昨年12月にそれぞれの候補作が発表され、注目を集めている第170回(2023年下半期)芥川龍之介賞、直木三十五賞。
選考委員会が行われ、受賞者・受賞作が発表されるのは2024年1月17日(水)。今回も「ナニヨモ」編集部による、ひと足早いご勝手予想を加えて、候補作をご紹介します。
【第170回芥川賞候補】(五十音順)
■ 安堂ホセ「迷彩色の男」
〈怒りは屈折する〉。――都内の男性限定クルージングスポットで26歳の男が暴行された姿で発見される。発見者たちは皆、その場から逃げてしまった。やがて、事件の背後に浮かびあがったのは”迷彩色の男”――。(初出:『文藝』2023年秋季号/単行本は河出書房新社より発売中)
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あんどう・ほせ/1994年、東京都生まれ。2022年に『ジャクソンひとり』で「第59回文藝賞」を受賞しデビュー。同作は第168回芥川賞候補となった。
■ 川野芽生「Blue」
割りあてられた「男」という性別から解放され、高校の演劇部で人魚姫役を演じきった真砂が、「女の子として生きようとすること」をやめざるをえなかったのは――。社会規範によって揺さぶられる若きたましいを痛切に映しだす、いま最も読みたいトランスジェンダーの物語。(初出:『すばる』2023年8月号/単行本は集英社より1月17日発売予定)
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かわの・めぐみ/1991年、神奈川県出身。歌人として活動し、2020年に第一歌集『Lilith』を発表。2022年に初の小説作品集『無垢なる花たちのためのユートピア』を刊行。
■ 九段理江「東京都同情塔」
ザハの国立競技場が完成し、寛容論が浸透したもう一つの日本で、新しい刑務所「シンパシータワートーキョー」が建てられることに。犯罪者に寛容になれない建築家・牧名は、仕事と信条の乖離に苦悩しながら、パワフルに未来を追求する。日本人の欺瞞をユーモラスに描いた現代版「バベルの塔」の物語。(初出:『新潮』2023年12月号/単行本は新潮社より1月17日発売予定)
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くだん・りえ/1990年、埼玉県生まれ。2021年に「悪い音楽」で「第126回文學界新人賞」を受賞しデビュー。同年発表の「Schoolgirl」が第166回芥川賞候補となった。
■ 小砂川チト「猿の戴冠式」
ある事件以降、引きこもっていたしふみはテレビ画面のなかに「おねえちゃん」を見つけ動植物園へ行くことになる。言葉を機械学習させられた過去のある類人猿ボノボ”シネノ”と邂逅し、魂をシンクロさせ交歓していく。(初出:『群像』2023年12月号/単行本は1月19日発売予定)
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こさがわ・ちと/1990年、岩手県生まれ。2022年に「家庭用安心坑夫」で「第65回群像新人文学賞」を受賞しデビュー。同作は第167回芥川賞候補となった。
■ 三木三奈「アイスネルワイゼン」
32歳のピアノ講師・田口琴音は、最近仕事も恋人との関係もうまく行っていない。そんな中、ひさびさに連絡をとった友人との再会から、事態は思わぬ方向へ転がっていく――。静かな日常の中にひそむ「静かな崖っぷち」を描き、心揺すぶる作品。(初出:『文學界』2023年10月号/単行本は文藝春秋より発売中)
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みき・みな/1991年、埼玉県出身。2020年に「アキちゃん」で「第125回文學界新人賞」を受賞しデビュー。同作は第163回芥川賞候補となった。
【第170回直木賞候補】(五十音順)
■ 加藤シゲアキ『なれのはて』
テレビ局員・守谷京斗は、異動先で出会った吾妻李久美からとある絵を使って「たった一枚の展覧会」を企画したいと相談を受ける。裏に「ISAMU INOMATA」と署名があるだけで画家の素性は一切わからないその絵。2人が謎の画家の正体を探り始めると、秋田のある一族が、暗い水の中に沈めた業に繋がっていた。(講談社より発売中)
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かとう・しげあき/1987年、大阪府出身。2003年に「NEWS」のメンバーとしてデビュー。アイドルとして活動する中で文筆の分野で評価を得、2012年1月『ピンクとグレー』で作家デビューを果たす。『オルタネート』で第164回直木賞候補となっている。
■ 河崎秋子『ともぐい』
明治後期、人里離れた山中で犬を相棒にひとり狩猟をして生きていた熊爪は、ある日、血痕を辿った先で負傷した男を見つける。男は、冬眠していない熊「穴持たず」を追っていたというが…。己は人間のなりをした何ものか――人と獣の理屈なき命の応酬の果てには。(新潮社より発売中)
