ちょっと前までなら「オタク」、今風に言えば「推し活」。なにかを好きだという思いを、気持ちだけでなく行動で表現して楽しむ人はたくさんいますよね。

たとえば、村雲菜月さんの最新作『コレクターズ・ハイ』の主人公・三川のそれは、お気に入りのキャラクターグッズを集めること。自分の好きなものに囲まれた暮らしは、誰もが少なからずしていることで、特別変わったことではありません。ただ彼女の場合、その手段がちょっと変わっているのです。思えばそれは、心の奥底に潜む狂気の表れだったのかもしれません。

「好き」が肥大して「執着」となり、それが暴走する。幸せを味わうための行動に、いつの間にか追い立てられ、追い詰められていく――そんな、誰の身にも起こりうる怖さを描いた新作を発売したばかりの村雲さんに、お話を伺ってみました。

少しでも興味を感じたなら、ぜひあなたの中の「好き」を確かめながら読んでみてほしい1冊です!

「お金を出して特に欲しくもないものを獲る」という価値観が衝撃的で絶対にどこかで小説に書きたいと思っていました

――今回の『コレクターズ・ハイ』について、これから読む方へ、どのような作品かをお教えいただけますでしょうか。

主人公の三川はとある癒し系キャラクター・なにゅなにゅのグッズ収集に熱中するあまり、クレーンゲームオタクの男性と「なにゅなにゅの景品を獲ってもらう代わりに自分の頭を撫でさせる」という取引をするのですが、その取引の鍵となる三川のストレートヘアには髪オタクな美容師も絡んでいます。一方通行な執着が暴走していく三角関係を軸に、集めることの楽しさと苦しさについて描いた作品です。

――この作品が生まれたのはどんなきっかけだったのでしょうか。

ゲームセンターでの展開は実際にクレーンゲームで獲ったぬいぐるみを誰かに渡そうとしている人を見て、「お金を出して特に欲しくもないものを獲る」という価値観が衝撃的で絶対にどこかで小説に書きたいと思っていました。また、私自身推し活をしたり物を集めたりするなかで、周囲と価値観の差を感じるので、この感覚を書き残したいと思ったのが主なきっかけです。

自分の周囲にもアニメオタクやアイドルオタクなど色々な人がいるのですが、それぞれ熱量が全然違います

――ご執筆にあたって、苦労されたことや、当初の構想から変わった部分など、なにかエピソードがありましたらお聞かせください。

主人公・三川のオタク観を描くのに苦労しました。自分の周囲にもアニメオタクやアイドルオタクなど色々な人がいるのですが、それぞれ熱量が全然違います。同じ人でも熱中する度合いやお金を出す基準が時と場合により変わるので、誰にでも共感される平均的なオタク像というものがなく難しかったです。友人と話すなかでできるだけ共感しやすい人物像を作ったつもりです。

――本作は、特にどのような方にオススメの作品でしょうか? 読みどころなども含めて教えてください。

私自身、音楽、アイドル、アニメなどいろんなコンテンツの現場に行くことがあり、そこで垣間見た「オタクあるある」をたくさんちりばめているので、何かを集めている人や推しているコンテンツがある人には特にオススメです。オタクとして共感できる面もありつつ、今作の登場人物はほぼみんなゆるやかに暴走していくので、読みながら自分と照らし合わせてみるのも面白いかと思います。

テーマは読んでもらいたい人を仮定して興味を持ってもらえるようなものを常に考えています

――小説を書くうえで、いちばん大切にされていることをお教えください。

小説家になる前から身近な友達や家族が面白く読める作品にすることを一番大切にして書いています。テーマは読んでもらいたい人を仮定して興味を持ってもらえるようなものを常に考えています。今回だと、周囲の友人にカプセルトイが好きな人が多く、ゲームセンターへ遊びに行くこともよくあるので身近に捉えやすいかと思い素材に選びました。

――最後に読者に向けて、メッセージをお願いします。

『コレクターズ・ハイ』の主人公はカプセルトイの企画をする仕事をしていますが、カプセルトイは駅中やショッピングセンター、本屋さんにも並んでいて誰でも頻繁に目にするのではないでしょうか? 普段見ている世界の延長として今作を楽しんでくださるとうれしいです。

また、今作が面白かった方はぜひ前作の『もぬけの考察』や今後の作品も読んでいただきたいです!

Q:最近、嬉しかったこと、と言えばなんでしょうか?

最近、職場の人に「本読んだよ」って話しかけられることが増えてうれしいです。また、編集部のご尽力のおかげで色々な方が『コレクターズ・ハイ』の書評やエッセイを書いてくださったことです! 私自身書いていて気づけなかった新しい発見もあり、とても楽しく拝読しました。

Q:これからどんな小説家になりたいと考えていますか?

誰の身の回りにでも起こりうることをテーマにして、日常に新しい発見を与えられるような小説家になりたいです。自分の知らないことや分からないことを調べたり分析したりするのも好きなので、ジャンルは問わずに挑戦し続けていきたいです。

Q:おすすめの本を教えてください!

今回の小説を書く際に参考にし、かつオススメしたい3冊です。

■『箱の中のあなた ――山川方夫ショートショート集成』山川方夫(筑摩書房)

山川方夫はもし生きていたら友達になりたいくらい好きな小説家です。どの話も短いのに可笑しくてゾッとする展開もある短編集です。『コレクターズ・ハイ』を書く際に、この短編集の中にある『蒐集』という短編を参考にしました。

■『パニック・裸の王様』開高健(新潮社)

社会で労働していると時代を問わず共感できる駆け引きがとても上手く書かれています。この中に入っている『巨人と玩具』という短編では製菓会社の宣伝競争が展開されますが、仕事のシーンを書くときは参考にしています。

■『ブラフマンの埋葬』小川洋子(講談社)

最後まで正体のわからないブラフマンという小さな生きものが登場します。『コレクターズ・ハイ』にもなにゅなにゅというよくわからないキャラクターが出てくるのですが、この具体性を欠く描写をするか否かを決める際、後押しになった作品です。


村雲菜月さん最新作『コレクターズ・ハイ』

『コレクターズ・ハイ』(村雲菜月) 講談社
 発売:2024年02月29日 価格:1,485円(税込)

著者プロフィール

©林桂多

村雲菜月(ムラクモ・ナツキ)

1994年、北海道生まれ。2023年に「第66回群像新人文学賞」受賞作『もぬけの考察』でデビュー。

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