昨年4月から成人年齢が18歳に引き下げられ、日本では18歳未満の少年少女は親の庇護のもとで暮らす「子ども」とされています。そしていま、日本の子どものうち7人にひとりが貧困であると言われています。

ひと頃流行った「親ガチャ」という言葉を例に挙げるまでもなく、多くの場合、子供は置かれた環境に抗えません。貧困だけでなく、暴力やネグレクトなどの虐待という、本人にはどうしようもない理由で追い詰められていく子供たちが増え、それが不幸な事件へと繋がってしまうことも少なくない時代です。

そんな社会の闇に直面している子供たちと、それに向き合う刑事・仲田蛍(なかたほたる)を描く天祢涼さんの人気シリーズ第4作『少女が最後に見た蛍』が発売されました。本書は、これまで子供たちの絡む事件の解明役に徹していた仲田の過去を描いた表題作をはじめ、彼女自身に迫る連作短編集となっています。

社会派ミステリとして大きな注目を集める本シリーズ、そしてその最新作について、天祢さんにお話を伺いました。

さまざまな立場の視点人物から仲田のキャラクターを掘り下げたいと思い、短編集という形式を選びました

――今回の『少女が最後に見た蛍』について、これから読む方へ、どのような作品かをお教えいただけますでしょうか。

神奈川県警の生活安全課に所属する警察官・仲田蛍が子どもに関する事件を解決していく「仲田シリーズ」の4作目です。いじめに遭った末に命を失った少女を描く表題作など5編を収録した短編集。各話で構成やしかけを変えて、できるだけ読み味が異なるミステリーにすることを心がけました。

――「仲田シリーズ」、そして今回の短編集が生まれたのはどんなきっかけだったのでしょうか。

2015年ころ、知人に「日本でも子どもの貧困が深刻になっている」と教えてもらいました。調べてみると大変な状況であることがわかり、ミステリーという形で世に訴えたいとの思いから執筆したのが『希望が死んだ夜に』です。これが好評をいただきシリーズ化したものの、探偵役の仲田は謎を解く「装置」であり、主役はあくまで子どもたちだと思っていました。

しかし3作目『陽だまりに至る病』を上梓した後、「仲田のことをもっと知りたい!」という反響を沢山いただき、4作目は仲田自身にスポットを当てた話にすることに決定。さまざまな立場の視点人物から仲田のキャラクターを掘り下げたいと思い、短編集という形式を選びました。

4作目ではありますが、既存作とのつながりが薄いので、シリーズ未読の人はぜひ本作から読んでほしいです

――ご執筆にあたって、苦労されたことや、当初の構想から変わった部分など、なにかエピソードがありましたらお聞かせください。

原稿のやり取りをした編集者は女性で、男性の自分では絶対に気づかない指摘をいくつももらいました。ネタバレになるので詳細は避けますが、「女性は●●が××××に▲▲ことを日常的に経験しているから、この証拠は成立しないと思います」という指摘を受け、解決編を大幅に書き換えた話もあります。このご時世、「女性ならでは」という言い方は反発を招くかもしれませんが、本作に関しては彼女に担当してもらって本当によかったと感謝しています。

――本作は、特にどのような方にオススメの作品でしょうか? 読みどころなども含めて教えてください。

4作目ではありますが、既存作とのつながりが薄いシリーズなので、仲田シリーズ未読の人はぜひ本作から読んでほしいです。短編集で、一つ一つの話はそれほど長くないので、読みやすくもあると思います(事前にゲラを読んだ書店員さんから、そういう感想もいただきました)。

仲田のいろいろな一面を描いているので、シリーズ既刊作を読了済みの人も、もちろん楽しんでもらえるはずです。

「もうこれ以上のものは書けない!」という段階までたどり着いてから世に出しています

――小説を書くうえで、いちばん大切にされていることをお教えください。

「これくらいでいいか」と妥協しないことです。人様にお金と時間を使って読んでもらう以上、クオリティーを極限まで高めることは当たり前。最後まで書いた後も時間を置いてから読み返し、気になるところは〆切ぎりぎりまで直し、「もうこれ以上のものは書けない!」という段階までたどり着いてから世に出しています……発売した後は「あそこはああすればよかったかなあ」と反省会が始まるのですが。

――最後に読者に向けて、メッセージをお願いします。

最近はシリアス系の小説を書くことが増えていますが、神社を舞台にしたラブコメ『境内ではお静かに』や、酒飲み書店員大賞をいただいたお仕事ミステリー『謎解き広報課』などライトな小説も書いています。『少女が最後に見た蛍』と一緒に、そちらも読んでいただければうれしいです。

Q:最近、嬉しかったこと、と言えばなんでしょうか?

36850円もする高級キーボード「Happy Hacking Keyboard Professional HYBRID Type-S(HHKB)」を買ったこと。キーボードにここまでの金額を払うべきかさんざん迷ったのですが、いざ購入してみると打ち心地も打鍵感も最高! 名前のとおり、Happyな気分で仕事しています。

Q:ご自身は、どんな小説家だと思われますか?

「売れたがっている小説家」という言い方に品がなければ、「自分が書いたものを一人でも多くの人に読んでもらいたがっている小説家」です。沢山の読者に手に取ってもらうためなら、小説を書き直すことも、販促物をつくることも厭わない方だと思います。根底には「俺の小説はおもしろいんだからみんなに読んでほしい、というより、みんなが読むべきだ!」という思いがあるのかもしれません。その意味では「傲慢な小説家」とも言えるでしょうね。

Q:おすすめの本を教えてください!

■『暗いところで待ち合わせ』乙一(幻冬舎)

視力を失って家にひきこもる女性と、殺人事件の容疑者として追われる男性。孤独な二人の交流を描く傑作ミステリー。100万部売れるまで方々で宣伝していくつもりです。

■『岩田さん:岩田聡はこんなことを話していた。』ほぼ日刊イトイ新聞・編/著(株式会社ほぼ日)

任天堂の社長を務め、若くして他界した岩田聡氏の発言やインタビューをまとめた一冊。岩田さんが仕事に取り組む姿勢からは、なにかしら得るものがあるはずです。

■『あなたの涙は蜜の味 イヤミス傑作選』細谷正充・編(PHP研究所)

女流作家によるイヤミスを集めたアンソロジー。どれも読後感は最悪ですが、それこそが魅力の一冊です。


天祢涼さん最新作『少女が最後に見た蛍』

『少女が最後に見た蛍』(天祢涼) 文藝春秋
 発売:2023年11月15日 価格:1,870円(税込)

著者プロフィール

天祢涼(アマネ・リョウ)

1978年生まれ。2010年に「第43回メフィスト賞」を受賞し、受賞作『キョウカンカク』(文庫化に際し『キョウカンカク 美しき夜に』に改題)でデビュー。同年刊行の『本格ミステリー・ワールド2011』においては「読者に勧める黄金の本格ミステリー」に選出された。音が見える探偵・音宮美夜を描いた同作はシリーズ化され、4作が発表されている。2023年に『謎解き広報課』が「第18回酒飲み書店員大賞」を受賞。その他の著書に「セシューズ・ハイ」シリーズ、「仲田」シリーズ、「境内ではお静かに」シリーズ、『葬式組曲』『リーマン、教祖に挑む!』(単行本時タイトル『もう教祖しかない!』)、『罪びとの手』『Ghost ぼくの初恋が消えるまで』、近著に『彼女はひとり闇の中』『拝啓交換殺人の候』などがある。

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