講談社が主催する「第65回群像新人文学賞」を受賞し、本年デビューした平沢逸さん。そのデビュー作となる『点滅するものの革命』が7月9日に書籍化されます。 

5歳の少女を視点者に、クセの強いユニークなキャラクターたちがただ「彼らの日常」を過ごす様子を描きながら、選考委員の町田康氏からも「なんの意味もない人間が、なんの意味もない場所に、なんの意味もなく集まって、なんの意味もない言葉を発する、という私たちが普段やっていることをそのまま描いておもしろいという稀有な作品」と高く評された、鮮烈な作品を生み出した27歳の新人小説家にお話を伺いました。

色々な登場人物が夏の多摩川を舞台にだらだらおしゃべりをするという小説です

――『点滅するものの革命』について、これから読む方へ、内容をお教えいただけますでしょうか。

多摩川の河川敷で暮らしている女の子「ちえ」とその父ちゃんがいます。ちえは5歳なのに一切喋らずただ河川敷の自然に目を奪われてばかりいて、父ちゃんは無職なんですが報奨金目当てで8年前の未解決事件で使われたという拳銃を河川敷で探しまわっています。そこに雀荘のママの鈴子さん、アホなのにギターだけはうまい大学生の通称「レンアイ」、自分の義足を自分で作るホームレスのクボヤマさん、お嬢様学校出身なのにメタルが好きなユッコさんなどなど、色々な登場人物が出てきて夏の多摩川を舞台に下ネタやらだらだらおしゃべりをするという小説です。物語的な起伏は一切ありません。 

――本作を描こうとされたきっかけを教えていただけますでしょうか。

冒頭に主人公のちえが朝焼けに染まった多摩川を見ながら「暁は数じゃない、量だ」と気づく場面があるのですが、ある日寝ようと布団に潜りこんだら突然その言葉が思いつきまして、そのシーンを書いてあとは雪だるま式に小説を膨らませていきました。 

僕は大学でお笑いサークルというものに入っていて毎日漫才やらコントやらギャンブルばっかやっていたのですが登場人物たちはそのときに見聞きしたエピソードが元になっています。レンアイの友達で、くまのプーさんに性的興奮を覚えるという男が出てくるのですがこれは大学のサークルの先輩のエピソードがモデルです。その人はくまのプーさんじゃなくてポケモンのルギアで興奮するのですが。 

一行書くごとにフォントを変えたり手書きにしたりスマートフォンで書いたり……

――ご執筆にあたって、苦労されたことや、当初の構想から変わった部分など、執筆時のエピソードをお聞かせください。

沢山の登場人物が出てきて、会話があって、風景描写があるという小説らしい小説を書くのが初めてだったのでほとんど全部に苦労したような記憶があります。とくに風景描写は大変で、パソコンの液晶をずっと見つめていると文字が崩れていくような錯覚に陥るので一行書くごとにフォントを変えたり手書きにしたりスマートフォンで書いたりとすごく効率の悪いことをしていたような気がします。

――どのような方にオススメの作品でしょうか? また、本作の読みどころも教えてください。

音楽や絵画、映画など、小説以外にもさまざまな表現媒体にも興味をもっている方のほうが面白がれるかと。本当に何も起こらないので寝る前に今日は数ページ、という読み方をすればよく眠れるようになっています。

見たものや考えたこと、聞いたことや感じたこと、面白かったことなどを総動員して

――小説を書くうえで、いちばん大切にされていることをお教えください。

そのときどきで見たものや考えたこと、聞いたことや感じたこと、面白かったことなどを総動員して、要約のしづらい、要約できたとしてもその要約と小説そのもののあいだに激しいギャップがあるような小説を書きたいと思っています。

――最後に読者に向けて、メッセージをお願いします。

すべての芸術作品は結局のところ知覚の総体だと考えています。身体があってそこに感覚が現象するなら、わたしたちは身体ごしに世界を眺めている。そうした世界と身体の狭間で、なにか目を見張るべき価値をもつものが生まれるなら、痛みも傷も、悲しみも苦しみもすべて肯定される。こんな真面目なこと言うつもりはなかったのですが、まあよろしくお願いします。

Q:最近、嬉しかったこと、と言えばなんでしょうか?

『点滅するものの革命』の装丁デザインがメールで送られてきたときは興奮しました。飯田信雄さんという方の写真をもとに川名潤さんがデザインしてくれたのですが、これはすごい。「赤ん坊が生まれて初めて目を開いたときに見た景色か?」って思いました。

Q:ご自身は、どんな小説家だと思われますか?

小説家になったという実感もまだないのでよくわからないのですが、どうしても書かなければならないこと、伝えなければならないことがあって小説を書きはじめたというタイプでは全然ないので、音楽でも漫画でもなんでもよかったけどなんだかんだで小説を書いている小説家、という感じでしょうか。

Q:おすすめの本を教えてください!

『灯台へ』ヴァージニア・ウルフ 御輿哲也訳(岩波書店)

圧巻の名著ですね。スコットランドの島を舞台に何人かの登場人物たちの意識の流れや、目に見ている情景が淡々と書き連ねられていくだけという小説なのですが、登場人物たちの輪郭が不思議と淡くて背後の景色ととけあったように書かれてあるのが心地よい。読書をしているというよりかはただ黙々と編み物をしているような気分にさせてくれる、寝る前に読むにはうってつけの本です。

『道化師の蝶』円城塔(講談社)

いわゆる「メタフィクション」というジャンルの小説で、現実と虚構のあいだをくるくる旋回していくような複雑な構造をもった小説なんですが、語り口は一貫してユーモラスですし、こういった複雑な仕掛けが実存的な不安と結びつくことなくただ小説で遊んでいるかのような手つきで構築されているのがすごい。「わたし」が小説の背後からとびだしてくるラストは本当に蛹から蝶々がとびだしてきたかのようです。一応数学科出身ということで言わせてもらうと、メビウスの輪のような数学的構造体がこの小説のモデルとなっているのだと思われますが、大学時代はほとんど勉強していないので全然違うかもしれません。

『新しい小説のために』佐々木敦(講談社)

セザンヌの絵や演劇など、さまざまなジャンルへ飛び火しながらゼロ年代以降の作家が用いる一人称のあり方に思考を巡らす小説論です。書いている最中はあまり意識していなかったのですが、最近になって読み返してみるとこれがなかったら「点滅〜」も書けなかったんじゃないかと思うくらい強い影響を受けてると思います。書くべきテーマや物語ももたずに一から小説を立ちあげなくてはならない人間からしてみれば、こういう小説のメカニズムにまつわる原理的な考察は小説を書くためのよい道筋となってくれています。


平沢逸さんデビュー作『点滅するものの革命』

『点滅するものの革命』(平沢逸) 講談社
 発売:2022年07月09日 価格:1,540円(税込)

著者プロフィール

著者近影(写真提供 講談社)

平沢逸(ヒラサワ・イツ)

1994年東京都生まれ。早稲田大学基幹理工学部数学科卒業。本作で「第65回群像新人文学賞」を受賞しデビュー。

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