国仲シンジ『僕といた夏を、君が忘れないように。』
ジャンルとしては、「ライト文芸」になるだろうか。
主人公の高校生・高木海斗は、絵画コンクールへ出品する作品の制作のために、夏休みに沖縄にある「志嘉良島」を訪れる。海斗は、そこで伊是名風乃という少女と出会うが、風乃には、ある運命が課されていた。
設定の新奇性が求められやすい現在のライトノベルやライト文芸を取り巻く状況のなかで、少年と少女の偶然の出会いや運命を課されたヒロインといったスタンダードなボーイミーツガールの要素を備えた本作は、却って新鮮に映る。
作者は、石垣島出身だそうである。風乃の案内で、海斗は志嘉良島の島内を巡っていくのだが、そこでの色彩豊かな風土は、石垣島出身の作者だからこそ描けたものだろう。
ライト文芸を読み慣れていない読者のなかには、本作の台詞を芝居掛かっているように感じる人がいるかもしれないが、読み進めていくと、TVアニメーションのキャラクター同士の掛け合いのようなテンポのよさが感じられるようになってくる。
また、海斗と風乃の出会いのシーンも唐突だと感じる読者もいるかもしれないが、これはライトノベルやライト文芸固有の様式美としてとらえるのが、いいだろう。離島での少年と少女の出会いという特別なシチュエーションにおいては、このような出会い方にも、ロマンティシズムが漂う。
ライト文芸特有の要素も見られるが、スタンダードなボーイミーツガールであるからこそ、一般文芸は読むけれど、ライトノベルやライト文芸は読み慣れていないという読者も手に取りやすいだろう。
ご一読いただければと思う。
町屋良平『坂下あたると、しじょうの宇宙』
主人公の佐藤毅は、詩を作って詩の雑誌に投稿している。毅の友人である坂下あたるも小説を書いていて、小説投稿サイトに投稿しているが、ある日、あたるの小説とそっくりの作品の投稿を続けるアカウントが現れる。そして、その正体はAIだとわかる。
本作は、「小説すばる」に2019年6月号から10月号にかけて連載されたものをもとにまとめたものである。
作者は、第53回文藝賞を受賞して小説家としてデビューした純文学のフィールドに出自を持つ作家であり、純文学とエンターテイメント系の小説が明確に区分される傾向を持つ小説の世界において、エンターテイメント系の小説誌である「小説すばる」に寄稿するのは、異例のことだろう。
「小説すばる」に掲載されていたことが物語るように、本作も軽妙な読み味に仕上がっている。
AIが勝手に小説を書きはじめるという設定には現代性があり、今にも、現実の世界でも同じようなことが起こりそうな怖さがある。
AIが真似して書いた作品のクオリティが、本来の作者による作品のクオリティを上回るという描写には、特に創作に関わる読者には考えさせられる部分があるかと思う。
来年も、文芸の世界でどのようなトピックや作品が生まれるのか、楽しみだ。
著者プロフィール
伊波真人(いなみ まさと)
歌人。著書に歌集『ナイトフライト』など。