SNSに潜む危険の中でも、いちばん身近なもののひとつが「炎上」ではないでしょうか。

ちょっとした不用意な発言が、仲間内でなら笑い話で済んだかもしれない失敗が、善意からはじまった忠告が――ひとたび世間に流れ出すと、本意とは違う形で注目を集めて広まり、やがて手のつけられない業火となってしまう。今回ご紹介する鶴葉ゆらさんの『炎上交際はじめました』の、主人公・正の身に起こったのも、最初はそんなありふれた炎上のひとつでした。

そもそもは、正が出来心で行ったクラスの女子生徒の告発。それがあっと言う間に燃え広がり、彼女を退学まで追い込むと、一転して告発者である正に牙を剥いたのです。この炎上の構図もそれほど珍しいものではないでしょう。しかし、騒動に追い詰められ運び込まれた病院で、正は、結果として自分が追い込んでしまった元クラスメイト・遊奈と再会し、あろうことか彼女は正にキスしてきたのです――!?

「炎上」という現代的なモチーフで描かれる、予測不能のラブストーリーを発売したばかりの鶴葉さんにお話を伺いました。

同じ悩みを抱えている人に自分を貫いていいんだよ、と言いたくて、それも発想に至った経験です

――今回の『炎上交際はじめました』について、これから読む方へ、どのような作品かをお教えいただけますでしょうか。

常に弟と比較されて劣等感を抱いている主人公の男子高校生がストレス発散のために同じクラスの女の子をSNSで叩いてしまい、炎上。女の子は退学になり、今度は投稿者の主人公がネットで中傷を受けてしまう。追い詰められて病院に運ばれた男の子は偶然、そこで自分が中傷した女の子に会います。とっさに逃げようとする主人公でしたが、女の子は主人公のネクタイを掴むと、信じられないことにキスをしてきて――!?  炎上あり、青春あり、涙のラブストーリー……というのがあらすじになります!

若干ラノベっぽいスタートではありますが、いろんな価値観の人たちと出会うことで主人公が成長していき、恋を経て強くなっていく男の子のお話です。

編集さんがつけてくれたキャッチコピーなのですが、『学校では教えてくれない、誰かの評価に縛られず生きる事』というのが、作品のテーマとなります。

――この作品が生まれたのはどんなきっかけだったのでしょうか。

もともと違う価値観を持ったふたりを作中でぶつけたいなと考えていて、ヒロインはありえないくらい自由奔放な女の子、主人公はそれに振り回される男の子。そうしてまず登場人物の外枠が決まりました。

また、十代の子の悩みって何だろうと考えたとき、当時の私は自分がどうなりたいか、自分はなんなのかについて悩んでいたことを思い出しました。私も登場人物たちのように進路について自由がなく、初めは親の決めた道を進みました。でも、本当はやりたい夢がたくさんありました。それを言ったらすべて却下されてしまって、当時はとても苦しかったです。親の決めた道以外は進めないのだと思いました。あの当時、私に背中を押してくれる人がいたら、と今では思います。同じ悩みを抱えている人に自分を貫いていいんだよ、と言いたくて、それも発想に至った経験です。

SNSを小道具として入れたのは、私にとってネットの小説投稿サイトがそうだったように、みんなが自分を出せる場所、身近な自己表現ができる場所ってSNSかもと思ったからです。

SNSは作品の宣伝ができるので、多くの方の目にとまり、夢を叶えやすくなったり、みんなの声があったからこそ問題が解決したり、助け合いの輪が広がったりして素敵なツールだと思います。その反面、華々しい自分でいなきゃと思い詰められたり、過激な発言で注目を引こうとしたり、自分や他人を苦しめてしまう顔も持っていると思います。そこで誰でも巻き込まれる可能性がある身近な社会問題、『炎上』をテーマに組み込みました。

SNSって一度始めると、なにかを言いたくてしょうがなくなる心理になりますし、みんなが正しくSNSを使えればいいのですが、その正しいの線引きも明確な指標がないので難しいです。でも、誰かを叩いたり、揚げ足取りしている人をただの利用者にすぎないユーザーが変えることはできません。なので、SNSを使う側がうまくSNSと付き合っていくしか、現状はできることがないのかなと思いました。

