目の前に現れた若きヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの真価を理解できてしまったが故に、その才能への畏怖に苛まれ苦悩するアントニオ・サリエリの姿を描いた映画『アマデウス』。
その『アマデウス』を愛するという木爾チレンさんによる、大いなる才能によって生まれ出てしまった「嫉妬と羨望」をテーマとした新作『神に愛されていた』が発売されました。
若くしてデビューを果たしながら、人気絶頂のさなかに筆を折ったひとりの女流作家。長い時を経て彼女の口から語られる、夭逝したもうひとりの女流作家との間にあった真実が綴られた作品です。
光り輝く絶対的な才能と、それが作り出した深い闇を、ふたりの作家の姿を通して描いた木爾さんにお話を伺いました。
「嫉妬と才能」をテーマに物語を書いてみたいと感じていました
――今回の『神に愛されていた』について、これから読む方へ、どのような作品かをお教えいただけますでしょうか。
映画『アマデウス』は、サリエリがモーツァルトを殺したのは自分だと狂い、自殺を図る場面から始まる。この物語は、上記の音楽家二人の確執をオマージュし、若き女流作家二人の嫉妬と羨望を描いたヒューマンミステリーとなっています。
《あらすじ》
若くして小説家デビューを果たし、その美貌と才能で一躍人気作家となった東山冴理。
しかし冴理は人気絶頂のさなか、突然、筆を断った――。
やがて三十年の時が経ち、冴理のもとに、ひとりの女性編集者が執筆依頼に訪れる。
「私には書く権利がないの」そう断る冴理に、
「それは三十年前——白川天音先生が亡くなったことに関係があるのでしょうか」編集者は問う。
「あなたは、誰かを殺したいと思うほどの絶望を味わったことってあるかしら」
――そして、この時を待っていたというように、冴理は語り始める。
高校文芸部の後輩、白川天音が「天才小説家」として目の前に現れてから、
全ての運命の歯車が狂ってしまった過去と、その真実を……。
希望と絶望、 羨望と嫉妬……
これは、ふたりの女性作家が、才能を強く信じて生きた物語。
――この作品が生まれたのはどんなきっかけだったのでしょうか。
元々、映画『アマデウス』が好きだったのもありますし、「嫉妬と才能」をテーマに物語を書いてみたいと感じていました。なぜなら自分が、若くしてデビューして、嫉妬と才能に翻弄された人生だったので。(冴理や天音のように売れっ子では全くありませんでしたが)
ちなみに『神に愛されていた』というタイトルも、『アマデウス』からきています。アマデウスは、モーツァルトのミドルネームであり、「神に愛される」「神を愛する」という意味を持っていて、そのタイトルにぴったりな物語になるようにプロットを組んでいきました。
これはネットの中には収まらない、温度のある人間同士の「愛」の物語なのだと気付きました
――ご執筆にあたって、苦労されたことや、当初の構想から変わった部分など、なにかエピソードがありましたらお聞かせください。
最初はミステリの根幹にSNSの中傷を取り扱う予定でした。
言葉が持つ無自覚な残酷性に触れる出来事があり、大切な人が傷つけられ、とても怒りがこみ上げたことがきっかけです。
しかし書き始めてすぐ、この話は、そういうテーマではないと気が付きました。
これはネットの中には収まらない、温度のある人間同士の「愛」の物語なのだと。
長編を書くとき、書き進まなくて苦労するときも多いのですが、この小説に限っては、本当に登場人物たちが生きているように、それぞれの愛を抱きしめながら、物語を紡いでくれました。
――本作は、特にどのような方にオススメの作品でしょうか? 読みどころなども含めて教えてください。
全ての人におすすめできたらよいのですが、才能に悩んでいる人や、嫉妬で苦しんでいる方に特に読んで頂きたいと思っています。
読みどころとしては、この小説には「茉莉」という登場人物が出てくるのですが、私は彼女がいちばん好きで、彼女が登場するシーン全てと言いたいところです。
そして作中で茉莉が放った「希望と絶望はセットです」その台詞に辿りつくために、この小説があったような気がしています。
本当にいつまでも書いていたかったと思える大好きな物語です
――小説を書くうえで、いちばん大切にされていることをお教えください。
孤独なのも、闇を抱いてしまうのも、あなただけじゃない。
人生は希望だけで構成されていない。
闇があるから光がある。
それを伝えることで、誰かが救われたらなと思って、いつも小説を書いています。
でも本当は、自分を救う(肯定する)ために書いているのかもしれません。
――最後に読者に向けて、メッセージをお願いします。
『神に愛されていた』は、現在の私が表現できるすべてを書ききった作品になったと自負しています。本当にいつまでも書いていたかったと思える大好きな物語です。十年後に読み返すのが、今からたのしみで、そう思える作品はなかなか書けるものではないので、この本を刊行できることを、心から神に感謝いたします。これからも作品を書き続け、いつか誰もが知る人気作家になれるよう、頑張りたいと思います。最後までお読みいただきありがとうございました。作品ぜひお手に取って頂けると幸いです。
Q:最近、嬉しかったこと、と言えばなんでしょうか?
競馬が趣味の一つなのですが、「ハヤヤッコ」という白毛の推し馬を生で観られて、さらに、涙がこみ上げるような、とても熱い走りを見せてくれたことです。結果、10着でしたが着順以上に記憶に残るレースでした。
Q:ご自身は、どんな小説家だと思われますか?
これは小説家として、もっと他の世界や触れたことのない人のことを書けるように成長していかなくてはと感じているのですが、現在は、自分の心を切り取り、物語に昇華している印象です。この作品に至っても、自分をかなり投影しています。しかし次作は超エンタメ作品になる予定ですので、また違った一面をお見せできたらと気合を入れています。
Q:おすすめの本を教えてください!
最近読んだ本ですと、川上未映子さんの『黄色い家』。
私に最も影響を与えた作品は、田辺聖子さんの『ジョゼと虎と魚たち』、吉本ばななさんの『白河夜船』です。
■『黄色い家』川上未映子(中央公論新社)
■『ジョゼと虎と魚たち』田辺聖子(KADOKAWA)
■『白河夜船』吉本ばなな(新潮社)
木爾チレンさん最新作『神に愛されていた』
発売:2023年10月26日 価格:1,870円(税込)
著者プロフィール
木爾チレン(キナ・チレン)
1987年、京都府出身。大学在学中に執筆した短編小説「溶けたらしぼんだ。」で2009年に「第9回 女による女のためのR-18文学賞」優秀賞を受賞。2012年に単行本『静電気と、未夜子の無意識。』を刊行してデビュー。その後は、ボカロ小説、ライトノベルの執筆を経て、恋愛、ミステリ、児童書など多岐にわたるジャンルで表現の幅を広げる。2021年に『みんな蛍を殺したかった』が大ヒットし注目を集めている。その他の著書に『わたしのこと、好きになってください。』『そして花子は過去になる』(単行本時タイトル『これは花子による花子の為の花物語』)、『ぜんぶ、藍色だった。』、近著に『私はだんだん氷になった』などがある。