あなたの幼い頃の記憶の中にも、「遊園地」がありませんか?
ジェットコースター、メリーゴーランド、観覧車……ふだんの生活の中にはない特別な乗り物や、近所の公園では見かけることのない遊具で溢れたその場所で、1日中楽しく遊んだ思い出。自分も、一緒に行った家族も、居合わせたほかのお客さんたちも、みんなが笑顔――そんな幸せな記憶。いつまでいても飽きることなんてきっとない、まさに「幸せの国」。
矢樹純さんの最新作『幸せの国殺人事件』の主人公・海斗、その友人の太市と未夢にとって、5年前に閉園してしまった《ハピネスランド》はそんな場所だったのかもしれません。廃墟のまま残る現実のハピネスランドの中に、なにが隠されているかも知らずに……。
秘密を抱えた大人たちの姿をサスペンスフルに描いてきた矢樹さんが、思春期を目の前にした中学生たちを主人公にはじめて挑戦した青春ミステリーである本作について、お話を伺いました。
若い読者の方でも読める青春ミステリーというのは初めての挑戦でした
――今回の『幸せの国殺人事件』について、これから読む方へ、どのような作品かをお教えいただけますでしょうか。
お話の舞台は神奈川県藤沢市。主人公の中学1年生の少年・薗村海斗は不登校のクラスメイトの桶屋太市、同じくクラスメイトの少女・烏丸未夢とオンラインゲームでチームを組み、《ある目的》のために素材集めをしています。
そんな海斗のもとに夏休み直前のある夜、太市が「海斗と未夢にも見てほしい」と、不穏な動画を送ってきました。それをきっかけに、3人は地元の廃園となった遊園地を巡る事件に巻き込まれていきます。
ゲームマニアの未夢は、正体不明の人物が作ったとされる幻のインディーゲームがこの事件に関わっているのではないかと言い出し、事件とともにゲームに隠された謎をみんなで解こうとする、というストーリーです。
事件の真相を追う中で、太市が不登校になった理由や、それによって親友である太市との関係性が変わってしまったことへの海斗の戸惑いなどが描かれていき、少年たちの心の動きとそれぞれの成長も作品の核になっています。
――この作品が生まれたのはどんなきっかけだったのでしょうか。
この作品を書くことになったきっかけは、ポプラ社の担当編集者さんから「中高生も楽しめる作品を」と原稿のご依頼をいただいたことでした。
それまで、私は大人向けのサスペンスやミステリーばかりを書いてきたので、若い読者の方でも読める青春ミステリーというのは初めての挑戦でした。私自身、ちょうど中高生の子供たちを育てていたので、その年代の子たちに楽しんでもらえたらという思いでお話を考えました。
海斗のゲームの戦闘が苦手だという設定や描写は、作者自身がモデルです
――ご執筆にあたって、苦労されたことや、当初の構想から変わった部分など、なにかエピソードがありましたらお聞かせください。
当初はもっとオンラインゲームの中の世界で主人公たちが動き回る話にしようと思っていました。ですが書いてみると、ゲームではなくリアルの世界が中心の話になっていきました。
実はこの作品のために初めてオンラインゲームをプレイしたのですが、ゲームが下手なので思うように進められず、ゲームの世界を舞台にすることを断念したという裏事情があります。
主人公の海斗のゲームの戦闘が苦手だという設定や描写は、作者自身がモデルです。
――本作は、特にどのような方にオススメの作品でしょうか? 読みどころなども含めて教えてください。
原稿のご依頼をいただいた頃に、恥ずかしながらスティーヴン・キングの『スタンド・バイ・ミー』を40代半ばになって初めて読んだんです。こちらを原作とした映画の方は観ていたのですが、小説は未読で、登場する少年たちがそれぞれ抱えている葛藤や、それを踏まえた4人の関係性、生き生きとしたやり取りに、胸を打たれながらも夢中で読み終えました。
なので中高生の読者の方に楽しんでもらえるようにと書いた作品ではありますが、大人の読者の皆さんにも自分が子供だった頃を思い出しながら、夢中で読んでもらえる作品を目指しました。
この作品が様々な年代の方に、広く読んでいただけることを願っています。
情景や心の描写、物語の起伏となる部分を、とにかく【丁寧に書くこと】を心がけています
――小説を書くうえで、いちばん大切にされていることをお教えください。
私はデビュー作からずっとミステリーを主に書いてきましたので、やはり読者の方をハラハラさせて、最後に驚かせる、ということを目的に作品を構想しています。
そうして楽しんでいただくことが自分にとってはいちばん大切ですが、その上で小説を通じて、読んだ方の心を動かしたいという思いもあります。
そのために情景や心の描写、物語の起伏となる部分を、とにかく【丁寧に書くこと】を心がけています。
――最後に読者に向けて、メッセージをお願いします。
今回の作品は、特に若い読者の方に、自分の命と心、周りの人との関係を大切にしてほしいという思いを込めて書きました。
私も中高生の頃、様々なことに悩んでいた時期がありますが、そんな時に自分にとって救いとなったのは、小説や漫画、ゲームなどに没頭し、逃避することでした。
この作品を手に取った方に、しばし心配事を忘れて夢中で物語を楽しんでもらえたら、本当に嬉しいです。
Q:最近、嬉しかったこと、と言えばなんでしょうか?
私は青森市出身なのですが、青森ねぶた祭が4年振りに通常開催となったことは嬉しかったです。
8月のねぶたの時期に合わせて帰省して、久々に跳人(ハネト)として参加することができました。翌日は酷い筋肉痛になりましたが、ねぶた囃子を間近に聞きつつみんなで跳ねるのは最高でした。
Q:ご自身は、どんな小説家だと思われますか?
ミステリー短編で賞をいただいたので短編をご依頼いただくことが多いですが、デビュー作は長編で、こちらの作品を含めて、長編を書かせていただく機会が増えてきました。自分としてはぜひ長編と短編の両方を楽しんでいただきたいです。
最近はミステリーだけでなくホラーも手がけていますので、これからも様々なジャンルに挑戦して成長していきたいです。
Q:おすすめの本を教えてください!
私が好きで影響を受けた本を3冊だけ選ぶとしたら、沼田まほかる先生の『彼女がその名を知らない鳥たち』、平山夢明先生の『ダイナー』、スティーヴン・キングの『書くことについて』です。他にも好きな作品はたくさんありますが、この3冊は仕事机のすぐ横の本棚に置いて何度も読み返しています。
■『彼女がその名を知らない鳥たち』沼田まほかる(幻冬舎)
■『ダイナー』平山夢明(ポプラ社)
■『書くことについて』スティーヴン・キング(小学館)
矢樹純さん最新作『幸せの国殺人事件』
発売:2023年09月13日 価格:1,925円(税込)
著者プロフィール
矢樹純(ヤギ・ジュン)
1976年、青森県生まれ。実妹とコンビを組み、2002年に『ビッグコミックスピリッツ増刊号』にて漫画原作者としてデビュー。『あいの結婚相談所』『バカレイドッグス』などの原作を担う。2012年、前年に行われた「第10回このミステリーがすごい!大賞」応募作の『Sのための覚え書き かごめ荘連続殺人事件』が編集部推薦の「隠し玉」作品として刊行され小説家としてデビュー。2019年に発表した短編集『夫の骨』が注目を集め、表題作は2020年に「第73回日本推理作家協会賞短編部門」を受賞した。その他の著書に『妻は忘れない』『マザーマーダー』、近著に『不知火判事の比類なき被告人質問』『残星を抱く』などがある。