大学受験に失敗して以来、医師を目指していた自分の将来に迷いを抱き、昼夜逆転のアルバイト生活を送っていた誉(ほまれ)が迷い込んでしまったのは、銭湯・かくり湯。深夜に煌々と明かりを灯すそのかくり湯に集まる客は皆、実は死出の旅路に向かう亡者たちだった!?
「第三回ステキブンゲイ大賞」で優秀賞を獲得し、改稿も含め2年以上の期間をかけて制作された『隠れかくり湯営業中』は、そんなこの世ならざる銭湯を舞台に、誉の自分探しを描いた作品です。
動物の面を被った三助の少年・宵、馬頭で粗野な番台、そして様々な事情を抱えた亡者たちと交流する中で、誉はどんな答えを見つけるのか?
一風変わった和風ファンタジーを発売したばかりの著者・ユメノさんに、早速お話を伺ってみました。

昔から銭湯という存在には心惹かれるものがありました。日常の中にあって非日常な雰囲気がある場処だと思います
――今回の『隠れかくり湯営業中』について、これから読む方へ、どのような作品かをお教えいただけますでしょうか。
受験の失敗を機に自分の生き方に疑問と不安を持ち、そのために無気力になった青年が、真夜中に営業する奇妙な銭湯で働きだします。
死者の魂を洗う三助の少年と、番頭兼獄卒の馬頭の男、銭湯に通う幽霊の客たちとふれあうなかで、青年は自分の選択から自分の人生を織り上げていこうと決意し、新たに歩みだします。
傷つき、迷い、間違い、時に立ち止まりながらも懸命に生きてきた魂たちを、かくり湯はひとしくねぎらい、祝福し、あたためます。
全ての人生を全肯定する物語です。
――この作品が生まれたのはどんなきっかけだったのでしょうか。
きっかけにつきましては、正直なところおぼえていません。いつも目の前に現れたものを、必死になって追いかけるだけですので……。
読み返してみて、自分でもどのように出来上がったのか、不思議な気持ちです。
ただ、昔から銭湯という存在には心惹かれるものがありました。日常の中にあって非日常な雰囲気がある場処だと思います。
主人公の考え方や思いなどをあらためて見つめなおし、ひとつひとつ確認することに長い時間がかかりました
――「第三回ステキブンゲイ大賞」の優秀賞を受賞し、今回の出版に至ったわけですが、受賞したときのお気持ち、出版が決まったときのお気持ちを教えてください。
受賞した時はとにかく驚きました。実は小説をコミカライズ(漫画化)してもらいたいという気持ちから応募したので、賞をいただくことは考えていなかったのです。
(「小説を漫画化してもらいました」とネットで報告している方を見て、漫画好きな私は羨ましくて、自分も漫画化してもらいたい!と思ったのです)
しかし小説を出版したいという思いも子どもの頃からありましたので、出版させていただけると聞いて、ようやく長年の願いが叶うことを心の底から有難く感じました。
――ご執筆にあたって、苦労されたことや、当初の構想から変わった部分など、また書籍化に際しての改稿で気をつけたことや制作作業を通して感じたことなど、作品制作時のエピソードをお聞かせください。
投稿時のページ数から大幅に削って、物語を整理するのは、想像以上に大変な作業でした。
主人公の考え方や思いなどをあらためて見つめなおし、ひとつひとつ確認することに長い時間がかかりました。
泣く泣く切った枝もたくさんありますが、いろいろなところに伸びた枝を思いきってばさばさと切ったことで木の全体像が明瞭になったのだとしたら、泣きながら切った甲斐はありました。
日々の生活に疲れや行き詰まりを感じている方、理由のない焦りや不安を抱えている方の、ささやかな休息場処となりますように
――本作は、特にどのような方にオススメの作品でしょうか? 読みどころなども含めて教えてください。
全ての今を生きる方々に向けて書きましたが、とりわけ、日々の生活に疲れや行き詰まりを感じている方、理由のない焦りや不安を抱えている方の、ささやかな休息場処となりますように。
かくり湯はあらゆる人の人生をねぎらう銭湯です。本作を読みながら、読者の皆様がご自身の人生をやさしく振り返り、ねぎらってくだされば、作者としてこんなに嬉しいことはありません。
そして何より、一緒にかくり湯の世界を楽しんでください。ゆったりと、お湯につかるように。
――小説を書くうえで、ご自身にとっていちばん大切にしていることや拘っていることをお教えください。
その物語に失礼の無いように書くことです。物語に身を投げ出して尽くすこと。物語に逆らわないこと。
ですが、我の強い自分にはなかなか困難なことです。上記のことは理想論です。自分の傲慢な手で物語を台無しにしてしまわないか、常におののきながら書いています。(そしてよく失敗します)
――最後に読者に向けて、メッセージをお願いします。
書籍というかたちで皆様とお会いできることを、大変嬉しく、幸せに思っています。
小説を書く行為は、暗闇の中をただひとりで歩くような、とても心細いものです。それでも私にとって物語とは、何よりも愛おしい光です。その光を信じられるから、なんとか暗闇の中も歩いていけます。私の信じた光を、同じように明るいと感じてくださる方がいるなら、ひとりで見つめてきた暗闇が一気にまばゆく変ずることでしょう。
どうかこの出会いが、皆様にとっても幸いでありますようにと願います。全ての巡り合わせに心から感謝します。

