2010年に『花に眩む』で第9回「女による女のためのR-18文学賞読者賞」を受賞しデビューされ、幻想的なタッチや独特な世界観で人間を丁寧に描く彩瀬まるさんに、最新作『川のほとりで羽化するぼくら』について、お話をお聞きしました。

書影

なるべく遠くへと飛び、また戻ってくる

――『川のほとりで羽化するぼくら』は、複数の舞台からなる連作短編集ですが、それぞれの内容についてお聞かせください。

 第一話「わたれない」は現代を舞台にした育児中の父親の話、第二話「ながれゆく」は七夕物語を下敷きにした神話世界の恋人たちの話。第三話「ゆれながら」はSF寄りで、現代日本とは全く異なる生殖システムが採用された世界で生きる人々の話です。

 一話から三話までは話を重ねるごとに、とにかく現在から遠くへ、より読者の予想を裏切れる世界へ、と意識しながら書きました。そして第四話でまた現代に戻ってきます。現代から飛び立って、なるべく遠くへと飛び、また現代に戻ってくる。アーチ状の橋をイメージしました。

「七夕」から浮かんだ川や橋のモチーフ

――本作では、川をモチーフに固定観念とそれを越えることを描いておられます。そのような物語を描こうとされたきっかけを教えてください。

 KADOKAWAさんでは、前に『不在』という長編小説を書かせて頂きました。『不在』は無意識のうちに家父長制を内面化していた女性が、遺産整理を通じて生きづらさを少しずつほどいていく話でした。

『不在』彩瀬まる著(角川文庫)

 刊行後の打ち合わせで、編集さんたちと「次は囚われているものをほどくだけでなく、より遠くへ向かう話にしたい」と話し合い、あれこれ思いつくものを言い合ううちに、「七夕」が浮かびました。

「勤勉に働かなければ、伴侶に会ってはいけない」なんて、なかなかひどい話なのに、なぜか私たちは七夕を美しい話として受け取り、短冊を書いて願いごとまでしている。

 そのわけのわからなさが、とてもいいなと思いました。わけがわからないということは、それだけ根づいてしまっている、ということなので。そこから、川や橋のモチーフが固まっていきました。

押しつけられがちなイメージに窮屈さを感じている方に

――ご執筆にあたって、苦労したことや、執筆中のエピソードをお聞かせください。

 七夕が浮かび、川と橋が浮かび、一話ずつ現在から遠ざかっていく短編集にしよう、と決めてからはあまり悩みませんでした。強いていうなら、それぞれの話の中で、なるべく出発地点から遠い領域に届くよう努めました。

 特に「ながれゆく」では、川の終わる場所まで行けてよかったです。第二話であのくらい遠くまで行ったんだからと、第三話、第四話を書くにあたって気合が入りました。

――どのような方にオススメの作品でしょうか? また、今回の作品の読みどころをお教えください。

 年齢や性別、社会的な立場など、自分の属性に押しつけられがちなイメージを「窮屈だなー、いやだなー」と感じる方に読んでもらえたら嬉しいです。

 また、日常的な話と幻想的な話を並べて掲載するのは『くちなし』以来の試みですが、「川と橋」のテーマをそろえたことで、一風変わった読み心地にできたのではないかと思います。戸惑われる方もいると思いますが、世界の境界線をまたぐ惑乱をお楽しみ頂けたら幸いです。

積み上げた小石が橋を成し、対岸に届くように

――今回の作品に限らず、小説を書くうえで、大切にされていることをお教えください。

 資料を集め、物語の骨格を作り、言葉を一つずつ重ねていくことで、書く前の自分が想像もしなかった領域に触れられることが、小説を書く一番の楽しみだと思います。楽しむことを忘れずに書いていきたいです。

――最後に読者に向けて、メッセージをお願いします。

 あまりに世の中の動きが大きく、さまざまな混乱や理不尽を飲んで過ごさなければならない状況に呆然としています。呆然としつつも、一年後が、十年後が、よりよい日になるようにと模索しながら、日々の小石を積んでいます。きっと多くの方がそうだと思います。


 考えることは苦しいことですが、いつか私たちが積み上げた小石が橋を成し、まだ見たことのない、明るく広々とした対岸に届くことを願ってやみません。


 まだまだ落ち着かない日々が続きますが、どうか皆様お体を大切に、お元気でお過ごしください。また次の本でお会いできますように!


 第一話では、会社を退職して育児を始める男性の奮闘が描かれていますが、別のお話では、現代日本とまったく異なる場所だったりと、読者の予想を裏切って、遠くの世界へ連れて行ってくれます。

 遠くへ離れることで、読者は日常的に感じている窮屈さを客観的に見ることができ、また戻ってきたときには新しい気分になっているのだと思いました。おすすめです!


Q:最近、嬉しかったこと、と言えばなんでしょうか?

 自粛生活に伴い、絵合わせカードや「どうぶつしょうぎ」などのアナログゲームを家族でやるようになったのですが、ずいぶん盛り上がりました。

 還暦を過ぎた父親と就学前の子供が楽しそうに一緒に遊んでいるのを見て、こういう状況でなければ思いつかない交流手段だったな、と嬉しくなりました。

Q:ご自身は、どんな小説家だと思われますか?

 回りくどくて、答えを出すのに時間がかかる、迂遠なものの書き方しかできない作家だなと思っています(こう書きながらもう、回りくどいって思っています!)。
 でももう性分で、しょうがないので。遠回りしかできない代わりに、そこでしか拾えないものをちゃんと探して、書いていこうと思っています。

Q:ナニヨモを見ている方にオススメの本、もしくはご自身の好きな(影響を受けた)本を三冊、紹介していただけますでしょうか?

 最近だと米澤穂信さんの『黒牢城』、樋口直美さんの『誤作動する脳』、イタリアで「いま」書かれている優れた小説を編集した『どこか、安心できる場所で 新しいイタリアの文学』がとても面白かったです。


彩瀬まるさん最新作『川のほとりで羽化するぼくら』

『川のほとりで羽化するぼくら』(彩瀬まる) KADOKAWA
 発売:2021年08月30日 価格:1,650円(税込)


著者プロフィール

彩瀬まるさん(撮影:山口宏之)

彩瀬まる

1986年生まれ。2010年「花に眩む」で第9回「女による女のためのR-18文学賞読者賞」を受賞しデビュー。2017年『くちなし』で第5回高校生直木賞を受賞。
著書に『あのひとは蜘蛛を潰せない』『やがて海へと届く』『朝が来るまでそばにいる』『森があふれる』『まだ温かい鍋を抱いておやすみ』『草原のサーカス』等の他、ノンフィクション『暗い夜、星を数えて‐3・11被災鉄道からの脱出‐』がある。
人を鋭く見つめながらも、繊細で美しい筆致で人気を博し、今最も注目されている作家のひとり。

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