私は昔、リアルタイムが投稿できるあのSNSをやってたんですけども、今はもうやっておりません。

大きな理由は自分の時間を大切にしたいからです。

SNSは情報が溢れているので気づいたら結構な時間を費やして見ていたり、見たくない誰かの毒吐き投稿を意図せず目にしてしまったり、心ないコメントに胸を痛めることもあります。ちょっとした間違いにも過剰に反応するユーザーもいるし、文字数はあまり多くないのに、投稿内容を何度も読み返さなくてはいけないので時間も使います。なので私はSNSと距離をとることで心の平穏を保ち、SNSに使っていた時間を作品作りにあてました。これが結構快適だなと感じています。

こんなふうに自分の感じたことを思い出しながら、自分の価値って周りの反応が決めることなのか、自分らしさや意思を大切にしたり、誰かの評価に埋もれそうになる自分を守るにはどうすればいいのかを考えているうちにアイデアが生まれていきました。

――ご執筆にあたって、苦労されたことや、当初の構想から変わった部分など、作品制作時のエピソードをお聞かせください。

本作では被害者だけでなく、誹謗中傷をしてしまう人たちも含めて、寄り添える本を作りたいなと思って書きました。加害者になってしまうのには理由があると私は考えています。なので大きな問題に繋がる前に、自分自身を見つめ直す機会になればと執筆しました。

それで加害者側の人間を主人公にしたのですが、苦労したのは誹謗中傷を書き込んでしまう人の心理を理解すること、でした。どういうバックグラウンド(家庭環境や問題)を抱えていて書き込んでしまったのか、いろんな資料を集めて読み漁ったり、可能な限り現実に近づけるように努めました。

プロットから変わった部分はSNSの悪い側面の比重が多かったので、いい側面を見せるシーンを増やしたり、十代の読者さんに向けて表現を調整したりしました。

私は『まずかったらきっと編集さんがブレーキを踏んでくれるはず!』と信じて、最初は思ったままを書き殴ります。なので編集作業時は、私が飛ばしすぎてしまったところなどを編集さんたちにセーブしてもらったな、という印象です。編集さんは私にとって、必要なブレーキでガイドです。

あと、個人的には編集さんがつけてくれたタイトルがインパクトがあり、かなり気に入ってまして、急きょタイトルにちなんだセリフをプロローグに組み込みました。

受け入れてもらえるだろうかという不安もありつつ、それでもやりきったなという気持ちもあります

――本作は、特にどのような方にオススメの作品でしょうか? 読みどころなども含めて教えてください。

自分がなにになりたいのか、自分とはなんなのか、迷っている人。誰かの期待に圧し潰されて、自分の望みを言えない人。これからSNSに触れる人や多感な時期にSNSと生きている少年少女たち、SNSをやっているお子様がいるお父様やお母様、今SNSとの付き合い方に悩んでいる方々に読んでほしいです。

この物語の主人公は自分の「正しい」が合っているかもわからないのに、強い言葉でそれを押し付けてしまって、自分を見つめ直すことになります。それが自分を見つけるきっかけにもなるお話です。

読者さんたちにもその過程を一緒に見守っていただき、自分と照らし合わせながら読んでもらえたらなと思います。この本が迷ってる人の背中を押してくれたらいいなと思います。

同時に、社会問題である『SNSの炎上』『誰でも被害者・加害者になる』ことについても考えるきっかけになったらいいなと。間違いを犯した人をただ制裁するのではなく、問題がなぜ起きたのか、そこを考えることが大事なんじゃないかと私は常日頃から考えています。なので表面上だけでなく、多方面から人や物事を見て、知って、ちゃんと理解するという視野をたくさんの人が持ってくれたらいいなと思っています。

いろんな角度から見ると、この人ってこういう人なのか! という気づきを、登場人物たちと一緒に得てくださったら作者冥利に尽きます。

――小説を書くうえで、ご自身にとっていちばん大切にしていることや拘っていることをお教えください。

迷っているときの道しるべになるような、辛いときに寄り添えるような本を作りたいといつも思っています。また、社会問題やまだある偏見についてもテーマにあげて、読んだ人たちに新しいもの、自分とは違うものに寛容になれるような柔軟で広い視点を持ってもらえるような作品を作りたいといつも思っています。ジャンルがなんであれ、人間の綺麗なところも汚いところも書き出して、人情味のある作品を作ることにこだわっています。

