学校をあげて行われる年に一度の「信商デパート」。長野県の信州商業高等学校で代々続く大イベントです。それはデパートの名にふさわしい大規模販売会。しかもそれを、生徒たちが組織する疑似会社が企画・運営するのです。
主人公の三浦和樹(みうらかずき)は信商デパートの社長になることを夢見て信商に進学したものの、内向的な性格が災いして、三年になった今年も一社員としての参加にとどまるはずでした。ところが密かな憧れだった村松先生から「社長特別補佐」に任命されてしまいます。今年の社長は完璧少女と名高い武田晴香(たけだはるか)。自分の出る幕なんてあるのだろうかと思う和樹ですが、実は村松先生からは謎めいた密命も帯びていて――?
2022年に、「第二回ステキブンゲイ大賞」大賞受賞作『コイのレシピ』でデビューを果たした塚田浩司さんが、前作と同様に高校生を主人公に据えてお贈りする青春ストーリー『信商デパートは終わらない』が発売されました。
長野県の高校で行われている、一〇〇年以上の歴史と伝統を持つ実在するイベントをモデルとし、入念な取材のうえで書き上げられたオリジナルストーリーです。さっそく塚田さんにお話を伺いました。

おそらく、在学中に父親から面倒なことを頼まれるのを嫌がったのだと思いますし、その気持ちはわかります
――今回の『信商デパートは終わらない』について、これから読む方へ、どのような作品かをお教えいただけますでしょうか。
信商デパートという架空のイベントが舞台です。長野商業高校で毎年行われている「長商デパート」をモデルにしました。長商デパートは高校生が運営する大規模販売会。スケールの大きい文化祭と思って頂ければわかりやすいと思います。
主人公の和樹は信州商業高校の三年。冴えない高校生活を送っています。そんな中、突然、憧れの村松摩耶先生から「社長特別補佐になってくれないか」と依頼されます。
主人公の和樹は、ミステリアスで完璧少女の社長、武田晴香に振り回されながらも、信商デパートのために懸命に働き、やりがいを見出します。
この小説には和樹と晴香以外にも高校生が沢山登場します。みんななにかしら悩みがありますが、信商デパートを通じて活躍し成長します。
社長の武田晴香には秘密があり、それが物語のキーになっています。
僕自身、高校時代あまり学校行事を楽しんだ記憶がないので「こんな学校生活だったら」と思いながら書きました。
――この作品が生まれたのはどんなきっかけだったのでしょうか。
モデルになった長野商業高校は長女の母校です。長女が長野商業在学中に、芸人のダイアンが司会のバラエティ番組で、長商デパートに密着するという企画が放送されました。それを見て感動した僕は、「長商デパートをモデルに書きたい」と娘に話したのですが、「やめてくれ」と言われました(笑)。
おそらく、在学中に父親から面倒なことを頼まれるのを嫌がったのだと思いますし、その気持ちはわかります。
娘からNGが出たので長商デパートのことはあきらめました。
それから月日は流れ、三年が経ちました。
今年の三月に中村航先生から「二作目を出しませんか」というメールを頂きました。とても嬉しいメールでした。さっそく企画を考え始め、当初は料理人の経験を活かし、「食」を絡めた作品を考えていました。しかし、そんなときに信濃毎日新聞で「長商デパートの売り上げの一部を長野市に寄付」という記事を偶然目にしました。
「これだっ」と思った僕は、それまで考えていた企画を破棄し、長商デパートをモデルにした小説に舵を切りました。(娘ももう卒業しているので今度は反対しませんでした)
――ご執筆にあたって、苦労されたことや、当初の構想から変わった部分など、作品ご執筆時のエピソードをお聞かせください。
前の回答にもある通り、モデルになった長野商業高校は長女の母校です。そのツテで長野商業高校様に取材をさせていただきました。取材を受けてくださった先生もとても親切に教えてくださいました。そのこともあってそれほど苦も無く書き進められました。
苦労とは違うかもしれませんが、長商デパートは見どころ満載のイベントなので、アイデアがたくさん浮かび、とにかく書きたいことがたくさんありました。しかし、執筆前に編集者さんから「だいたいこれくらいのボリュームで」と指示されていたので、泣く泣く取捨選択をして執筆しました。なので、信商デパートを舞台にもう一本書きたいくらいです(笑)。
――2022年に刊行した「第二回ステキブンゲイ大賞」の大賞受賞作『コイのレシピ』に続く2冊目の書籍となりますが、今回は書き下ろし作品です。書き下ろしという点で、執筆や制作の中での発見やご苦労など、なにか違いはありましたでしょうか。
初稿を書き終えたあとのことなのですが、「これは本当に面白いのか?」と原稿を前に不安になりました。
ステキブンゲイ大賞を受賞した『コイのレシピ』も坊っちゃん文学賞大賞を受賞した「オトナバー」も審査員の先生から少なからず「面白い」と認めて頂けたので受賞できたと思います。なので、その作品が世に放たれても不安はありませんでした。
しかし、今作は書き下ろしなので、僕と編集者さんしか読んでいません。そう書くと編集者さんを信用してないみたいであれですが、大賞作品ほどの自信は当然ありません。ただ、これは二作目を出した作家はみな通っていると思うので、「みんな面白いと思ってくれたらいいな」と思いながら今も過ごしています。

