6月にそれぞれの候補作が発表され、注目を集めている第169回(2023年上半期)芥川龍之介賞、直木三十五賞。
選考委員会が行われ、受賞者・受賞作が発表されるのは2023年7月19日(水)。今回も「ナニヨモ」編集部による、ひと足早いご勝手予想を加えて、候補作をご紹介します。
この夏の読書計画の参考にしてみてはいかがでしょうか?
【第169回芥川賞候補】(五十音順)
■ 石田夏穂「我が手の太陽」
工事現場の花形的存在である溶接作業。しかし自他ともに認める熟達した溶接工だったはずの伊東は突如スランプに陥る。日に日に失われる職能と自負。それは訓練や練習では取り戻すことはできない。現場仕事をこなしたい、そんな思いに駆られ、伊東は……。突如襲われた異変と向き合う腕利きの職人の姿を描く、異色の職人小説。(初出:『群像』2023年5月号/講談社より単行本発売中)
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いしだ・かほ/1991年生まれ。2021年、「我が友、スミス」で「第45回すばる文学賞」佳作受賞。雑誌『すばる』同年11月号への同作品掲載でデビュー。同作が第166回芥川賞候補となっている。近著に『黄金比の縁』など。
■ 市川沙央「ハンチバック」
重度の障害を持つ井沢釈華の「世界」は、親の遺してくれたグループホームの一室。そこで私大の通信課程を受講し、Webライターとして原稿をしたため、18禁小説をサイトに投稿し、SNSで「普通の人間の女のように子どもを宿して中絶するのが私の夢」だとつぶやく。ところがある日、そのアカウントの存在をヘルパーの田中に知られてしまい……。(初出:『文學界』2023年5月号/文藝春秋より単行本発売中)
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いちかわ・さおう/1979年生まれ。2023年、「ハンチバック」で「第128回文學界新人賞」を受賞。雑誌『文學界』同年5月号への同作品掲載でデビュー。
■ 児玉雨子「##NAME##」
光に照らされ君といたあの時間を、ひとは”闇”と呼ぶ――。かつてジュニアアイドルの活動をしていた雪那。少年漫画の夢小説にハマり、名前を空欄のまま読んでいる。大学在学中に作詞家として活動をはじめ、人気アイドルやアニメ・ゲーム関連の楽曲を多数手掛ける著者による最新小説。(初出:『文藝』2023年夏季号/単行本は河出書房新社より7月19日発売予定)
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こだま・あめこ/2011年より作詞家として活動。2021年に初の小説を発表し、その書籍化として『誰にも奪われたくない/凸撃』を刊行。
■ 千葉雅也「エレクトリック」
1995年、雷都・宇都宮。高2の達也は東京に憧れ、広告業の父はアンプの製作に奮闘する。父の指示で黎明期のインターネットに初めて接続した達也は、ゲイのコミュニティを知り、おずおずと接触を試みる。轟く雷、アンプを流れる電流、身体から世界、宇宙へとつながってゆくエレクトリック。新境地を拓く待望の最新作!(初出:『新潮』2023年2月号/新潮社より単行本発売中)
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ちば・まさや/1978年生まれ。2019年に発表した初の長篇小説『デッドライン』で「第41回野間文芸新人賞」を、2020年発表の初の短篇「マジックミラー」は2021年に「第45回川端康成文学賞」を受賞。『デッドライン』で第162回、『オーバーヒート』で第165回芥川賞の候補になっている。
■ 乗代雄介「それは誠」
修学旅行で東京を訪れた高校生たちが、自由行動の1日を使って、コースを外れた小さな冒険を試みる。かれらはなぜそこへ向かうのか――修学旅行のために組まれた班の、特別仲が良いわけでもないはずのメンバー同士が過ごすその1日の、なにげない会話や出来事から、生の輝きが浮かび上がり、えも言われぬ感動がこみ上げる。(初出:『文學界』2023年6月号/文藝春秋より単行本発売中)
