幽霊の正体見たり枯れ尾花――恐怖心が、なんでもないものまで恐ろしいものに見せてしまうことがあるという、江戸時代の俳句が元となった、疑心暗鬼を表した有名な言葉です。ではその逆で、日常の中で遭遇した不可思議や恐怖の裏に、それを引き起こした怪異が存在したとしたら――? 発売されたばかりの東亮太さんの新刊『夜行奇談』は、そんな発想から生まれた怪談集なのです!
本書に収録されているのは、現代を舞台にした実話系怪談です。しかしそこで語られた恐怖が、実は古くから知られる「妖怪」の仕業だったのかもしれない。そのコンセプトで、51話の現代怪談に、妖怪画で有名な浮世絵師・鳥山石燕(とりやませきえん)の絵を添えることで、その恐怖により奥行きを持たせているのです。
子供の頃から、お化けや妖怪が好きだったという東さん。「怖さ」と「妖怪愛」の溢れる新作について、さっそくお話を伺ってみました。
本来であればこの世に存在しないような、人間でないもの、怪物じみたものといった、異形の存在に心を惹かれていた
――今回の『夜行奇談』について、これから読む方へ、どのような作品かをお教えいただけますでしょうか。
本作は現代を舞台とした実話系怪談集です。「誰それがこんな怖い体験をした」という話がいっぱい載っています。しかし、もしこれらがよくある心霊体験ではなく、河童や天狗、姑獲鳥やぬらりひょんなど、誰もが知っている妖怪達が引き起こしたものだったとしたら……?
怪談が「得体の知れない不気味な出来事」なら、その「得体」をどう解釈するも自由のはず。だったら僕は妖怪が好きだから、全部妖怪の仕業にしてしまおう――。『夜行奇談』は、そんな遊び心から生まれた作品です。
この本に収録されているすべての怪談には、江戸時代の画家・鳥山石燕の描いた妖怪画が添えられています。怖い話の後に「実はこの妖怪の仕業だったんだよ」とすることで、普通の怪談集でもなければ普通の妖怪図鑑でもない、独特の読後感を得られるようにしました。
――長年、小説投稿サイトで書き溜めてきた作品とのことですが、この作品を書きはじめたのはどんなきっかけだったのでしょうか。また、そもそも怪談や妖怪に惹かれたきっかけやその魅力はどんなところでしょうか。
もともと小さい頃から、お化けの出てくる民話集や水木しげる先生の妖怪画集を愛読していました。本来であればこの世に存在しないような、人間でないもの、怪物じみたものといった、異形の存在に心を惹かれていたのです。おそらくそれらが、人間の考え得る「恐怖」や「神々しさ」をダイレクトに具現化したものだったからではないでしょうか。
とにかくそんな具合でしたから、成長するにつれて、自然と怪談やホラー小説を好むようになっていきました。
その後ライトノベル作家としてデビューし、長年そちらで書かせていただいてきたのですが、一方でいつかホラー小説のようなものも書けたらいいなと、ずっと思っていました。ただ、ライトノベルの業界でホラーの企画を通すのはかなりハードルが高く、「だったら自由に書ける場所で自由に書いた方が早い」と思い、まとまった時間ができたタイミングで「カクヨム」に投稿することにしたわけです。
どんなホラーを書くかについて、いくつかアイデアはあったのですが、「一話一話が短くて早く書けそうなもの」ということで、以前から温めていた「現代怪談×鳥山石燕」というネタに着手することにしました。それが『夜行奇談』でした。
「本当にこの書き方で読者は怖がってくれるだろうか」と何度も自問自答したり
――ご執筆にあたって、苦労されたことや、当初の構想から変わった部分など、なにかエピソードがありましたらお聞かせください。
ホラー、特に実話系怪談というジャンルは、まったく書くのが初めてだったので、慣れないうちはとにかく苦労しました。「本当にこの書き方で読者は怖がってくれるだろうか」と何度も自問自答したりして、早く書けるどころか、一話分の推敲だけで半日以上使ってしまう……ということも頻繁にありました。
また、「現代の怪談を鳥山石燕の妖怪画とどう結びつけるか」もかなりの難題でした。石燕の妖怪は、民間伝承に由来するものだけではなく、特定の古典作品にしか登場しないものや、風刺を込めて創作されたもの、現代ではまったく馴染みのない器物の妖怪なども多くいます。そうなると、やはりすべてをスムーズに現代怪談と繋げるのは困難で、それこそ「カクヨム」で連載していた時は、ネタがまとまり切らずに、かなり長い間更新が止まってしまったこともありました。
それでも最終的には、鳥山石燕が描いた二百点以上の妖怪画をコンプリートすることができました。満足です。
――本作は、特にどのような方にオススメの作品でしょうか? 読みどころなども含めて教えてください。
やはり怪談が好きなかた、妖怪が好きなかたには、ぜひ読んでいただきたいです。
怪談好きと妖怪好きは必ずしも被っているわけではなく、どちらか一方しか楽しんでいないかたも大勢いらっしゃいます。『夜行奇談』は、基本的には実話系怪談集ですので、「自分の身にも起きるかも」という恐怖や不安をかき立てるような書き方をしていますが、そこに敢えて妖怪を添えることで、最終的な印象は大きく変わります。
