2001年、高校生のときに短歌集『ハッピーアイスクリーム』でデビューされ、現在は短歌のみならず、小説やエッセイなどさまざまなジャンルで執筆をつづける加藤千恵さんに、昨年刊行され、重版が決まった小説『この場所であなたの名前を呼んだ』についてお話をうかがいました。

実体験がもとになった

――『この場所であなたの名前を呼んだ』は、どういった内容の本ですか?

 NICU(新生児集中治療室)にかかわる人たちの連作短篇小説集です。出産したばかりの子どもがNICUに入院することになった母親、そこで働く看護師や医師など、異なる主人公の話が7篇収録されています。

――今まで加藤さんの作品は、恋愛小説のイメージが色濃かったと思うのですが、今作は異なりますね。

 今作は恋愛要素は薄いですね。出産、生死、家族、仕事、といった要素が色濃く出ているかと思います。

――こうしたテーマで書こうと思ったのには、何かきっかけがあったのでしょうか?

 わたし自身が、2018年に第一子を出産したのですが、そのときに、子どもがNICUに入院することになったんですよね。

 予想外の展開で、ショックも受けたし、すんなりと状況をのみこめない部分もありました。ただ、毎日NICUに通う中で、さまざまな思いが湧いてきて、それを小説という形で残すことはできないかと思い、当時の担当編集者の方に相談し、書きはじめました。

 第一章(「騒がしい場所」)は、子どもがNICUに入院となり戸惑っている女性が主人公なのですが、それはわたしの実体験がベースとなっていると思います。

 章タイトルの「騒がしい場所」も、最初のうちにNICUに対して抱いた感想です。幸い、子どもは現在は健康に育ってくれていますが、NICUがなかったらと考えると、恐ろしくなります。

多くの時間を取材に費やした

――第一章は、ご自身の経験がベースとなっていたんですね。他の章に関しても、どなたかの経験談などがあったりするのでしょうか?

 NICUに勤務していた経験のある看護師の友人から、話をいろいろと聞かせてもらったりはしたのですが、基本的には完全に創作ですね。

 第一章も、自分の経験をベースにしたとは言ったものの、あくまでもフィクションではあるので。ただ、あまりに現実とかけ離れているものになってはいけないと思ったので、NICUに関しての下調べはそれなりにやりました。

 普段、取材などはあまりしないで書くことが多いのですが、今回はかなりの時間を費やしました。とはいえコロナ禍なのもあり、実際にどこかに出かけたり、誰かに話を聞いたりするというよりも、書籍やネットでの情報収集が主でしたが。

――今までとは異なる書き方だったんですね。

 はい。初めて挑戦することが多かったです。

泣いて原稿が進められない

―― 苦労された点も多かったでしょうか?

 そうですね……。NICUを舞台に選んだ以上、命について書くことは避けられないと感じ、自分でプロットを作ってから書きはじめたのですが、ある章で、展開があまりにつらくて泣いて、しばらく書き進められないようなこともありました。

 今まで他の作家の友人たちから、自分が書いたもので笑うとか泣くとかいう話を聞いたときに、自分で決めて書いているのにそんなことあるのだろうか、と不思議に感じていたのですが、本作に関しては、かなり泣いてしまいましたね。今も読み返したら泣くと思います。

――ご自身で印象に残っている場面をあげるとしたら、やはりそのあたりですか?

 そうだと思います。具体的には第四章(「願う場所」)ですね。やっぱり書くのをやめようかな、いや書かなければ、と気持ちが揺れつづけている感じでした。

生じる関係性や感情を書きたい

 ――今回の作品を、特にどういった方に読んでもらいたいですか?

 もちろん読んでいただけるなら、どんな方でも嬉しいのは前提として(笑)。出産前の自分と同じく、NICUという場所をよく知らなかった方が、この小説を読むことで、少しでも興味を持ってくださったなら本当にありがたいです。

 ――今後もまた、出産や命をテーマにした作品を書かれるご予定などはありますか?

 出産そのものを書くかはわからないのですが、育児や家族がテーマとなるものは考え中です。恋愛もそうだと思うんですが、わたしは多分、人と人のつながり方に興味があるんだと思います。

 なのでこれからも、人間同士のあいだに生じる関係性や感情をメインに書いていけたらな、と。もちろん恋愛小説もまた書きたいですし、小説のみならず、短歌も機会があれば発表していきたいです。

 今までの加藤千恵さんの作品とは異なる雰囲気でしたが、読み進めるうちに、強くひきこまれていきました。涙をこらえきれなくなる場面もありました。
「NICU」という場所の入門書としてもお勧めできると思いました。
 今後の作品も楽しみです!

Q:最近、嬉しかったこと、と言えばなんでしょうか?

 餅つき機を所有しているのですが、数年ぶりに稼働させて餅会したことです。からすみ餅、煩悩の味でした。

Q:ご自身は、どんな小説家だと思われますか?

 あまり小説家を自覚したことがないです。怠け者だとは思います。

Q:おすすめの本を教えてください!

 昨年(2021年)読んだ小説の中だと、わたしのベストは、朝井リョウ『正欲』でした。読んでいる最中も、読んだあともしばらく、自分の傲慢さについて考えていました。一方では、快い読後感もあるのがすごいです。名作だと思います。

・『正欲』朝井リョウ


加藤千恵さん『この場所であなたの名前を呼んだ』

『この場所であなたの名前を呼んだ』(加藤千恵) 講談社
 発売:2021年04月28日 価格:1,485円(税込)

著者プロフィール

加藤 千恵 (カトウ チエ)

 1983年生まれ。歌人・小説家。北海道旭川市出身。立教大学文学部日本文学科卒業。2001年に短歌集『ハッピーアイスクリーム』でデビュー。
 恋愛小説を中心に、多数の小説作品も執筆。著書に『ハニー ビター ハニー』、『映画じゃない日々』、『そして旅にいる』など。

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