児童文学を出発点に、たくさんの作品を書かれている村山早紀さん。最新作『風の港』では、村山さんがお好きな飛行機や空港をモチーフにされました。

 空港の雰囲気や、旅立ちの空気が、読者を心地よくしてくれる素敵な作品です。執筆時のエピソード、創作について、村山さんにお話をお聞きしました。

羽田空港をモデルにした、大きな空港の話を書きたい

――『風の港』について、これから読む方へ、内容をお教えいただけますでしょうか。

 春のある一日、とある大きな空港で起きた、小さないくつかの奇跡の物語です。それぞれの物語の主人公は、すれ違ったり会話を交わしたりと、ほんの束の間、互いの人生を知り、ふれることになりますが、それぞれにまた人生の旅路へと旅立ってゆきます。

――本作を描こうとされたきっかけを教えていただけますでしょうか。

 もともと子どもの頃から、飛行機と空港が好きだったのですが、仕事の関係でよく飛行機に乗る生活を続けていた(長崎市在住なのですが、ひと月かふた月に一度は打ち合わせのために東京、羽田空港へと飛ぶ日々でした)ことから、さらなる愛着が。

 そういう訳で、羽田空港をモデルにした、大きな空港の話を書きたい、という企画は数年前からあり、その当時に徳間書店の担当編集者さんと打ち合わせは済ませていました。空港を歩いて取材したり、資料を読んだりしながら、のんびり準備しているうちに、新型コロナウイルスの流行があり、居住する長崎から動きづらい日々となり。

 追加の取材をしたかったなあ、と思いつつ、行けなくなった空港や、飛べなくなった空への憧れを込めて、この物語を書き上げました。

物語らしい物語が好きな方向けの作品かも知れません

――ご執筆にあたって、苦労されたことや、当初の構想から変わった部分など、執筆時のエピソードをお聞かせください。

『風の港』は、書き下ろしではなく、徳間書店さんの雑誌に連載をさせていただいて、それを完結後まとめていただく形で本になった作品です。その連載中のことなのですが、脳内ではもっと簡略で短いお話になるはずだったのに、いざ文章にしてみると、登場人物が饒舌に想いを語り始め、互いに会話したりし始めました。

 それにうんうんと耳を澄ましていると、それぞれの内面が想定よりどんどん深くなってゆき、逸話も増えてゆき、それに伴って原稿の枚数もどんどん増えていったので――今回は何枚になるんだろう、この連載はいつ完結するのだろうかと、毎月の〆切りが来るたびに、徳間書店さんに申し訳なく思っていました。

 本になるにあたって、さらにエピローグも書き足させていただいたのですが、まあ結果的に壮大といえるお話になってしまったし、この枚数が必要な物語だったのだろうな、と感謝しつつ思っています。――思いつつ、やはり申し訳なかったです。徳間書店さん、ごめんなさい、ありがとうございました。

――どのような方にオススメの作品でしょうか? また、本作の読みどころも教えてください。

 さわれば指先が切れるような、リアルな感情を描くタイプの、繊細な小説ではなく(読者としては、わたしもそういう作品は好きですが)、少しだけ古い、いかにもな物語らしい物語が好きな方向けの作品かも知れません。おそらくはいまの時代だから本になった、というタイプの作品ではなく、過去と未来のいつ本棚にあってもたぶん違和感のない、オーソドックスなかたちの物語だと思います。

 夢と魔法の世界に憧れ、垣間見ることもありつつ、けれど現実の日々を生きるひとびとの、それぞれの人生のひとときを切り取って、光を当てたような、そんな物語です。

 書店員さん以外は、女優や作家、漫画家に奇術師と、一見、華やかな職業を選んだひとびとのお話になっていますが、どこかしら、読んだひとたちが、自分の人生にもこんなことあったかも、と思えるような――そんな物語になっているかと思います。

束の間の癒しになれば、とも思います

――小説を書くうえで、いちばん大切にされていることをお教えください。

 意図してそう書いているわけではないのですが、できれば、なるべく読後感の良い、読んで良かったと思えるような作品になればいいなあと思ってはいます。貴重な時間をいただいて、本のページをめくっていただくわけですので、読まなきゃ良かったと思われたら申し訳ないですし。