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のりしろ・ゆうすけ/1986年生まれ。2015年に「第58回群像新人文学賞」を受賞し、受賞作『十七八より』でデビュー。2018年に『本物の読書家』で「第40回野間文芸新人賞」を受賞。また2021年に『旅する練習』で「第34回三島由紀夫賞」及び「第37回坪田譲治文学賞」を受賞した。「最高の任務」で第162回、「旅する練習」で第164回、「皆のあらばしり」で第166回芥川賞の候補となっている。近著に『パパイヤ・ママイヤ』など。
【第169回直木賞候補】(五十音順)
■ 冲方丁『骨灰』
大手デベロッパーのIR部で勤務する松永光弘は、自社の高層ビルの建設現場の地下へ調査に向かっていた。目的はその現場についてSNSで流れる噂の真偽を確かめること。異常な乾燥と、奇妙な臭いを感じながら調査を進めると、図面に記されていない、巨大な穴のある謎の祭祀場にたどり着く。穴の中には男が鎖でつながれていた。――著者初の長編ホラー作品。(KADOKAWAより発売中)
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うぶかた・とう/1977年生まれ。1996年、大学在学中に「第1回スニーカー大賞」金賞受賞作『黒い季節』でデビュー。2003年に『マルドゥック・スクランブル』で「第24回日本SF大賞」を受賞。『天地明察』で2010年に「第31回吉川英治文学新人賞」「2010年本屋大賞」「第7回北東文芸賞」「第4回舟橋聖一文学賞」、翌2011年の「第4回大学読書人大賞」を受賞している。2012年には『光圀伝』で「第3回山田風太郎賞」も受賞。『天地明察』で第143回、『十二人の死にたい子どもたち』で第156回直木賞の候補となっている。近著に『マルドゥック・アノニマス 8』『マイ・リトル・ヒーロー』など。
■ 垣根涼介『極楽征夷大将軍』
北条家の独裁政権が続き信用が地に堕ちていた鎌倉府。足利直義は、怠惰な兄・尊氏を常に励まし、幕府の粛清から足利家を守ろうとする。やがて後醍醐天皇から北条家討伐の勅命が下り、一族を挙げて反旗を翻した。しかし倒幕後にやってきたのは朝廷の世。足利家の重臣・高師直は、後醍醐天皇の真意を知り怒り狂う直義と共に、尊氏を抜きにして新生幕府の樹立を画策し始めるが……。使命感も権力への執着もなく天下を統一した初代将軍・足利尊氏の謎を解き明かす歴史群像劇。(文藝春秋より発売中)
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かきね・りょうすけ/1966年生まれ。2000年に「第17回サントリーミステリー大賞」で大賞と読者賞をダブル受賞した『午前三時のルースター』でデビュー。2004年に『ワイルド・ソウル』で「第6回大藪春彦賞」「第25回吉川英治文学新人賞」「第57回日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)」を受賞。2005年には『君たちに明日はない』で「第18回山本周五郎賞」受賞。2016年に『室町無頼』で「第6回本屋が選ぶ時代小説大賞」を受賞し、週刊朝日「2016年 歴史・時代小説ベスト10」第1位に選出される。同作で第156回、『信長の原理』で第160回直木賞の候補となっている。
■ 高野和明『踏切の幽霊』
都会の片隅にある踏切で撮影された、一枚の心霊写真。同じ踏切では、列車の非常停止が相次いでいた。雑誌記者の松田は、読者からの投稿をもとに心霊ネタの取材に乗り出すが、やがて彼の調査は幽霊事件にまつわる思わぬ真実に辿り着く。1994年冬、東京・下北沢で起こった怪異の全貌を描き、読む者に慄くような感動をもたらす幽霊小説の決定版!(文藝春秋より発売中)
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たかの・かずあき/1964年生まれ。2001年に「第47回江戸川乱歩賞」受賞作『13階段』でデビュー。『ジェノサイド』で2011年に「第2回山田風太郎賞」、2012年に「第65回日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)」を受賞し、第145回直木賞候補ともなっている。