Q:最近、嬉しかったこと、と言えばなんでしょうか?
最近というより毎日のことなのですが、家族がいつも健康に暮らしていること。笑ってくれていること。
飼っているレオパードゲッコーが可愛いこと。そのレオパードゲッコーが最近エサをねだってくるようになったこと。
姉の育てている植物たちが美しい姿を見せてくれること。庭でヤモリやトカゲや蝶を見つけること。母と早朝の散歩に行けること。
Q:ご自身はどんな小説家だと思われますか?
わかりません。なにせ自分自身を客観視する能力が私には著しく欠けているので、どのような小説家なのか、自分が一番知りたいくらいです。
とても運が良くて恵まれているということと、あまり器用ではないことは、確かだと思います。
Q:おすすめの本を教えてください!
銭湯と云えば心身を癒す場処なので、癒しを感じる本を。
■『金子みすゞ名詩集』金子みすゞ(彩図社)
昔から大好きな詩人の一人です。
この世界を丸ごと包み込むほどの大きな視野を持ちながら、小さなものたちにひたと真摯に注がれるみすゞちゃんのまなざしは、愛そのものだと感じます。
『センス・オブ・ワンダー』レイチェル・カーソン(新潮社)
この本を読んでいると、遠い懐かしい場処へ帰っていくような心地がします。そこは絶対的に安心で、誰でもみんな知っている場処ではないかと思います。
ともすれば得よう得ようと急ぐ心を、穏やかに緩めてくれる一冊です。
■『絵本 すみっコぐらし そらいろのまいにち』よこみぞゆり(主婦と生活社)
子どもたちに人気のすみっコぐらしですが、それぞれのキャラクターが抱えている悩みやコンプレックスは、大人の方も多く共感されるのではないでしょうか。
心に寄り添う文章と、やさしく可愛らしい絵に癒されます。どのキャラクターも個性があって魅力的なのですが、特にとかげちゃんとお母さんのお話が大好きです。
ユメノさん単著デビュー作『隠れかくり湯営業中』

発売:2025年09月30日 価格:1,540円(税込)
著者プロフィール
ユメノ
2017年に「遊ぶ幽霊」で「第41回すばる文学賞」佳作受賞(兎束まいこ名義)。2023年に本作で「第三回ステキブンゲイ大賞」優秀賞を受賞。『5分シリーズ』(河出書房新社)に作品収録。



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