主人公がトラブルに巻き込まれ悪戦苦闘する”巻き込まれ型小説”や、身近で起こった小さな出来事をきっかけに、素敵な変化が起こる物語など、幅広い作風でたくさんの著書を出されている山本甲士さんに、発売後、すぐに大増刷となった最新作『迷犬マジック』について、お話をお聞きしました。
迷い犬がもたらす小さな奇跡
――可愛らしいカバーですね。『迷犬マジック』について内容をお教えください。
認知症を疑われ始めている独居老人、チャンスをつかめないでいる路上ミュージシャン、結婚相手が見つからずあきらめモードのメタボ中年理容師、仕事で挫折し引きこもり状態になったアラサー女性など、残念な人たちの前に現れた一匹の迷い犬が、彼らにちょっとした奇跡をもたらしてくれる、春夏秋冬の四編からなる連作短編集です。
イラストレーターさんやデザイナーさん、担当編集者さんらが、いいカバーを作ってくれました。
保護犬テリーとの体験がベースに
――黒柴の迷い犬を中心とした物語を描かれています。着想に至った具体的な経験や、出来事があったのでしょうか。
私の家には、保護犬の譲渡会を通じて、テリーという名前の黒柴っぽい雑種犬がいます。
当初は「犬を飼いたい」という息子らの願いを聞き入れた上で、身寄りのない犬の命を救ってやろう、という上から目線だったのですが、気がつくとテリーが家族のコミュニケーションを円滑にしてくれ、そばにいてくれるだけで日常に張り合いが出て、体調が悪い家族がいるとテリーが寄り添ってくれたりと、逆に私たちの方が助けられていました。
何かの形でこの体験をベースにした物語を書けたら、と思っていました。
――ご執筆にあたって、苦労したことはありましたか?
私は基本的に、頭で考えて物語をひねり出すのではなく、興味を持ったことについてアンテナを張っていると物語の輪郭が降りてきて、やがて具体的な場面も浮かんでくるので、編集者さんからゴーサインをもらったらそれを活字化するだけ、という感覚で書いています。
そのため本作に限らず、ああだこうだと悩んだり、途中で筆が止まったりすることはなく、内容が大きく変わるようなこともありません。
いろいろ考えてしまって、いじり始めると、結果的にごちゃついた「作り物」になってしまってよくない、という考えを持っています。なので引き算をすることはあっても、足し算はあまりしません。
双葉社の担当編集者さんは、私のそういうスタンスを理解してくれ、尊重してくれるので、助かっています。
ちょっとだけ得した気分になっていただければ充分
――どのような方にオススメの作品でしょうか? また、注目すべきポイントなどがありましたらお教えください。
誰にお勧めしたい、と考えることはありません。結果的に誰かが喜んでくれれば充分だと思っています。
読者の方々にも、あまり深読みせず、最後のページを閉じたときに「あー、いい暇つぶしになった」と、ちょっとだけ得した気分になっていただければと思います。
降りてきた物語を書く
――小説を書くうえで、大切にされていることや、こだわっていることをお教えください。
普段から面白い物語を求めて嗅ぎ回っていると、それなりに降りてきてくれて、出版すれば生活できるぐらいには数字も出せているので、このやり方でいいかな、と思っています。
もともとシンプルなストーリーが好きなので、降りてくる物語もシンプルなものばかりです。
それを一定割合の読者が気に入ってくれて、山本甲士の小説をまた読んでみよう、となってくれたら、たとえ担当編集者さんが気に入ってくれなかったとしても、もの書きを続けることはできます。
実際、そういう出来事を繰り返して、ここまできました。
――最後に、読者の方に向けてメッセージをお願いします。
小説は、もう一つの人生を疑似体験できる素敵な出会いです。
ページをめくればハラハラドキドキがあり、わくわくする展開があり、あっと驚かされたり、ほろりとさせられたり、心を揺さぶられる出来事が待っています。
映画や漫画と違って、小説は活字が並んでいるだけなのに、そんな体験をさせてくれるって、すごいことだと思いませんか? そんな小説の魅力を伝えられるよう、今後も微力を捧げたいと思っています。
書店で見かけたら是非手に取ってみてください。
興味を持たれたことについてアンテナを張り、降りてきた物語を活字にするという、創作についてのお話が印象的でした。
『迷犬マジック』は、山本さんが保護犬を実際に迎え入れた体験がベースになっているとのことでしたが、実体験をもとにして、自然体で執筆されるから、完成する物語も受け入れやすく、ほっこりした素敵な物語になるのだと思いました。
20万部を突破した人気シリーズ「ひかりの魔女」につづいて、魔法使いの黒柴もシリーズ化希望です!
Q:最近、嬉しかったこと、と言えばなんでしょうか?
拙著「ひかりの魔女」を読んですごく面白かったので続編の二作品も買って読みました、という小学生女児からファンレターをもらったことです。
その子のお母さんは全く小説を読まない人だったそうですが、「面白いよ」と勧めたらハマって、親子で「ひかりの魔女」三部作の話で盛り上がってる、とのことでした。
Q:ご自身は、どんな小説家だと思われますか?
物語を作り出しているというより、降りてきたものを活字化している感覚なので、クリエイターというより、イタコさんに近いのかな、と思っています。
Q:おすすめの本を教えてください!
自身が影響を受けた本を紹介させていただきます。
デビュー前に読んだテリー・ホワイト著「真夜中の相棒」は、ベトナム戦争で心に傷を負い、他人とのコミュニケーションが取れない男が、元上官に日常の面倒を見てもらいながら殺し屋になる話でしたが、悪いことをする人間の話なのに感情移入させられ、これが小説というものの力なんだと思い知らされました。何を描くか、だけでなく、どう描くかによって物語に命が宿り、躍動し始めるのだと学んだことは、貴重な体験でした。
高校生のときに読んだ光永澄道著「ただの人となれ」は、千日回峰行を達成した天台宗のお坊さんによる体験記ですが、山を歩き回る修行の過酷なノルマを達成するには睡眠時間が足りず、それでも続けていると身体が地形を覚えて眠りながら歩けるようになったとか、飲まず食わず眠らずのまま九日間護摩を焚き続ける荒行では五感が研ぎ澄まされ、線香の灰が落ちる音がどさっと聞こえたり、麓で作っているみそ汁の匂いにも気づくようになる、といったことが淡々と記されていて、人間には実はすごい潜在能力があるのだと知るきっかけになりました。
「自分のような凡人でも、相応の修行を積めば、プロのもの書きになれる」と自己暗示をかけることができ、それを実現できたことは、この本との出会いがあったからこそでした。
山本甲士さん最新作『迷犬マジック』
発売:2021年09月09日 価格:770円(税込)
著者プロフィール
山本 甲士(やまもと こうし)
1963年滋賀県生まれ。主な書著に累計20万部を突破したロングセラー「ひかりの魔女」シリーズや『ひなた弁当』、巻き込まれ型小説として評判を呼んだ『どろ』『かび』『とげ』『つめ』『俺は駄目じゃない』の他、『ひなたストア』『そうだ小説を書こう』『ひろいもの』『運命のひと』『戻る男』など多数。