■ 月村了衛『香港警察東京分室』
香港国家安全維持法成立以来、日本に流入する犯罪者は増加傾向にある。国際犯罪に対応すべく日本と中国の警察が協力する――インターポールの仲介で締結された「継続的捜査協力に関する覚書」のもと警視庁に設立されたのが「特殊共助係」だ。だが警察内部では各署の厄介者を集め香港側の接待役をさせるものとされ、「香港警察東京分室」と揶揄されていた。――アクションあり、頭脳戦あり、個性豊かなキャラクターが躍動する警察群像エンタテイメント!(小学館より発売中)
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つきむら・りょうえ/1963年生まれ。2010年『機龍警察』で小説家デビュー。2012年に『機龍警察 自爆条項』で「第33回日本SF大賞」を受賞。2013年に『機龍警察 暗黒市場』で「第34回吉川英治文学新人賞」を受賞。2015年に『コルトM1851残月』で「第17回大藪春彦賞」を受賞。2015年に「土漠の花」で「第68回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)」を受賞。2019年に『欺す衆生』で「第10回山田風太郎賞」を受賞。近著に『十三夜の焰』『脱北航路』など。
■ 永井紗耶子『木挽町のあだ討ち』
ある雪の降る夜に芝居小屋のすぐそばで、美しい若衆・菊之助による仇討ちがみごとに成し遂げられた。父親を殺めた下男を斬り、その血まみれの首を高くかかげた快挙は多くの人々から賞賛された。2年の後、菊之助の縁者という侍が仇討ちの顚末を知りたいと、芝居小屋を訪れるが――。現代人の心を揺さぶり勇気づける令和の革命的傑作誕生!(新潮社より発売中)
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ながい・さやこ/1977年生まれ。2010年に「絡繰り心中」で「第11回小学館文庫小説賞」を受賞し、改題の上『恋の手本となりにけり』でデビュー。『商う狼 江戸商人 杉本茂十郎』で2020年に「第3回細谷正充賞」「第10回本屋が選ぶ時代小説大賞」を、2021年に「第40回新田次郎文学賞」を受賞。2023年には『木挽町のあだ討ち』で「第36回山本周五郎賞」を受賞。『女人入眼』で第167回直木賞候補となっている。近著に『とわの文様』など。
ナニヨモ編集部の予想!
2度めの芥川賞ノミネートとなった石田夏穂さん。前回候補作では「前代未聞の筋トレ小説」として話題を呼んだのも記憶に新しいところです。また、以前「ナニヨモ」の新刊インタビューにもご登場くださった乗代雄介さんはデビュー以来高い評価を得る作品を発表し続け、今回で4度目のノミネートです。
しかし、自らも難病による重度の障害を抱え、小説家になりたかったというよりも「他にやれるものがなかった」と以前インタビューでも語っていた市川沙央さんのデビュー作「ハンチバック」は、「バリアフリー」という言葉自体は浸透しても、掬いきれていない現実の環境に気づかされる作品でした。重度障害者の生活やその心情を、決して重苦しくなることなく描き、ユーモアさえ感じさせるこの作品を推したいと思います。
直木賞では、アクションやサスペンス、ハードボイルドな作品でヒットを連発しながらこれが初ノミネートとなる月村了衛さん、一方、今回3度めのノミネートで、その3作品がそれぞれ別ジャンルという作風の幅広さを感じさせる冲方丁さんらに目を引かれました。
でも「ナニヨモ」は高野和明さんの『踏切の幽霊』を推したいと思います。11年ぶりの長編新作で11年ぶりのノミネートは、果たして受賞へと続くのでしょうか?
発表は2023年7月19日。みなさんの予想はいかがでしょうか?
芥川賞予想
(2)石田夏穂「我が手の太陽」
(初)市川沙央「ハンチバック」★
(初)児玉雨子「##NAME##」
(3)千葉雅也「エレクトリック」
(4)乗代雄介「それは誠」
直木賞予想
(3)冲方丁『骨灰』
(3)垣根涼介『極楽征夷大将軍』
(2)高野和明『踏切の幽霊』★
(初)月村了衛『香港警察東京分室』
(2)永井紗耶子『木挽町のあだ討ち』