■【PART1はこちら】
高校の友達から「私、マンガを応募するから、小説で新人賞に出そうよ」って誘われて(椹野)
椹野道流(以下・椹野):だから、化学はほどほど物理もほどほど、生物だけは強いっていうので理系に行っちゃったから、入ってからが本当に大変だったんです。「モル数(物質量の単位)」って、モルモットのことだと思ってたんです。
中村航(以下・中村):物質の中に、モルモットが何匹いるか?
椹野:そう。だから、モルモットで換算するから、あんな中途半端な数値なんだなって思ってたんです。で、2年生になってから友だちに、「なんでモルモットなんだろうねえ?」って言ったら「はあ?」って言われて(笑)。モルモットじゃねえしって、すっごく心配されて(笑)。クラスメートに介抱されて、卒業したようなものです。
中村:その卒業ってのは、学部試験っていうことになるんですか?
椹野:そうですね。卒業しないと国家試験受けさせてもらえないので。だからとりあえず大学を出て、国家試験受けて。当時はいまと違って、研修医をやらなくてよかったんですね。いまは研修医ってみんな、最初の2年間はいろんな科をぐる~っと全部回るんですけど、それをしなくてよかったんですよ。病院実習で、私はほんとに朝が弱いなって思って、臨床医は無理だったんですよ。必ず臨床の先生って朝のカンファレンス、朝礼をやって、その日の予定をみんなで共有するんですよ。それが朝の7時半とか8時に始まっちゃうんですよ。「あ、私ゼッタイ無理!」って思って。ついでにあの、痛がる人もダメなんですよ。
中村:はい。
椹野:全身麻酔のオペとかは、「麻酔で寝てるのは死んでるのと一緒」って思って、自分に暗示をかけて見てるからいいんですけど、(ひじのあたりを指して)この辺とか普通に切って「痛っ!」とか言われるとドゥワーッ(血の気の引くポーズ)とかなっちゃうんで。
中村:あ、他人が痛いのが、ってこと?
椹野:ダメなんですよ。自分の痛みになっちゃう人なんで。「これは臨床、無理だな」って思って、法医学に行ったんです。
中村:法医学っていうのはどういうことをやるんですか?
椹野:よく扱うのは、変死体が主なんですよ。だから、普通にお医者さんに看取られて死ぬのではなく、死因がわからない、中でも犯罪の関与が疑われるのが主に扱う……。だから結局、私たちが好きでやってるってよく思われるんですけど、裁判所とか警察とかの依頼を受けて、専門家としてやる。ご遺体を視させていただくっていうのが、だから法律に則って解剖する医学ということで法医学、なんです。
鬼瓦レッド(以下・鬼瓦):特殊ですよね。
椹野:ただあの、大学院生だから無収入じゃないですか。だけど、やっぱり勉強だから、司法解剖とか入らなきゃいけないですよね。そうすると、いつ来て、何時から何時にやるかわからないから、アルバイトも全然できないじゃないですか。大学院生になって定期が買えなくなって。お金がなさすぎて。
中村:お父さん、スポンサーっておっしゃってたじゃないですか。
椹野:でもそこはもう全然、手のひらクルリで。「あとはお前が生きろ」みたいな感じで。放流されちゃったんですよ。で、「お金ありません!」って言って、やっと健康診断のアルバイトとかを回してもらううちに、高校の友達から「私、マンガを応募するから、小説で新人賞に出そうよ」って誘われて。最初はあの……コバルト文庫、集英社の、あそこに揃って出すはずだったんですけど、私がデビューしたときって、新人賞の応募ってフロッピー(ディスク)に原稿を入れて、打ち出し原稿を必ず添えて、千枚通しで穴を開けて、それを紐で綴じて出せってことで。
中村:フロッピーと一緒にですか?
