Q:会社員をされながらの執筆、大変ではないでしょうか。
私の場合は、体力的なところでの制約はあるんですけれども、たぶんそれは、お子さん育てながら執筆してらっしゃる方とかに比べたら、遥かに自分でコントロールが利くので、苦しくはないような気がするんですね。
キャパシティというよりは、適性の問題で、私にはこれが向いてるなっていう感じですね。小説だけ書いてると、1行も書けなかったなっていう日は、めっちゃしんどいと思うんですよ。
駄目だこりゃみたいな、なんて駄目な人間なんだと思うんですけど、でも一応そんな日も会社に行って働いてるので、それで救われるというのはあります。
小説を書くだけじゃない価値観が会社にはある。そのバランスがいいのかなと思います。会社で今日失敗したなと思っても、家帰ってちょっと今日は小説書けたとか、1個仕事できたとかなると、ちょっと気分が浮上したりもしますし。いいバランスですね、自分的には。
Q:一般文芸とBLの両方を今後も書かれていくと思うのですが、双方のジャンルの相互作用とか、バランスなどは意識されて書かれていくのでしょうか?
いや、あまり考えないんじゃないかなと思いますね。やっぱりBLはBLで、かっちりとしたお約束がある。
――「BLは規定演技、一般文芸は自由演技」とおっしゃってましたね。
そうですね、やっぱり男性同士の出会いが主軸で、できればそこはハッピーエンドで、幸せな形に帰結するようにっていう流れはありますので。その同じ主題を、繰り返し繰り返しっていうのは、BLの難しいとこでもあり、楽しいとこでもありますね。
葛飾北斎が何枚も富士山を描いてるみたいな。例えが壮大すぎますけども(笑)。
じゃあ今度はこっち側からとか、ここに人間を配置してとか、そういうバリエーションの楽しさで。
――BL作品では、アニメ「イエスかノーか半分か」を拝見しました。BLは心理描写がとても繊細だと思いました。
やっぱりそこは皆さん、内面にぐぐっとフォーカスして、読者も没入感みたいなのを求めてる方が多いと思うんですよね。
現実をつかの間忘れたいみたいな。
―― 男女の恋愛と比べて、BLの場合は世間体だったり、セクシュアリティだったり、要素が複雑になるので、より繊細になっていくのかなと思ったのですが。
そうですね。そこをまず乗り越えないとっていうのは、ヘテロの男女の恋愛と違うところなので、いかにしてそれを乗り越えさせるかっていうのと、乗り越えることを納得してもらえるかっていうのは、あります。
もちろん何かそういうなんか前提みたいなのを全部もう抜きにして、端から、ここは男と男で恋する世界と割り切って、そっちに振り切って書くのも、もちろんありなんですね。
―― 小説を書かれるうえで、大切にしていることを教えていただけますでしょうか?
そうですね。『パラソルとパラシュート』の中にも書いてるんですけど、解決とかゴールを目指さないっていうことかもしれないですね。
小説の中で、私が答えを出さない。これがいいんだよとか、こうしたらいいんだよとか。
ただ毎回、こういう人たちが出てくる話です、っていうふうに私は書くだけであって、その中で「この人はこうしました」「この人はこれを選びました」っていう、その人なりの選択を示すだけだなっていうのは思います。
―― 今後書きたいものはありますか?
書きたいものは、つねにないタイプなんです(笑)。
編集さんと相談して、どういうの読みたいですかねみたいな。あってもすごくふんわりしてるので、締め切りを設定されなかったら、たぶんそのままずっと書かないだろうなっていうタイプなんですね。
感動のシーンがコントの場面だっだりするので、涙と笑いが同時に出るという、とても貴重な体験をさせてもらえて、最高の読後感でした。
パラソルを開いて、崖っぷちから飛び降りたときの亨は、底抜けの笑顔で描かれていました。飛び降りる人が笑っているのは、飛び降りても平気だよということを伝えるためであり、自分自身が飛べると信じるためなのだろうなと思いました。
パラソルがパラシュートになるように、笑いが救いになる。素敵な作品でした。おすすめです!
一穂ミチさん最新作『パラソルでパラシュート』
発売:2021年11月26日 価格:1,760円(税込)
著者プロフィール
一穂ミチ(いちほ みち)
2007年『雪よ林檎の香のごとく』でデビュー。劇場版アニメ化もされ話題の『イエスかノーか半分か』など著作多数。