 それと昔から、疲れたとき、傷ついたときにわたしの本を手にする方が多いようですので、束の間の癒しになれば、とも思います。

 昨今は特に、日々辛く苦しいことが多すぎますので、せめてわたしの書くものを手にしている間だけでも、浮世を忘れ、ほっとしていただけたら、と思います。

 辛い今日を乗り越えれば、次の日もまた次の日も、なんとか生きていけて、いつかは明るい未来へとたどり着けるかと思いますので。

――最後に読者に向けて、メッセージをお願いします。

 ひとつ前の質問への返答に書いたことと重なるのですが、大変な時代を生きることになってしまったわたしたちですが、なんとかこつこつと生きていきましょうね、ということでしょうか。わたしも頑張って作品を書いてゆきますし、みなさまもそれぞれの場所で、それぞれに日々を過ごしていただけたら、と思います。たまに空を見上げたりしながら、生きてゆきましょう。

 どんなに大変なときでも、空は変わらずそこにあり、太陽も星も輝いて、わたしたちがまたそこへと旅する時を待ってくれています。

 空港を舞台に、様々な思いを抱えた人たちが登場し、回想したり行動したりすることで、次第に変化していく様子を興味深く読ませていただきました。空港そのものは目的地ではなく、目的地へ向かうための経由ポイントということが物語の構造とリンクして、登場人物たちも人や記憶を経由して、飛び立っていきます。

 空港にある独特な雰囲気や緊張感が、旅立ちの空気と混ざりあい、カバーのイラストのように爽やかで澄んだ空気が感じられる素敵な読書になりました。とても癒やされました。おすすめです!

Q:最近、嬉しかったこと、と言えばなんでしょうか?

 Twitterにいると、国内外のいろんな分野の専門家の言葉にふれ、その思考や書かれた文章を読む機会が多くあるのですが、文字を読むことが苦にならないので、それらをいくらでも読めるし読み解くことに困らない(特に文系の分野においては)ことに今更のように気づきました。活字が好きで読めることが役に立つこともあるのだな、と素直に感動しています。

 何をそんな当たり前のことを、といわれそうですが、自己評価が低めのこともあり、自分のいわば趣味がこんな風に生きることもあるとは思っていなかったので。

 それにしても外国語は恥ずかしいくらいに読めないので、年齢にふさわしい程度には理解でき、できれば会話もできるように勉強しようと決心したところです。

Q:ご自身は、どんな小説家だと思われますか?

 自分の考えた面白いお話を、誰かに聴いてほしいタイプの小説家――作家だと思っています。

 誰かのために書いている、というのとは少し違っていて、作品が勝手に生まれ、仕上がってくるので、ねえ、聞いて聞いて、こんなに面白いお話を思いついたの、と話さずにはいられない感じの、そういう意味で、読み手が必要な作家、でしょうか。

Q:おすすめの本を教えてください!

 三冊に絞るのはとても難しいのですが、浅田次郎の『蒼穹の昴』は、永遠に仰ぎ見る、わたしにとっての究極の理想です。人生があり、壮大な浪漫があり、ひとへの熱い愛があり、歴史がある。いつかあんな作品が描けたら、と憧れつつ、おそらくは一生手が届かない作品だとも思っています。

 子どもの頃からの人生の道連れのような本としては、O・ヘンリとアンデルセンの作品群(この段階で数が絞れない)になるかと思います。アンデルセンの幻想と美にはいまも酔いますし、O・ヘンリは巧いよなあ、と思います。いまの時代にいたら、どんな作品を書いていただろうか、とも思います。


村山早紀さん最新作『風の港』

『風の港』(村山早紀) 徳間書店
 発売:2022年03月10日 価格:1,760円(税込)

著者プロフィール

村山早紀 (ムラヤマサキ)

 1963年長崎県生まれ。『ちいさいえりちゃん』で毎日童話新人賞最優秀賞、第4回椋鳩十児童文学賞を受賞。著書に『シェーラ姫の冒険』『アカネヒメ物語』『百貨の魔法』『魔女たちは眠りを守る』、シリーズに「コンビニたそがれ堂」「花咲家の人々」「竜宮ホテル」「桜風堂ものがたり」など多数。共著に『トロイメライ』。エッセイに『心にいつも猫をかかえて』がある。

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