椹野:そうなんです。
中村:ええ~、そんなときあったんですね。
椹野:そういう時代だったんで、打ち出さなきゃいけないんだけど、私のパソコンがボロすぎて、ひと晩かかっても打ち出せなくて。
中村:ひと晩(笑)。
椹野:コバルトの締め切りに間に合わなかったんですよ。「ごめ~ん!」って友達に謝って、「次、どこか出せるとこある?」って言ったら、友達が『公募ガイド』……っていまもあるのかな?
中村:ありますあります。
椹野:『公募ガイド』ペラペラペラ~ってめくって、「次、ホワイトハートっていうのがいちばん近い締め切りだし、これ出そう!」って。「ホワイトハートってなに?」って言いながら。すごい失礼なんですけど(笑)。講談社の、一応、児童文学ってことになってるみたいですけど。で、忘れたころに最終選考になって。佳作をいただいて。でも、そこからもデビューはすぐじゃなかったんですよ。「佳作ってどういうことなんですか?」って訊いたら「佳作っていうのは賞金を差し上げるだけの賞です。じゃっ!」って言われて。でも「お金はうれしいなあ」って思ってたら、1か月くらいして出張先に初代の担当さんから電話がかかってきて、「俺の好きなように1か月で書き直してくれたら、デビューを考えてもいい」って。「好きなようにって、なんですか?」って訊いたら「お前のこの小説の主人公の男に妻がいるけど、妻を消してくれ」って(笑)。「はい、妻を消すんですね」って言ったら「助手の少年とBLにしてくれ。ボーイズラブにしてくれ」と。「ボーイズラブは書いたことないけど、わかりました。でもどうやって書けばいいですかね?」って言ったら。「君が出張から帰るころに参考資料をドカッと送っておくから、それを読んで1か月で書いてくれ」って。それでデビューしちゃった。
中村:へえ~。
まずだって、「ペンネームを変えましょう」ってところからはじまりましてね(中村)
中村:コバルトとか、ホワイトハートとか、そういったジュブナイル系の賞出身の作家さんて、実は、いっぱいいらっしゃいますよね。いま現在、一般の小説で大活躍されてる方で。「ノベル大賞」ってまだ続いてますよ。『コバルト』の雑誌はなくなっても。
椹野:そうですね。形変えながらねえ。
中村:なんて言うんでしょうね……ちゃんとコバルトで活躍された先生が、コバルトでひと通りやったあと別のところ行ったり。たぶんホワイトハートもそういうところがあるんだろうなあと思って。
椹野:そうですね。たぶんね、BLから出る人って、BLってやっぱり人物描写が命じゃないですか。だから人物描写は強い人が多いんですよ。そうするとやっぱり、ほかのジャンルに行っても強い。
中村:ホワイトハートっていうのはBLがわりと多いんですか?
椹野:BLと、そうでないヤツと、激しいBLと。わりと3通りあった形みたいですね。当時のホワイトハートですけどね。私はそのときに、ほら、おじさんが最初の担当さんだったから。「おじさんがBL語るの?」って結構びっくりして。それがかえってよかったのかもしれない。「なにも知らないから」みたいな感じで、完全にビジネスBLを語る人だったから。ビジネスモデルとしてのBLを叩き込んでくれたのはすごいよかったなあと思いますね。
鬼瓦:結構、椹野先生の担当さんは厳しいですよね?
椹野:厳しかった!
鬼瓦:航さんは最初のときどうでした? デビューのときの担当さんは。
中村:厳しくはなかったです。あ、だから、(椹野先生は)まだ学生さんというか若かったからじゃないですか? 僕、デビューがもう……とりあえず書きはじめたのがそもそも29歳くらいのときで、デビューが決まったのが30とか31とかなので。サラリーマン経験もあるし、普通にお話しして。でもまあ編集者の言うこと、あまり真正面からは聞かなかったかも(笑)。
椹野:うわぁ~(笑)。
鬼瓦:あれ、最初ってYさん?
中村:Yさん? あ、違います。河出書房(新社)が僕、最初で。
鬼瓦:あ、そっかそっか。
中村:河出書房の「文藝賞」って、当時、綿矢りささんが出たり、そのあと羽田圭介くんとか、若い子が多いんですよね。何だか俺だけちょっと別枠って言うか……。
鬼瓦:でも若いというか……いや、あの、航さんはいまでも若いけど(笑)、本のイメージが……。
椹野:文体が?
