小説家であると同時に、「クラフト・エヴィング商會」の名前でブックデザインなどを手掛けグラフィックデザイナーとしても活動する吉田篤弘さんの、最新作となる小説『鯨オーケストラ』を刊行されました。

生まれ育った河口の町の小さなFM局で番組を持つ主人公・曽我が、ある日、ふと番組で口にした「絵のモデルを務めたことがある」という遠い日の記憶。描いてくれた人も、描かれた絵もその行方はわからず、いまでは思い出の中だけの話だったはずのその出来事が、不思議な縁を連れてきて……。

人が、物が、出来事が静かに響き合い繋がっていく心地よさを味わえる『鯨オーケストラ』について、吉田さんにお話を伺ってみました。

結局、展覧会は開催されず、ブルックリンにも行ったことはないのですが、鯨のエピソードが忘れられず……

――今回の『鯨オーケストラ』について、これから読む方へ、どのようなお話かをお教えいただけますでしょうか。

主人公は三十三歳で、彼は十七歳のときに絵のモデルをしたことがあります。しかし、その絵がいまどこにあるか知らないし、絵を描いてくれたひとの行方も分かりません。これは、そんな一枚の絵と再会する物語で、絵と再会したことで、主人公はその絵に関わるさまざまな出会いを経験します。ひとつの出会いが、次の出会いを生み、その果てに、彼は「鯨オーケストラ」と呼ばれる楽団と出会います──。

――この作品が生まれたきっかけを教えていただけますでしょうか。

以前、ニューヨークのブルックリンで展覧会をしませんか、というオファーをいただいたことがあります。会場となるギャラリーがあるのはどんな所なのか訊ねると、ギャラリーのすぐ横に運河があり、その運河に鯨が入り込んで絶命したことがあったと聞きました。そして、その鯨の標本がギャラリーに展示されているとのこと。結局、展覧会は開催されず、ブルックリンにも行ったことはないのですが、この鯨のエピソードが忘れられず、モチーフのひとつになりました。

大きなものを目指す必要はない、小さなものでいいんだ──というのが、書き終えたときの発見

――ご執筆にあたって、苦労されたことや、当初の構想から変わった部分など、なにかエピソードがありましたらお聞かせください。

タイトルを構成している「鯨」と「オーケストラ」は、いずれも「大きな」イメージを持っています。ですから、この物語の行き着く先には、何かしら大きなものが到来するのではないかと思っていました。しかし、実際はその反対で、まったく思いがけない「小さな」ものに行き着きました。大きなものを目指す必要はない、小さなものでいいんだ──というのが、書き終えたときの発見で、その発見こそが、「大きな」収穫でした。

――どのような方にオススメの作品でしょうか? また、本作の読みどころも教えてください。

この作品は、『流星シネマ』『屋根裏のチェリー』という先行する二つの作品に連なるもので、できれば、その二作を読んでいただいてからお読みいただきたいです。単独で読むよりも、三倍は楽しめるかと思います。前二作で不明だったことが明らかになり、本作を読むことで完結します。

書き始める前は予感のようなものしかなく、書いていくことで、見知らぬ誰かと出会っていくように思います

――小説を書くうえで、いちばん大切にされていることをお教えください。

きわめてシンプルなことですが、およそ物語というものは、人と人が出会うことによって生まれます。どんな「出会い」があるのか、書き始める前は予感のようなものしかなく、書いていくことで、見知らぬ誰かと出会っていくように思います。「出会い」を書くためには、必然的に「一人の時間」を書くことにもなり、これをどう書くかで、どんな「出会い」になるかが決まるようです。

――最後に読者に向けて、メッセージをお願いします。

なぜ、小説を書いているかというと、それが本というかたちになるからです。

本というものの素晴らしさを伝えつづけたい、それが自分の役割だと思っています。

Q:最近、嬉しかったこと、と言えばなんでしょうか?

行方不明だった野良猫が、夜中に鳴きながらあらわれたこと。

Q:ご自身は、どんな小説家だと思われますか?

考えたこともありません。

「自分がどんな小説家であるか、考えたこともない小説家」

ということになるでしょうか。

Q:おすすめの本を教えてください!

■『父の詫び状』向田邦子(文藝春秋)

■『ロマネ・コンティ・一九三五年 六つの短篇小説』開高健(文藝春秋)

■『ヰタ・マキニカリス』稲垣足穂(河出書房新社、ほか)

十代の終わりごろ、繰り返し読んだ3冊です。大いに影響を受けていると思います。


吉田篤弘さん最新作『鯨オーケストラ』

『鯨オーケストラ』(吉田篤弘) 角川春樹事務所
 発売:2023年03月02日 価格:1,870円(税込)

著者プロフィール

吉田篤弘(ヨシダ・アツヒロ)

1962年、東京都生まれ。1990年代より「クラフト・エヴィング商會」名義で書籍装幀などグラフィックデザインを手掛け、2001年には「第32回講談社出版文化賞」ブックデザイン賞を受賞している。2000年代からは単独名義での文芸著作を多数発表。2002年刊行の『つむじ風食堂の夜』は、2009年に映画化されている。その他の著書に『おるもすと』『月とコーヒー』『フィンガーボウルの話のつづき』『チョコレート・ガール探偵譚』『天使も怪物も眠る夜』『流星シネマ』『奇妙な星のおかしな街で』『なにごともなく、晴天。』『ぐっどいゔにんぐ』『それでも世界は回っている 1』、近著に『それでも世界は回っている 2』『物語のあるところ──月舟町ダイアローグ』『屋根裏のチェリー』などがある。

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