ランチ時のオフィス街や野外イベント会場、週末の公園などでよく見かけるようになったキッチンカー。特にこの2〜3年は、密状態を避けながらできたての料理を楽しめることも大きな魅力となって、すっかり「食」のシチュエーションのひとつとして定着したように感じます。

おしゃれなカフェメニューから手軽なスナック、スイーツ、もちろん食べごたえ充分なワンディッシュメニューまで、さまざまな料理を味わえるキッチンカーがありますが、ちょっぴり風変わりなシェフが、極上の料理とクセの強い推理でもてなしてくれるのは世界中でもきっとここだけ!? そんな「パズル・マンカンテ」を舞台に描かれるおいしいヒューマンドラマが、鹿ノ倉いるかさんの発売されたばかりの最新作『気まぐれキッチンカーで昼食を』です。

訪れるお客様のお腹と心を満たし、読者のお腹はもれなく鳴らす(?)本作について、鹿ノ倉さんにお話を伺ってみました。

自分がちゃんと必要とされていることを実感し、前向きになっていく。そんな挫折と再生の物語です

――今回の『気まぐれキッチンカーで昼食を』について、これから読む方へ、どのような物語かをお教えいただけますでしょうか。

大学を二年浪人し、新卒入社の会社を一月半で退職した主人公の女の子、咲月。

自分の不甲斐なさに自己嫌悪しながら生きる咲月は、母の薦めで叔父の経営するキッチンカーで働くことになります。

スタッフやお客さんなど、様々な人々との交流を経て、咲月は自分がちゃんと必要とされていることを実感し、前向きになっていく。そんな挫折と再生の物語です。

こう説明すると実に真面目で硬派な物語みたいですが、叔父であるシェフがとにかく変わり者。一般常識が通じず、気まぐれで、子どもっぽい。

そんなクセの強いシェフに振り回されながら咲月が成長していく姿を楽しんでいただけたら嬉しいです。

――この作品が生まれたきっかけを教えていただけますでしょうか。

私自身がキッチンカーを経営していたことがあり、その経験を活かして作品を書いてみませんかと編集者さんに提案されたのがきっかけです。

キッチンカーというのは独特で、レストランとはまた違う悩みや工夫があります。

街頭で販売する心細さもそうですし、雨の日はどうするのかとか、夏場はどんなものが売れるのかなど、そんなキッチンカーならではの問題を作中で描いております。

実体験が元なので、その辺りはなかなかリアリティーが出せたんじゃないかなと自負しております。

もしかして私と二人でキッチンカーを始めようとしているのだろうかと思うほど、細部にまでチェックを入れられました

――ご執筆にあたって、苦労されたことや、当初の構想から変わった部分など、なにかエピソードがありましたらお聞かせください。

編集者さんがとにかく厳しかったです(笑)。キッチンカーの設備はどうなっているのか、メニューの原価計算をして欲しい、この料理は美味しそうじゃないなど、細かい指摘をたくさん頂きました。

もしかしてこの人は、私と二人でキッチンカーを始めようとしているのだろうかと思うほど、細部にまでチェックを入れられました。でもそのお陰でリアリティーを更にブラッシュアップできたと思います。

また本作は六作のオムニバス形式のため、毎話日常ミステリーの謎解きを考えて、独創的な料理を登場させ、各話のエピソードをまとめつつ、全体的なストーリーの展開を書かなくてはいけませんでした。

それに加え、各話ごとにシェフが娘の影響でスマホゲームに興味を持ったり、ショート動画にハマるなどのサイドエピソードも描いてます。それだけの内容をどう一話にまとめるかに苦心しました。

――本作は、特にどのような方にオススメの作品でしょうか? 読みどころなども含めて教えてください。

グルメ小説ファン、日常ミステリーファンはもちろん、ヒューマンドラマが好きな方にもおすすめしたいです。

自分は人生の落伍者だと悲観する主人公をはじめ、不安を抱えながら夢を追いかける若者、親子関係に悩む父子、別れた妻と復縁したい夫など、様々な悩める人がキッチンカーを訪れます。

そしてみんなが自分なりの答えを見つけ、前へ進む勇気や元気を貰っていきます。

本作を読まれる方も、ほんの少しでも安らぎを感じて頂き、日常の疲れを癒して貰えたらと思います。

鋭い表現や響く言葉などを書けるように心掛けてます

――小説を書くうえで、いちばん大切にされていることをお教えください。

私自身、小説を読むときは心に突き刺さるセンテンスを求めています。それなので出来るだけそういう鋭い表現や響く言葉などを書けるように心掛けてます。

また推理小説を読んで育ったので、驚く仕掛けは必ず入れたいと考えております。なるべく大胆に伏線を張り、それを回収するのが楽しみです。

――最後に読者に向けて、メッセージをお願いします。

今はテレビや漫画だけでなく、動画やアプリゲームなど様々なエンターテインメントコンテンツが溢れています。

そんな中で小説というのは読むのに時間がかかり、派手さもないコンテンツだと思います。

けれど小説ならではの面白さや、小説にしかない出来ないこともあります。

そんな小説の良さを理解してくださっている方が、今も本を読み、文芸界を支えてくださっていると思います。本当にありがとうございます。

私はこれからも小説でしか出来ないことを考えながら精進していきたいと思いますので、よろしくお願い致します。

Q:最近、嬉しかったこと、と言えばなんでしょうか?

母の川柳が新聞に掲載してもらえたことです。

急いでコンビニに新聞を買いに行きました。

Q:ご自身は、どんな小説家だと思われますか?

私は子どもの頃から常に頭の中で物語を考えながら過ごしてきました。

そして大人になるまで、それはみんながしていることだと本気で思い込んでいました。

だから常に妄想し続けている作家なのだと思います。

Q:おすすめの本を教えてください!

■『花のさくら通り』荻原浩(集英社)

『オロロ畑でつかまえて』からつづく「ユニバーサル広告社」シリーズ、第三弾。お仕事小説としてのリアルさと荻原さんならではのユーモアの配分が絶妙な一冊。

■『コメンテーター』奥田英朗(文藝春秋)

ぶっ飛び精神科医、伊良部が活躍する大好きなシリーズが17年ぶりに復活! 相変わらずの破天荒ぶりに喝采しました。今回の『気まぐれキッチンカーで昼食を』の主人公を作るにあたり、伊良部はちょっと参考にさせていただきました。

■『教室が、ひとりになるまで』浅倉秋成(KADOKAWA)

高校で起こった生徒連続自殺の謎を追うミステリー。ハッと驚く伏線回収が見事。青春小説として楽しめる点も素晴らしかったです。


鹿ノ倉いるかさん最新作『気まぐれキッチンカーで昼食を』

『気まぐれキッチンカーで昼食を』(鹿ノ倉いるか) 徳間書店
 発売:2023年07月07日 価格:935円(税込)

著者プロフィール

鹿ノ倉いるか(カノクラ・イルカ)

2017年から小説投稿サイトで執筆活動を開始し、2018年に投稿作の書籍化『時間遡行で学生時代に戻った僕は、妻の恋を成就させたい』でデビュー。2021年に「君がこの世を去ったあとの世界」で「第一回次世代作家文芸賞」の「一般向けエンターテイメント小説部門」大賞を受賞し、改題の上、2022年に『もうこれ以上、君が消えてしまわないために』を刊行。その他の著書に『縁結び神社の猫神様 お導きはマッチングアプリで』がある。

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