――最後に読者に向けて、メッセージをお願いします。

この作品は加害者を主人公としたので、今まで自分が書いた作品の中でかなり攻めた作品だなと思っています。受け入れてもらえるだろうかという不安もありつつ、それでもやりきったなという気持ちもあります。『炎上』という単語に身構えてしまうかもしれませんが、主人公とヒロイン、ふたりのかけ合いにくすっと笑えたり、人を好きだと思う瞬間や、ふたりが出会えてよかったと思えるような物語になるよう大切に描きましたので、楽しんでもらえたら嬉しいです。

以前出版させていただいたのはファンタジー作品だったのですが、今回、『炎上交際はじめました』を書いたことで、今後ブルーライト文芸も書いていきたいなと思いました。いろいろチャレンジ・冒険している最中ですので、温かく見守ってもらえると嬉しいです。

Q:最近、嬉しかったこと、と言えばなんでしょうか?

最近というより、鶴葉ゆらとして作家デビューしてから今までなのですが、出会う編集様方みんなに恵まれていることです。熱量があって、作品のブラッシュアップにも根気強く付き合ってくださいます。私のような作家にもヒット作を出すきっかけを! という感じで引っ張っていってもらえるので、縁に恵まれていることが嬉しいことです。編集さんたちが教えてくれたことを吸収すると、物語の表現方法が増えていって、いろんなことができるようになります。それが実感できるのも嬉しいです。育てていただける環境に、ありがたいなと感じています。

Q:ご自身はどんな小説家だと思われますか?

潜る作家だと思います。登場人物ひとりひとりが私の分身なので、執筆中はその登場人物になりきっています。また、自分の傷や闇も目を逸らさず作品に生かそうと思っているので、書き終わったあとは疲労でもう燃え尽きてしまって……。一週間、ひどいときは半月くらいぽけーっとしてしまいます。

なので掛け持ちでお仕事してる作家さんはすごいなと。私は同じ時期にお仕事がくると引きずられてしまってきついので、特に最初の原稿作成時はそのひとつになるべく集中できるようにスケジュールを立てるようにしています。

Q:おすすめの本を教えてください!

■『アウトランダー 時の旅人クレアシリーズダイアナ・ガバルドン(早川書房)

海外ドラマが大好きなので、映像化されたものを見ていたら原作があることを知りました。

二百年前にタイムスリップした看護師の話で、聡明な女性が主人公です。時代を行ったり来たり、もうなにがどう繋がってくるの!? という感じでわくわくしますし、主人公とヒーローにいろんな困難が襲ってくるのですが、相手を強く信頼して認め合って乗り越えていく愛に感動します。

『侍女の物語』マーガレット・アトウッド(早川書房)

昔に描かれた作品なのに、現代にありそうと思わせてくるディストピア作品です。

出生率の低下が深刻な国家で、すべての女性が自由を奪われ、子を産むことを強要される近未来社会を描いたお話で、とにかく暗く重たいです。近未来の話なのに、女性は子供を産むもの、男性のように働いて成功を収めることへの蔑視、時代錯誤な考え方に晒される登場人物たちを見ているのが本当につらい。女性が自由だった頃を知っているからこその世界の変わりように一緒に絶望しつつ、まだ潜在的にあるだろう『女性はこうあるべきだ』の部分について男女ともに考えるきっかけになる作品だと思います。

■『夜明けのすべて』瀬尾まいこ(文藝春秋)

月に一度のPMS(月経前症候群)でイライラが抑えられない美紗とパニック障害の山添君のお話です。

恋愛感情でも友情でもなくて、理解者と言うんでしょうか。相手を助けようとするふたりの行動にもほっこりして、くすっと笑ってしまったり、ふたりの関係っていいなと思えました。

私もぱっと見、わからない持病を抱えているので、共感したの一言に尽きます。

瀬尾まいこ先生の『そして、バトンは渡された』も好きです。

他にも『流浪の月』『ミセス・ハリス、パリへ行く』、スティーヴン・キング先生の作品などなど、大好きな作品がたくさんあります。3つに絞れないです……(泣)。


鶴葉ゆらさん最新作『炎上交際はじめました』

『炎上交際はじめました』(鶴葉ゆら) 双葉社
 発売:2025年10月15日 価格:759円(税込)

著者プロフィール

鶴葉ゆら(ツルハ・ユラ)

小説投稿サイトを中心に執筆活動をはじめ、2023年に『鳥籠のかぐや姫 上 宵月に芽生える恋』でデビュー。シリーズ化された同作は、コミカライズも行われている。

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