鬼瓦:おしゃれで、ちょっと恋愛系な要素があって、みたいな。
中村:ギリギリ、若い者に混ざっても、おかしくないように(笑)。
鬼瓦:そんなことない、ギリギリじゃない。とても素敵ですよ。
中村:自分ではずっと等身大でやってますけど、イメージは大事ですよね。僕は「ペンネームを変えましょう」ってところからはじまりましてね(笑)。
鬼瓦:あ、違ってたんですね? なにかペンネームを?
中村:そう、本名で出してたんですよ。
椹野:へえ~!
中村:同時受賞した人はペンネームで出してたんですよ。ええっと……もう言ってもいいかな。僕は本名で、一緒にデビューした子は、岡田(智彦)さんなんですけど、彼は「岡田ライド」って名前で出してたんですよね。
椹野:おお、かっこいい。
中村:それが、ふたりともダメ出しされて(笑)。
椹野・鬼瓦:(笑)。
中村:受賞したんですよ。受賞したふたりなんですけど、「岡田ライドってふざけてるから、ちゃんとした名前にしよう」みたいなこと言われたらしく、彼は本名でデビューしたんです。
椹野:へえ~。
鬼瓦:なるほど。
中村:で、僕は「本名、ダサいですね」、みたいな感じでペンネームを考えてくれと言われた(笑)。
鬼瓦:そんなこと言われても(笑)。
中村:だから、あの……一所懸命考えましたよ(笑)。
鬼瓦:据わりがいいですよね。「中村航」って。
椹野:すごいさわやかですよね、それで。
中村:苗字まで変えようとすると、ちょっともう無限の組み合わせになってくるんで、「中村」で考えようと思って、いろんなものを当てはめていって。「音読みがいいな」と思って。「ヨウ」とか「コウ」とかそういうのを。それで「中村航」っていいかもしれないってなって。ネットで姓名判断みたいなのにかけてみたら「向いてる職業:作家」って出てきたので、「よし、これだ!」って(笑)。
鬼瓦:椹野先生は?
中村:椹野先生はねえ、あのねえ……名字が読めないんですよ(笑)。
椹野:読めないんですよ! ほんとに読めないんですよ!
鬼瓦:なんでしたっけ、由来をまた、すいませんが。
椹野:私、とっさに(応募原稿を)出すときに決めなくちゃいけなくて。で、中原中也がめちゃくちゃ好きなんですよ。もう好きすぎて、中原中也から名前を取るのは恐れ多すぎて、「中原中也の実家の横を流れている川の名前をもらおう」って言って。
中村:へえー!
椹野:椹野川っていう川があるんですよ。それをいただいて。で、名前のほうは本名をちょっともじって。適当につけて適当に出して。だからデビューが決まったときに、こんな読めないペンネームはダメだと思ったんですよ。で、「お願いですから変えさせてください」って言ったのに、初代の担当さんが「俺がいいと思うんだからいいんだよ」って言うんですよ。
中村:うおお、かなり、結構(笑)。
椹野:「もっとなんか、書きやすい、画数の少ないペンネームのほうがよくないですか?」って言ったら「うるせぇ!」って言われて、「わかりましたー」って(笑)。
中村:椹野先生を……そもそも僕は名前を覚えるのが得意でないんですけど、もう間違ってるなってわかりながら「マキノ?」とか「ジンノ?」って(笑)。
鬼瓦:小説家とは思えない間違いじゃないですか(笑)。
椹野:いや、「マキノ」は最多誤用苗字ですから(笑)。
中村:でも「マキノ」って読んでる人も、なんか違うなって思ってると思いますよ(笑)。なんか違うのはわかってるんだけど、ほかに思いつかないというか。
椹野:あのね、みんな(喉元を指して)ここまで出てる、みたいな感じです。
中村:一か八かで、まずマキノ(笑)。あの、小説家同士で話すときに、相手の名前がわからないっていうシーンがたまにあって(笑)。
椹野:結構、パーティーとかでありませんか? 私、あります。
中村:あるんですよ。そういうときのマジックワード、いちばん便利な言葉は「先生は……」って言う。
(一同爆笑)
鬼瓦:それ書店員でもあります。
中村:そうですよね。
鬼瓦:「先生って呼ばなくていいよ」って言われるんですけど、そうじゃないんですよ。
中村:そう! 「言わせてくれ」と! 「先生」と!