情熱を捧げていたアイドルオーディションの最終審査に落選した経験を持つ高校1年生の瀬野綾音は、ある日、同学年でも群を抜いて目立つイケメン・秀才・スポーツマンの櫻井潤から手製だという弁当を差し出され、思いの丈をぶつけてられた。「一緒に全日本高校生WASHOKUグランプリに出てほしいんだ」、と。――第二回ステキブンゲイ大賞で大賞に輝いた、「和食の甲子園」を目指して奮闘する高校生たちの物語。
あえて実際の長商デパートと異なる書き方をしている面もありますが、全体的に見れば、かなり多く取り入れ、参考にさせて頂きました
――本作は、特にどのような方にオススメの作品でしょうか? 読みどころなども含めて教えてください。
今回の作品の読みどころはやはり「信商デパート」です。モデルにした長商デパートがすごく面白いイベントなんです。
取材をさせて頂き、あえて実際の長商デパートと異なる書き方をしている面もありますが、全体的に見れば、かなり多く取り入れ、参考にさせて頂きました。
長野商業高校の関係者から見れば、「ああ、わかる」と思っていただける部分もあるかと思いますし、長商デパートを知らない県外の方には「へえ、こういうイベントがあるんだあ」と面白がってもらえると思います。
僕自身、取材をしながら、自分も長商デパートをやってみたかったなあと思ったので、読者様にもそう思ってもらえたら嬉しいです。
――小説を書くうえで、ご自身にとっていちばん大切にしていることや拘っていることをお教えください。
大切にしていることは、面白い小説を書くということ、最後まで読んで良かったと思える作品を書くということです。そして、やはり自分にしか書けない作品を書きたいと思っています。
――最後に読者に向けて、メッセージをお願いします。
今、自分が持っている力を全部注ぎました。ぜひ読んでいただきたいです。そして、これからも作家であり続けられるように頑張ります。応援よろしくお願いします。

Q:最近、嬉しかったこと、と言えばなんでしょうか?
「PowerLive」という軽音部の大会があります。毎年、録画するほど楽しみにしているのですが、その大会に「Violetfizz.」という篠ノ井高校のバンドが出場していました。そのバンドの「ラストソング」という曲が凄く刺さりました。曲も歌も演奏も編成も表情も全部素晴らしくて、青春の良さがたくさん詰まっていて、聴くと泣けてくるんです。あまりに好きすぎて、僕の推しバンド「セツナブルースター」の倉島大輔さんにバンドの映像を送り付けたほどです。ちなみに倉島さんも絶賛してくれました(笑)。
このバンドは夏の大会をもって引退したようですが、出会えたことが奇跡だし、とても嬉しかったです。
本当に勝手な話ですが、『信商デパートは終わらない』のテーマソングだと思っています。
Q:ご自身はどんな小説家だと思われますか?
『コイのレシピ』も『信商デパートは終わらない』も高校生の青春小説ですしこれからも力を入れたいジャンルではありますが、他にも色々な年代の主人公を書きたいなと思っていますし、様々なジャンルにも挑戦したいです。なので、どんな小説家ですか? という質問ではありますが、それには答えないでおきます。
あっ、でもこれからも長野を舞台にした小説を書きたいとは思っています。
Q:おすすめの本を教えてください!
僕は長野県民ですし今作も長野県が舞台なので、長野県出身作家の本を紹介したいと思います。
■『猫に引かれて善光寺』新津きよみ(光文社)
新津さんのミステリーはどれも面白いのですが、この作品と、同シリーズの『ただいまつもとの事件簿』は長野県が舞台なので読んでいて特に思い入れがあります。
『猫に引かれて善光寺』は「マウント」がテーマなのですが、長野と松本の関係がおもしろく描かれていて長野県民としては「わかる、わかるわー」となります。
内容で言うと、ミステリーとしてはどこかほのぼのとしているので読みやすくて好きです。
『ひとつ屋根の下の殺人』酒本歩(原書房)
こちらも長野県が舞台のミステリー小説。伏線がゴシック体になっている変わった小説ですが、それがなくても凄く面白いです。
夜寝る前に少しだけと思って読み始めたら引き込まれてしまい、結局、最後まで読み切ってしまいました。けして後味の良い作品とは言えないのですが、サクサクと読めると思いますし、読み終わった後は最初から読み直したくなること間違いなしです。
こちらの作品は続編の予定もあるそうで、今からとても楽しみにしています。
■『梅の花咲く』田中秀征(講談社)
著者が親戚(母のいとこ)なので、思いっきり身内贔屓です(笑)。
高杉晋作が主人公の歴史小説です。高杉といえば、司馬遼太郎の「世に棲む日々」は大好きな作品です。
この作品は冒頭からクライマックスです。なので、高杉晋作に対しての知識がまったくないと読むのが難しいかもしれません。しかし、だからこそドラマチックに描かれていてすごく面白いです。何年か前に著者の家に遊びに行ったときに、本棚を見させてもらったのですが、高杉に関する資料が物凄い量あって、歴史小説を書くにはここまで下調べが必要なのかと愕然としました。
塚田浩司さん最新作『信商デパートは終わらない』

発売:2025年10月15日 価格:1,540円(税込)
著者プロフィール
塚田浩司(ツカダ・コウジ)
1983年、長野県千曲市生まれ。長野県千曲市「柏屋料理店」の七代目当主。2018年の「第15回坊っちゃん文学賞」大賞受賞や、アンソロジー『5分後に意外な結末』への参加などを経て、2022年に「第二回ステキブンゲイ大賞」大賞受賞作『コイのレシピ』で単著デビュー。信濃毎日新聞の広告企画として定期掲載、ピクチャーノベルレーベル・STORYTOONでのWeb連載「桜」、ちくま未来新聞でのショートストーリー連載などの執筆活動と並行して、「ひなた短編文学賞」のプロデュースも手掛けている。




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