前作の『ペンギンは空を見上げる』では、将来NASAのエンジニアになりたいと夢見る少年の成長を瑞々しく描き「坪田譲治文学賞」を受賞した八重野統摩さん。
7月21日に刊行された待望の新作『ナイフを胸に抱きしめて』は、一転して、「復讐」という重いテーマを持った長編ミステリ作品となっています。
かつて自分の平穏な生活が壊れる原因となった女性が目の前に現れ、葛藤するヒロインの物語がどのように生まれたのか、八重野さんにお話を伺いました。
いざ翻って自分はどう考えているのかと言われると……
――今回の『ナイフを胸に抱きしめて』について、これから読む方へ、内容をお教えいただけますでしょうか。
小学校で教師をしている和奈が主人公の話です。和奈の父親は、彼女が子どもの頃に外に若い女を作って家を出ており、またその不倫がきっかけとなって母親も早くに亡くしていました。
そんな境遇にありながらも、残された唯一の家族である妹と共に暮らしていた和奈でしたが、ある日、父の不倫相手の女と偶然にも再会を果たします。しかも自分から両親を奪ったその女は、あろうことか自分が担任する児童の母親として幸せに生きており、それを知った和奈は激しい憎しみに駆られて――という内容です。
――この作品が生まれたきっかけを教えていただけますでしょうか。
数年前、ネットのとある掲示板で「復讐するは是か非か」という内容で、名もなき人たちが議論しているのを目にしました。そこでは「復讐は何も生まない」「いやそんなのは偽善だ」という感じで、それはもう相当に激しくやりあっておられました。
私はその議論を非常に興味深く拝見していたのですが、いざ翻って自分はどう考えているのかと言われるとなかなか一言では言い表せず、色々と考えるうちに、今回の作品の発想へと繋がった、という感じです。
単に復讐は正しい、あるいは正しくないという話にならないように
――今回の作品のご執筆にあたって、苦労されたことや、当初の構想から変わった部分など、執筆時のエピソードをお聞かせください。
復讐という要素が物語のメインではあるものの、単に復讐は正しい、あるいは正しくないという話にならないようにと常に心がけていました。
作品を通じて何かしらの答えを提示するのではなく、最終的に「あなたはどう思いますか?」という問いかけに留まるような作品としつつも、物語としてはきっちりと結末を作る、というところが最も苦労した部分かもしれません。
――どのような方にオススメの作品でしょうか? また、本作の読みどころも教えてください。
復讐がテーマだなんて言うと「何だか重くて怖そうなのはちょっと……」となる方もきっといらっしゃると思います。確かに本作は、明るくユーモラスな作品とは少し違うのかもしれません。ですが作者としては”復讐”と聞けば上記のような感想を持ってしまうような方にこそ、是非とも本作を読んでいただきたいなと思うくらいです。
読み終わったあと「ああ、嫌なもの読んだなあ」と感じるようなことは、きっとないはずです。
そうした苦しみも何だかんだ小説を書く楽しみのひとつ
――小説を書くうえで、いちばん大切にされていることをお教えください。
楽しんで書く、嫌々書かない、の一言です。
もちろん、書いている途中で思い通りに書けず頭を抱えたり、布団を頭からかぶって「もうだめだ書けない!」と叫んだりすることもありますが(実際ありました)、そうした苦しみも何だかんだ小説を書く楽しみのひとつだと最後には思えることが、小説を書くうえでは大切だと思います。
あとは完全に別枠ですが、健康です。なんと言っても人間達者が何よりです。
――最後に読者に向けて、メッセージをお願いします。
定額制の動画配信サイトなどが充実したいま、本一冊を買うというのは、娯楽として決して安い部類ではないと思っています。だからこそ作品を書いているときはいつも、本の値段に見合うぶんだけの楽しいひとときを読者に提供できるようにと願い、力を注いでいます。
今作『ナイフを胸に抱きしめて』も、その値段に見合うだけの面白さのある作品になったと信じておりますので、是非、お手に取って最後まで楽しんでいただけたら幸いです。
Q:最近、嬉しかったこと、と言えばなんでしょうか?
花粉症の季節が終わったことです。花粉症は創作活動の大敵です。
Q:ご自身は、どんな小説家だと思われますか?
野球で言えば「8番レフト」です。いつか目指せ6番レフトです。
(野球全然わからない方、ごめんなさい)
Q:おすすめの本を教えてください!
小説・漫画・エッセイで一冊ずつ紹介します。
■小説『容疑者Xの献身』東野圭吾(文藝春秋)
■漫画『水は海に向かって流れる』田島列島(講談社)
■エッセイ『気になる部分』岸本佐知子(白水社)
八重野統摩さん最新作『ナイフを胸に抱きしめて』
発売:2022年07月21日 価格:1,980円(税込)
著者プロフィール
八重野統摩(ヤエノ・トウマ)
1988年、北海道出身。2011年に行われた「第18回電撃小説大賞」への作品応募をきっかけに、翌2012年に『還りの会で言ってやる』でデビュー。2019年に『ペンギンは空を見上げる』で「第34回坪田譲治文学賞」を受賞している。その他の著作に『プリズム少女 〜四季には絵を描いて〜』『犯罪者書館アレクサンドリア 〜殺人鬼はパピルスの森にいる〜』『終わりの志穂さんは優しすぎるから Farewell,My Beauty』がある。