椹野:「出てこないんだ」ってことですね(笑)。「知らないわけじゃないけど、出てこないんだ」っていう。
中村:先生って言うのも言われるのも、「いや、先生じゃないし」って思ってたんですけど、使ってみたら超便利でした。
椹野:便利ワードですね。
※PART3からはお三方による『晴耕雨読に猫とめし』各話について、ライナーノーツ形式で語っていただきます。お楽しみに!
■【PART3】につづく
鼎談の模様(動画)はこちら:【特別企画】椹野道流・中村航・鬼瓦レッドが鼎談!『晴耕雨読に猫とめし』を語ります!
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椹野道流(ふしの・みちる)プロフィール
兵庫県生まれ。1996年、『人買奇談』で講談社の「第3回ホワイトハート大賞」のエンタテインメント小説部門で佳作を受賞し、翌年1997年に同作品でデビュー。同作に始まる「奇談」シリーズは、人気を集めロングシリーズとなった。1999年に『暁天の星 鬼籍通覧』でスタートした「鬼籍通覧」シリーズや、2005年にスタートした「貴族探偵エドワード」シリーズなど、多くのロングセラーを持ち、魅力的なキャラクター描写で読者の支持を集めている。2014年にスタートした、料理がテーマの青春小説でファンタジックストーリーが魅力の「最後の晩ごはん」シリーズは、芦屋市が主な舞台の人気作品。2017年にはシリーズ累計発行部数60万部を突破し、2018年にドラマ化もされた。近著に『ハケン飯友 僕と猫の、食べて喋って笑う日々』『モンスターと食卓を 3』など。また小説家として活躍する一方で、医師としても活動し、医療系専門学校で教鞭も取っている。
Twitter: https://twitter.com/MichiruF
ステキブンゲイ連載『晴耕雨読に猫とめし』(毎週水曜更新)
鬼瓦レッド(おにがわら・れっど)プロフィール
東京・明正堂書店上野店(アトレ上野内)に勤務するカリスマ書店員。明正堂書店のYouTubeチャンネルではお薦めの小説情報を語る「吼えろ!鬼瓦道場」の配信も行なっており、同番組は不定期で「ナニヨモ」にも再録されている。
明正堂書店HP:https://www.meishodo.co.jp/
明正堂書店YouTubeチャンネル:https://www.youtube.com/channel/UCSZgp6MBq44xP-zR03fxPrQ
Twitter(明正堂書店アトレ上野@お知らせアカウント):https://twitter.com/K92style
中村航(なかむら・こう)プロフィール
1969年生まれ。2002年『リレキショ』にて「第39回文藝賞」を受賞し小説家デビュー。続く『夏休み』『ぐるぐるまわるすべり台』は芥川賞候補となる。ベストセラーとなった『100回泣くこと』ほか、『デビクロくんの恋と魔法』『トリガール!』など、映像化作品多数。アプリゲームがユーザー数全世界2000万人を突破したメディアミックスプロジェクト『BanG Dream! バンドリ!』のストーリー原案・作詞など、小説作品以外も幅広く手掛けている。近著に『広告の会社、作りました』など。小説投稿サイト「ステキブンゲイ」において、自らの半生をモチーフにした『SING OUT LOUD!』を連載中。
中村航公式サイト:https://www.nakamurakou.com/
Twitter:https://twitter.com/nkkou
ステキブンゲイ連載『SING OUT LOUD!』(毎週土曜更新)