頼朝と北条政子の娘・大姫を入内させるという命を受けて鎌倉へ入る。気鬱の病を抱え、繊細な心を持つ大姫と、大きな野望を抱き、それゆえ娘への強い圧力となる政子。二人のことを探る周子が辿り着いた、母子の間に横たわる悲しき過去とは――。

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ながい・さやこ/1977年、神奈川県生まれ。2010年、「絡繰り心中 部屋住み遠山金四郎」で「第11回小学館文庫小説賞」を受賞、改題のうえ『恋の手本となりにけり』(文庫化に際し原題に戻している)でデビュー。

深緑野分『スタッフロール』(文藝春秋)  

戦後ハリウッドの映画界でもがき、爪痕を残そうと奮闘した特殊造形師・マチルダ。脚光を浴びながら、自身の才能を信じ切れず葛藤する、現代ロンドンのCGクリエイター・ヴィヴィアン。特殊効果の“魔法”によって、“夢”を生み出すことに人生を賭した2人の女性クリエイター。その愛と真実の物語。

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■ふかみどり・のわき/1983年、神奈川県生まれ。2010年に短編「オーブランの少女」で「第7回ミステリーズ!新人賞」佳作を受賞しデビュー。同作を表題に書き下ろしも含む短編集を2013年に刊行した。2016年に『戦場のコックたち』で第154回、2019年には『ベルリンは晴れているか』で第160回直木賞候補となっている。


ナニヨモ編集部の予想!

 史上初めて全候補作が女性作家の作品となったことで話題を集めている今回の芥川賞ですが、その時代その時代の”現代性”を強く反映する賞の傾向から考えても「女性の時代」を象徴する出来事なのかもしれません。「女性の時代」というよりも、社会の中でジェンダーによる区別が意味を持たなくなった、と言うほうが正しいでしょうか。それは後年、文芸だけでなく社会全体で答えが見えてくることなのでしょう。

 それはそれとして、ではいま現在の“現代性”を描き出しているのはどの作品なのかと考えると、年森瑛さんの『N/A』を推したいと思います。「多様性」という言葉が便利なラベルのように使われることで、逆に自分が自分らしくいることを許されにくい、いまという時代が強いる匿名性みたいなものを「違和感」として表現しているように感じました。

 高瀬隼子さんが「おいしいごはんが食べられますように」で描いた、誰もが心当たりのあるような、じわじわした「嫌な感じ」も現代的だったと思います。またご自身のユニークなプロフィールが注目を集めてしまいがちな鈴木涼美さんの「ギフテッド」も、「女性作家だからこそ描ける作品」としての強みがあると思いました。

 直木賞は。3回目の候補となるお三方と初候補となるお二方で、こちらも4名が女性作家となりました。

 今年のNHK大河ドラマでも描かれている鎌倉時代を舞台とした永井紗耶子さん「女人入眼」、それぞれの時代の先端で活躍する女性クリエーターの葛藤を描いた深緑野分さん「スタッフロール」など読み手の興味をそそるフックを持った作品。また市井の女性に隠されたドラマを綴った河崎秋子さん「絞め殺しの樹」、長くコロナ禍に苛まれた心に響く優しさを持った窪美澄さん「夜に星を放つ」などさまざまな魅力を持った作品ばかりです。

 でもナニヨモ編集部はダイナミックな設定と細やかな心理戦で読み手を翻弄してくれるエンタメらしさを持った現代ミステリである呉勝浩さんの「爆弾」を推します!

 みなさんの予想はいかがでしょうか?  選考会は7月20日。発表を楽しみに待ちましょう。

芥川賞予想

(初)小砂川チトさん「家庭用安心坑夫」
(初)鈴木涼美さん「ギフテッド」
(2)高瀬隼子さん「おいしいごはんが食べられますように」
(初)年森瑛さん「N/A」★
(初)山下紘加さん「あくてえ」

直木賞予想

(初)河崎秋子さん「絞め殺しの樹」
(3)窪美澄さん「夜に星を放つ」
(3)呉勝浩さん「爆弾」
(初)永井紗耶子さん「女人入眼」
(3)深緑野分さん「スタッフロール」

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