「妖怪は好きだけど怪談は怖いから苦手」というかたであれば、怖さが薄れてホッとするかもしれません。逆に「怪談は好きだけど妖怪は怖くないよね」というかたも、古典的な妖怪達の隠れた怖さに気づくかもしれません。
他にもちょっと変わった楽しみ方として、怪談を読んで、それが何の妖怪の話かを当ててみる……という、クイズのような知的な遊びもできます。
とにかく、少しでもお化けが好きなかたなら、きっと楽しんでいただけることと思います。
娯楽小説というのは、思想・哲学を込めるよりも、まず目先の楽しさを優先した方がいい
――小説を書くうえで、いちばん大切にされていることをお教えください。
ずっとライトノベルを書いてきて感じているのは、「娯楽小説というのは、思想・哲学を込めるよりも、まず目先の楽しさを優先した方がいい」ということです。
もちろん思想や哲学は作品に深みを与えるので、まったく入れるなというわけではありません。しかしそれらは、執筆の過程で自ずと盛り込まれるものなので、まずは読者に楽しんでいただけることを第一に考えながら書くべきだと思っています。
特に、敢えて「目先の」と付けたように、例えば相当くだらない下ネタであっても、それが作風を壊さないのであれば、どんどん入れてしまっていいと思います。ライトノベルでコメディを書く場合、むしろそこで手を抜くと、かえって中途半端な作品になってしまうので、恥ずかしいとかくだらないとかは気にせずに、「吹っ切れた方が勝ち」みたいなところがありました。
一方、今回の『夜行奇談』は実話系怪談ですので、とにかく怖さや不思議さが伝わることを最優先にしました。擬音や傍点なども駆使して、「ここでゾクリとしてくださいね」というのを分かりやすく演出しています。
逆に、例えば怪異の発端となった悲惨な事件に触れる場合は、「二度とこんなことがあってはならない」というような説教臭い主張はせずに、余韻だけが残るように淡々と書きました。あとはそれを読んだかたが、もし何かを感じるのであれば、感じてもらえればいいと思っています。
――最後に読者に向けて、メッセージをお願いします。
自分で怪談を書くようになって気づいたのは、「怪談は怖いけれども楽しいものだ」ということです。怖さを楽しむ、とでも申しましょうか。もともと僕は怖がりなので、小さい頃は「どうしてみんな、わざわざ怖い話を読むんだろう」と不思議に思っていましたが、怪談好きの人達は、楽しいから読んでいたのですね。
『夜行奇談』は怪談の本です。なので、きっと楽しいと思います。また一方で妖怪の本でもありますので、従来の怪談本とは違った楽しみ方もできると思います。
ぜひこの夏は『夜行奇談』をお楽しみくださいませ。
Q:最近、嬉しかったこと、と言えばなんでしょうか?
やはり『夜行奇談』が本になったことですね。完全に趣味で書いた初めての怪談が、大勢の読者のかたに「怖い」「面白い」と言っていただけて、ついにはこうして書籍化もされたので、感動もひとしおです。
ただ、こうして怪談を書けるだけの力がついたのも、長年の執筆経験や読書経験の積み重ねがあったからこそなので、今後も気を緩めず、日々精進あるのみだと思っています。
可能であれば、いずれホラー作家を名乗れるレベルになれるように、これからもホラー作品を書いていきたいと考えています。
Q:ご自身は、どんな小説家だと思われますか?
自分で言うのもアレですが、良くも悪くも真面目なやつだと思っています。真面目さというのは、娯楽小説を書く上では足を引っ張ることにもなるので、必ずしも有利ではないんですよね。文章が硬くなってしまったり、説明過多でくどくなってしまったり、そもそも頭に浮かぶアイデアに外連味がなかったり……など、マイナス面も多いです。
特に、怪談のようにダイレクトに感情(恐怖心)を揺さぶらなければならないような作品では、余計な文章を削ぎ落すのに相当苦労しました。
Q:おすすめの本を教えてください!
■『どこの家にも怖いものはいる』三津田信三(中央公論新社)
僕が実話怪談を積極的に読み始めたのは、三津田さんのご著書を愛読するようになってからです。この『どこの家にも怖いものはいる』は、ただ怖いだけでなく、複数の怪談が一点に収束していくというミステリー要素も面白く、特にお気に入りです。
■『妖怪馬鹿』京極夏彦・多田克己・村上健司(新潮社)
妖怪が大好きなお三方による、妖怪にまつわる座談会です。妖怪はアカデミックでもなければ恐ろしくもなく、まあこんな感じで緩く楽しんでいいものなのだ――ということが分かる、愉快な一冊です。
■『決定版 日本妖怪大全 妖怪・あの世・神様』水木しげる(講談社)
妖怪好きとして、水木しげる先生のご著書は避けては通れません。水木先生の妖怪図鑑はいろいろなものが出ていますが、現在でも入手可能で、文庫サイズなのにボリュームも満点な、この本を推させていただきます。
東亮太さん最新作『夜行奇談』
発売:2023年08月02日 価格:1,980円(税込)
著者プロフィール
東亮太(アズマ・リョウタ)
東京都生まれ。2005年に「第10回スニーカー大賞」奨励賞を受賞し、改題の上『マキゾエホリック』で2006年にデビュー。その他の著書に『闇堕ち騎士がダンジョン始めました!!』『異世界妖怪サモナー 〜ぜんぶ妖怪のせい〜』『オーク先生のJKハーレムにようこそ!』などがある。