『NO推理、NO探偵?』で、第53回メフィスト賞を受賞してデビューされた柾木政宗さん。

 最新作は、社内のヘルプデスクを舞台に働く情報システム部員の物語。柾木さんご自身も IT 業界でお仕事をされ、その経験が元になっているとのこと。お話をお聞きしました。

書影

職場での気づきをもとにしたプロット

『困ったときは再起動しましょう』について、これから読む方に向けて内容を教えてください。

 業務委託を受けてある会社の情報システム部で働く主人公・蜜石莉名が、日々の業務に携わっていく中でふとした謎に気付き、そしてそこから意外な真相を見抜くことで社内の人の役に立っていく、という物語です。

 莉名はまだキャリアが浅く悩みがちで自信もなく、いい解決策を見つけられなかったり踏み出すことに逡巡したりすることもあるのですが、自分を「再起動」させて少しずつ前に進んでいきます。

 友情模様や恋模様もあり、周囲に助けられながら忙しい日々を過ごす莉名ですが、物語終盤でそんな莉名の身に思いがけないことが起こる……という話です。

 今回、このような(社内ヘルプデスクの情報システム部員を主人公にされた)物語を描かれたきっかけを教えていただけますでしょうか。

 具体的にこれ、というエピソードはないのですが、今勤務している職場がある日は一日中パソコンとにらめっこしたかと思えば、別の日は台車を転がしてあちこち動き回ったりと、業務内容が多岐に渡るため、物語にしても動きが出やすいように思えました。

 またアルバイトの方からそれこそ経営陣の方たちまで、社内のあらゆる人と関わるので、話を広げやすいようにも感じました。

 そこで、仕事であったことを色々思い出しながらプロットを考えてみました。

仕事で自分を見失ってしまったときのヒントになれば

 ご執筆にあたって、苦労した点、当初の構想から変わった点がありましたらお聞かせください。

 担当さんにプロットを見てもらう前、最初の最初に本作を思い付いたときは、異常に影の薄い情シス部員が会社内の人間模様をシニカルな視点でつづっていく――といった物語でした。

 ですが最終話までプロットを考えたら、主人公の成長物語的な側面が思っていたより強くなったので、シニカルな主人公がまっすぐに成長してもなあと思い、主人公のキャラクターが当初の予定と真逆になりました。

 苦労した点というか意識した点は、IT用語を乱発したり業務の詳細を記しても取っつきにくいかなと思ったので、なるべく簡単な記述に留めて敷居が低くなるように心がけました。うまくいっているとうれしいです。

 どのような方にオススメの作品でしょうか? また、今回の作品の読みどころをお教えください。

 仕事をしていると一言では説明できないくらい色々なことがあるかと思いますが、それに流されて自分を見失ってしまったり押し殺してしまったときに、本作がちょっとしたヒントになれたらうれしいです。

 本作はストーリー展開も登場人物の言動も、多少ぬるい一面があると思っています。

 いつもそれでは困るけど、そんなぬるい心がけも時にはありでは、という気持ちで書いてみました。

 書いている途中、自分がIT業種で仕事を始めた当初のことを次々と思い出したのですが、すっかり忘れていたことまでよみがえってきたのが不思議でした。

バランスを備えた執筆を心がけて

 小説を書くうえで、ご自身にとっていちばん大切にされていることをお教えください。

 本格ミステリが好きで小説を書くようになったので、「今までにない仕掛け、トリックを」というスタンスを心がけていたのですが、こと自分に関しては、今までになければいいってことでもなかったです。

 というわけで悔いを改めたく、今後はバランスを備えた執筆を心がけて、それが最終的に新作という形で結実できたら何よりです。問題はそんなバランス感覚が自分に備わっていないことです。

 そしてこだわりとは少し違いますが、「今までにない仕掛け、トリックを」という気持ちは、往生際悪くまだ持っていたりします。

 読者に向けて、メッセージをお願いします!

 この間知人に、本作の刊行を機に自分の執筆キャリアも再起動したつもりでやっていきたいとタイトルに掛けた冗談を言ったら、全然新作が出ていなかったから起動すらしていない、だから再起動という言い方はおかしいと鋭すぎる指摘を受けました。

 それは確かにそうなので、今回の刊行は久方ぶりの電源オンといったところでしょうか。よろしければ本作を手にとっていただき、楽しんでいただければ幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。

 情報システム部のヘルプデスクを舞台にされたというのが、新しくて興味を惹かれました。柾木さんがおっしゃる通り、ヘルプデスクは業務の幅が広く、またアルバイトからトップまでたくさんの方と接点があるお仕事なので、物語に広さと深さが出ているのだと感じました。

 自分を「再起動」させて少しずつ前に進む主人公の姿に、勇気をもらうことができます。おすすめです!


Q:最近、嬉しかったこと、と言えばなんでしょうか?

 最近ですとやはり本作が刊行できたことになります。久しぶりの新刊なのでまた一から始められれば、といった気分です。

Q:ご自身は、どんな小説家だと思われますか?

 自分なんかが小説家を名乗っていいのだろうかとずっと思っております。

 いつか胸を張って名乗れたらいいのですが。人からはクセが強すぎる小説家と言われたことがあります。

Q:おすすめの本を教えてください!

 三冊に絞るのはすごく難しいのですが、こちらの作品を紹介させていただきます。

・『法月綸太郎の功績』法月綸太郎さん

 人生で一番読み返している小説です。鮮やかな推理は何度読んでも気持ちいいです。特に『縊心伝心』という短編がお気に入りです。

・『深追い』横山秀夫さん

 横山秀夫さんの警察小説の中では派手さは少ないかもしれませんが、その分静かに心に染み入ってくる作品集です。本作に収録されている『締め出し』という作品がすごく好きで、ラストに胸が熱くなります。

・『スイッチ 悪意の実験』潮谷験さん

 今年のメフィスト章受賞作です。刊行時の応援企画にお誘いいただいて読んだ作品なのですが、序盤から意表を突く展開と胸を打つラストに感動し、その後も何度か読み返しました。

 あとインタビュー集なので三冊には含めませんでしたが、最近読んだ吉田豪さんの『証言モーヲタ ~彼らが熱く狂っていた時代~』がすさまじく面白かったです。

 期せずして(だと思いますが)、なぜかミステリ的な味わいもあります。


柾木政宗さん最新作『困ったときは再起動しましょう 社内ヘルプデスク・蜜石莉名の事件チケット』

『困ったときは再起動しましょう 社内ヘルプデスク・蜜石莉名の事件チケット』(柾木政宗) 講談社
 発売:2021年09月10日 価格:1,870円(税込)

著者プロフィール

柾木政宗(まさき まさむね)

 1981年埼玉県出身。ワセダミステリクラブ出身。

 『NO推理、NO探偵?』で「メフィスト」座談会を喧喧囂囂たる議論の渦に叩き込み、第53回メフィスト賞を受賞。

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