太宰治――。

この名前を知らない人はほとんどいないと思います。

しかし、「実は一度も太宰を読んだことがない……」「代表作の『人間失格』しか知らない……」という人は意外と多いかもしれませんね。

今回は、“はじめて太宰治を読んでみよう!”という人におすすめの小説を3冊ピックアップしました。

といっても、有名な『人間失格』や『斜陽』のような“中・長編小説”ではなく、サクサク読める短篇作品を集めた“短篇小説集”に厳選。

あまり知られていませんが、太宰治の作品は短篇小説がとても多く、生涯で残した200篇近くの作品のほとんどが短篇小説なのです。

仕事や家事、学業で忙しい方も、お試し感覚でぜひ数ページめくってみてはいかがでしょうか。

ほんの数ページ、ほんの数分でも、太宰の魅力は十分に堪能できるはずです!

* * *

1. 『走れメロス』

国語の教科書や子どもの劇の題材などでも使われる表題作『走れメロス』を含む、全9作品収録の短篇集です。

紆余曲折な人生を歩んできた太宰が、精神的に最も安定していた時期に残した短篇集のひとつと言われているだけあり、9作品すべてが知性的・芸術的で、彼の文学者としての才能をふんだんに感じることができます。

中でもおすすめの1篇は『駆込み訴え』

「申し上げます。申し上げます。旦那さま。あの人は、酷い」

そんな書き出しから始まる本作は、イスカリオテのユダの、イエス・キリストに対する心の揺らぎを告白体でつづったもの。

しかし何より注目すべきは……本作はすべて“口述筆記”で綴られたということです!

太宰が書き出しから最後まで一気に口述し、それを美知子夫人が書き留めたそうです。

「全文、蚕が糸を吐くように口述し、淀みもなく、言い直しもなかった」と、美知子夫人が回想録にその時の様子を記しています。

太宰治、恐るべしですね……。

【『走れメロス』収録作品】

『ダス・ゲマイネ』『満願』『富獄百景』『女生徒』『駆込み訴え』『走れメロス』『東京八景』『帰去来』『故郷』全9篇

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2. 『きりぎりす』

太宰お得意の“女性の告白体”で綴られた表題作『きりぎりす』を含む全14作品収録の短篇集です。

本作も『走れメロス』と同時期、太宰が公私ともに充実していた“太宰中期”に執筆されたもので、創作意欲が漲る珠玉の一冊です。

表題作『きりぎりす』を久しぶりに読み返してみましたが、面白いです(笑)。

なぜタイトルがきりぎりすなのか? 最後まで興味を持って頁をめくらせる小説としての完成度もさながら、まるで個性派女性芸人の一人コントを聞いているようでもあり、セリフ回しや細かい描写の表現にいちいち笑わせられてしまいます。

思わず笑ってしまう作品でいうと、収録作品のうちの一作『畜犬談』もおすすめです。

「私は、犬に就いては自信がある。いつの日か、必ず喰いつかれるであろうという自信である」という珍妙な書き出しで始まり、主人公の男は犬の獰猛さ・醜さを切々と語ります。

犬に襲われないようにふるまうのですが、なぜか犬に好かれ、望んでいない犬との生活が始まる……そんな不条理なストーリーです。

終盤に「芸術家は、もともと●●●●●●だった筈なんだ」という気になるパンチラインが出てきます。(※伏せ字の内容は、記事の最後に!)

太宰の作家観のようにも捉えることができ、この一文で小説の方向性が大きく転換します。

興味のある方はぜひ読んでみてください!

【『きりぎりす』収録作品】

『燈籠』『姥捨』『黄金風景』『畜犬談』『おしゃれ童子』『皮膚と心』『鷗』『善蔵を思う』『きりぎりす』『佐渡』『千代女』『風の便り』『水仙』『日の出前』全14篇

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3. 『晩年』

最後に紹介する短篇集は、太宰治のデビュー作『晩年』です。

全15作品収録の短篇集ですが、その中に『晩年』というタイトルの作品はありません。

まだ二十代の小説家の処女作でありながら『晩年』という題が付いているのは、太宰が自殺を前提に遺書として書き始めたからだとか。

初期の太宰はいわゆる“メンヘラ”だったのでしょう。。。

『走れメロス』や『きりぎりす』が芸術的に完成された小説集であるのに対し、『晩年』は彼の感受性がおもむろにぶちまけられた、非常に実験的・前衛的な作品集です。

「はじめての太宰におすすめ」と言っておきながら、最初に読む1冊としてはちょっとハードルが高いかも……。

しかし、だからこそ太宰治の作家としての特異性があちこちに垣間見えます!

ちなみに本作は第1回芥川賞の候補に挙がったものの落選。

太宰は選考委員のひとりであった川端康成に向けて「私を見殺しにしないでください」と泣訴する手紙を書いたとか。。。

こういった裏エピソードや、自殺未遂や薬物依存というダークなプロフィールも、太宰治というキャラクターの面白いところでもあります。

そんな特異な作家のデビュー作がどんなものであったのか、ぜひご一読ください。

【『晩年』収録作品】

『葉』『思い出』『魚服記』『列車』『地球図』『猿ヶ島』『雀こ』『道化の華』『猿面冠者』『逆行』『彼は昔の彼ならず』『ロマネスク』『玩具』『陰火』『めくら草紙』全15篇

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以上、太宰治の短篇小説集を3冊ピックアップしてみました。

まとまった読書時間を要する長編小説と違って、ちょっとしたすき間時間などを利用すれば1日に1篇くらいは読めるのではないでしょうか。(1篇10ページに満たない作品もあります!)

あと、夏休みの読書感想文の題材としても、サクッと読んでサクッと書ける短篇小説は時短になるかもしれませんね。

太宰作品は他にも面白いものがたくさんあるので、また別の特集でも紹介していきたいと思います!

(了)

※芸術家は、もともと弱い者の味方だった筈なんだ

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