思春期・青年期精神医療で著名な精神科医である青木省三さんによる、初の小説です。瀬戸内の小さな街のジャズバーを舞台に、さまざまな事情で孤立したり、行き詰まったりしている人たちが、マスターを相手に語りはじめる――。本作では、青木さん自身の40年以上に及ぶ長い臨床経験をもとに、絆への希望を描かれました。刊行にあたって、お話をお聞きしました。

バーを出るとき、ほんの少し心に灯がともる

――『ぼくらの心に灯ともるとき』について、これから読む方へ、内容をお教えいただけますでしょうか。

 舞台は、瀬戸内の潮の香りが漂うような、小さな街のジャズバーです。古い街はきゅうくつなところもあるけれど、時間はゆっくり流れ、すぐそばに人々を温かく包みこむ瀬戸内海があります。灯ともし頃になると、野良猫がゆっくりとのびをしたりして、昭和にタイムスリップします。

 バーにふらっとやってくるのは、この世の中をどう生きていったらいいか、苦しんでいる若者たち。お客さんはマスターと静かに、時にはにぎやかに話し、バーを出るとき、ほんの少し心に灯がともる。僕の日々の仕事、精神科医もこんなふうにありたいなあと思ったりしています。

――本作を描こうとされたきっかけを教えていただけますでしょうか。

 アナログ・プレーヤーを買い、30年近くしまいこんでいたジョン・コルトレーンの「バラード」に針を落としました。レコードのプツプツという傷の音が聞こえ、それから出だしのサックスが聞こえた瞬間、一気に学生時代やこれまでの出来事がよみがえってきました。今までに出会った患者さんの声が聞こえて来るようでした。

 彼らの声を届けたい、そしてちょっとした支えや手助けで彼らが変わっていった姿を伝えたい・・・それがこの物語を書くきっかけでした。

誰でもほんの少し、みんなを支えることができると伝えたい

――ご執筆にあたって、苦労されたことや、当初の構想から変わった部分など、執筆時のエピソードをお聞かせください。

 患者さんの思いや過去の自分の思いの代弁をしているつもりでしたが、途中から、脇役だったはずの骨董屋のおばあちゃんがぐっと身を乗り出してきたのです。

 おばあちゃんは酸いも甘いも噛み分けた人生のベテラン。口も悪いし計算高い。一見意地悪に見えるけど、弱い人困っている人を応援するという優しい心根をもった人です。そのおばあちゃんが、「あんたねぇ、ここんところをしっかり書いといてよ!」と、僕に予想外のパンチを繰り出してきたのです。かなわないなぁ、長く生きてきた人の底力。ということで流れは意外な展開に……。

――どのような方にオススメの作品でしょうか? また、本作の読みどころも教えてください。

 一人ぼっちで孤独に苦しんでいる若者たち。今までにも、そしてこれからもいいことなんかないと諦めている若者たち。そんな若者をそばで心配しながら、どうしたらいいか心を砕いている大人たち。それだけでなく、おじいちゃんやおばあちゃん世代の方たちの力も若者のためにお借りしたい。あっ、これだとみんなってことになるのかなぁ……。そう、誰でもほんの少し、みんなを支えることができると伝えたいですね。

遠くに見える灯りを信じてほしい

――小説を書くうえで、いちばん大切にされていることをお教えください。

 僕は基本的に不器用な臨床医です。患者さんとの対話の中で気づいたことを、今一人で悩んでいる人たちにも伝えたいというのが原点です。読んだ後、ほっとし、優しい気持ちになって、先にほんのりと光が見えるように思ってもらえたら嬉しいです。

――最後に読者に向けて、メッセージをお願いします。

 理不尽なこと、不本意なこと、自分の努力では変えられないと思うようなこと、そんな重荷にかぎってダブル・トリプルでやってきます。だけど、どんな状況でも遠くに見える灯りを信じてほしい。今は見えないだけ。きっとある、と。そしてちょっと緩む瞬間をもってほしい。今の暮らしに温かく面白いと思えることを少しでいいから見つけてほしい。明けない夜はないというのは夜の闇にいる人には届く言葉ではないと思う。明けるまで投げずに待つのです。

 ひとそれぞれ様々な理由で生きづらさを感じています。本書では、悩んでいる本人、その話を聞く人、手をさしのべる人など、様々な視点が存在します。かつて自分もそうやって悩んでいたと感じたり、まさに悩んでいると感じたりしながら読むうちに、つらいのは今だけで、少し先に灯を見つけるように、ほっと明るい気持ちになれるのではないかと思いました。

 装画・扉絵も著者の青木さんによるイラスト。全編を通してお人柄が表れていて、とても温かい気持ちになります。

Q:最近、嬉しかったこと、と言えばなんでしょうか?

 本が出ると聞いて、学生時代の友人が集まってオンライン祝賀会を開いてくれました。久しぶりのミニ同窓会。うれしかったですねぇ。元気が出ました。

 仕事から帰ったとき、朝目覚めて顔を合わせたとき、我が家の犬は、何カ月も何年も離れていて再会したように、声と体を振り絞って喜んでくれるのです。うれしいですねぇ。会うっていうのは、本当に貴重なことなんだな、と思います。

Q:ご自身は、どんな小説家だと思われますか?

 僕の日々の仕事、精神科医は目の前の方を応援するのが仕事です。でも、小説は会うことはできない多くの方々を、遠くからそっと応援することができるように思います。全くのフィクションというより現実世界で見つけた原石を少し磨いて見てもらうことで、ささやかな応援ができるような小説を書けたら嬉しいです。

Q:おすすめの本を教えてください!

 僕を旅に誘う、おすすめの本です。

・「何でも見てやろう」(小田実

 視点は低く、力強く。タフな旅の指南書ですね。

・「深夜特急第1便、第2便、第3便」(沢木耕太郎、新潮社

 どうしたらこんなふうに人に出会えるんだろうか。出会いの達人ですね。

・「わたしの世界辺境周遊記――フーテン老人ふたたび」(色川大吉、岩波書店)

好奇心いっぱいで腰が軽く、しかも思慮深い。旅の達人ですね。


青木省三さん最新作『ぼくらの心に灯ともるとき』

『ぼくらの心に灯ともるとき』(青木省三) 創元社
 発売:2022年03月17日 価格:1,540円(税込)

著者プロフィール

青木 省三 (アオキ ショウゾウ)

 1952年、広島市生まれ。岡山大学医学部卒業。川崎医科大学精神科学教室主任教授を経て、現在、公益財団法人 慈圭会精神医学研究所所長。川崎医科大学名誉教授。専門は、臨床精神医学(特に精神療法、思春期青年期精神医学)。
著書に『ぼくらの中の「トラウマ」』『ぼくらの中の発達障害』(ちくまプリマー新書)、『思春期 こころのいる場所』『僕のこころを病名で呼ばないで』『時代が締め出すこころ』(岩波書店;日本評論社)、『こころの病を診るということ』(医学書院)など多数。

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