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かわさき・あきこ/1979年、北海道生まれ。2014年に行われた「三浦綾子文学賞」の受賞作『颶風の王』で、2015年にデビュー。『絞め殺しの樹』で第167回直木賞候補となっている。
■ 嶋津輝『襷がけの二人』
裕福な家に嫁いだ千代と、女中頭の初衣。戦後すべてを失った千代は住み込みの女中に、視力を失った初衣は三味線の師匠となり……。大正から戦後にかけて、「普通」から逸れてもそれぞれの道を行くふたりの女性を描く。(文藝春秋より発売中)
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しまづ・てる/1969年、東京都生まれ。2016年に「姉といもうと」で「第96回オール讀物新人賞」を受賞。同作を収録した『スナック墓場』(文庫化に際し『駐車場のねこ』と改題)を2019年に刊行。
■ 万城目学『八月の御所グラウンド』
都大路にピンチランナーとして挑む、絶望的に方向音痴な女子高校生。そして借金3万円のカタに、早朝の御所グラウンドで謎の草野球大会「たまひで杯」に参加する羽目になった大学生。京都で起きる、幻のような出会いが生んだドラマとは――。(文藝春秋より発売中)
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まきめ・まなぶ/1976年、大阪府生まれ。2006年に『鴨川ホルモー』で「第4回ボイルドエッグズ新人賞」を受賞しデビュー。『鹿男あをによし』で第137回、『プリンセス・トヨトミ』で第141回、『かのこちゃんとマドレーヌ夫人』で第143回。『とっぴんぱらりの風太郎』で第150回、『悟浄出立』で第152回の直木賞候補となっている。
■ 宮内悠介『ラウリ・クースクを探して』
1977年、エストニアに生まれたラウリ・クースク。コンピュータ・プログラミングの稀有な才能があった彼は、ソ連のサイバネティクス研究所で活躍することを目指す。だがソ連は崩壊しエストニアは独立、ラウリは時代の波に翻弄されていく。(朝日新聞出版より発売中)
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みやうち・ゆうすけ/1979年、東京都生まれ。2010年に「第1回創元SF短編賞」で選考委員特別賞(山田正紀賞)を受賞しデビュー。受賞作を表題とし2012年に刊行された連作短編集『盤上の夜』で第147回、『ヨハネスブルグの天使たち』で第149回、『あとは野となれ大和撫子』で第157回の直木賞候補となり、「カブールの園」で第156回、「ディレイ・エフェクト」で第158回の芥川賞候補となっている。
■ 村木嵐『まいまいつぶろ』
口がまわらず、誰にも言葉が届かない。歩いた後には尿を引きずった跡が残るため、まいまいつぶろ(カタツムリ)と呼ばれ蔑まれた君主がいた。常に側に控えるのは、ただ一人、彼の言葉を解する何の後ろ盾もない小姓・兵庫。麻痺を抱え廃嫡を噂されていた若君は、いかにして将軍になったのか。第九代将軍・徳川家重を描く落涙必至の傑作歴史小説。(幻冬舎より発売中)
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むらき・らん/1967年、京都府生まれ。2010年に「第17回松本清張賞」受賞作『マルガリータ』を刊行。本作で「第12回日本歴史時代作家協会賞」作品賞、「第13回本屋が選ぶ時代小説大賞」を受賞している。
ナニヨモ編集部の予想!
お一方を除いて、みなさんが2度めのノミネートとなった芥川賞候補。
ここ数年、広く語られるようになったジェンダー問題をテーマとした安堂氏、川野氏の2作品。それぞれのアプローチで「言葉と認識」の差異を浮かび上がらせる九段氏、小砂川氏の2作品。じわじわと追い詰められるような女性の息苦しさを描いた三木氏。同年代の作家5人がそれぞれに現代社会の生き難さが描いた5作品からナニヨモが推すのは、より広くの読者に共感をもたらしそうな『猿の戴冠式』です。
一方、大きなテーマを描き作品性が話題性を上回る新作でノミネートされた加藤氏が注目を集める直木賞。ナニヨモの注目は、直木賞6度目のノミネートとなる万城目氏と、芥川賞・直木賞合わせて6度目のノミネートとなる宮内氏。時代に翻弄された天才の人生を描いた宮内氏の受賞と予想してみました。
(2)安堂ホセ「迷彩色の男」
(初)川野芽生「Blue」
(2)九段理江「東京都同情塔」
(2)小砂川チト「猿の戴冠式」 ★
(2)三木三奈「アイスネルワイゼン」
直木賞予想
(2)加藤シゲアキ『なれのはて』
(2)河崎秋子『ともぐい』
(初)嶋津輝『襷がけの二人』
(6)万城目学『八月の御所グラウンド』
(4)宮内悠介『ラウリ・クースクを探して』★
(初) 村木嵐『まいまいつぶろ』