主人公の名前は最東対地。ホラー作家。新作のために関西の色街の取材をはじめると、行く先々でひとりの美しい娼妓にまつわる噂話を耳にする。時を同じくして、彼の身の回りでは異変が頻発し――。

そう、最東対地さんの最新作『花怪壇』は、ご自身を投影した主人公が少しずつ怪異に引き込まれていく様を描いた物語です。

ルポルタージュの手法で綴られた文章が、読み進めるうちに虚構と現実との境界を曖昧にしていくような感覚をもたらし、気づけば物語に飲み込まれてしまう――そんな不思議な読書体験を味わわせてくれる新作を発売したばかりの最東さんに、お話を伺ってみました。

静かに侵食していくタイプの恐怖を描いているので、普段ホラーに触れていない読者の方にも触れてもらいたい

――今回の『花怪壇』について、これから読む方へ、どのような作品かをお教えいただけますでしょうか。

関西には“八つの夜凪”がある。“夜凪”とは、色街のことで今夜も男客で犇めいていた。これを面白がった光文社の担当編集者・佐々木は、最東に「夜凪を題材にした新作を書きましょう」と持ち掛ける。そして、ホラー作家・最東対地は夜凪にまつわる怪談話を取材することになった。

やがて浮上する“梅丸”という名の娼妓と、夜凪で目撃されるインバネスコートの男――

最東の身の回りで頻発する不幸と、おかしくなる友人。夜凪と梅丸がこれに関係していると疑わずにはいれない最東は、現実から逃げるように酒に溺れてゆく。

だがそこからが本当の“はじまり”だった。

今作は、関西に本当にある色街を題材にしました。関西人なら誰もが知る場所ですが、夜凪と名を変えて、怪談小説に昇華できないか試行錯誤を繰り返してようやく形にすることができました。

作中には最東対地をはじめに、どこかで聞いたような、馴染みのある作家たちが登場したり、あの殺人者を彷彿とさせる人物が登場したりと、怪談以外でも楽しんでいただける要素を散りばめています。

これまでの最東作品とは違う、静かに侵食していくタイプの恐怖を描いているので、普段ホラーに触れていない読者の方にも触れてもらいたい作品になっています。

――この作品が生まれたのはどんなきっかけだったのでしょうか。

実は、『花怪壇』で書かれているルポパートの中には実際のできごとがいくつもあります。

元々、私は遊里跡や赤線跡などを探訪するのが好きで、光文社文庫『KAMINARI』を刊行したあとの打ち上げの中で、どういう流れだったかその話を担当編集者にしました。

そこで大阪には五つ、現存の色街があるという話をすると彼は驚きと共に関心を抱いたようでした。

この時、「ルポのような、フェイクドキュメンタリー風の小説」というアイディアが生まれ、“ルポと怪談”という二層構造にしようというのも自然な流れで決まった気がします。

そうして、“編集者佐々木の提案で夜凪を題材にした新作を書くことになった”というのは、そのまんま今作を書くきっかけとなりました。(佐々木と夜凪は本来の名称から変えています)

途中、何度も「この小説……本当に本になるのか?」と不安になったものです

――ご執筆にあたって、苦労されたことや、当初の構想から変わった部分など、なにかエピソードがありましたらお聞かせください。

本作は刊行までに二年近くの時間を費やしており、稿を重ねるごとに新しく追加した要素、削った要素のおかげで説得力が増したのではないかと確信しています。

例を挙げると、作中の『編集後記』は初稿では存在しませんでした。第三者の視点が欲しい、という編集者からの要望を受け、付け足したところ、これがとてもいい作用を生んだと思います。ここでぐっとリアリティレベルが上がった感触がありました。

大変だったのは、改稿です。

『書いている本人もなにを書いているのかはっきりしていない状態』だったためか、初稿の出来はかなり酷いものでした。担当編集者に送稿するたび、大工事を重ね、徐々に形がはっきりしてきた、という感じがします。

途中、何度も「この小説……本当に本になるのか?」と不安になったものです。(笑)

そういう苦労があった、ということも含めて本作を楽しむスパイスになればうれしいです。

――本作は、特にどのような方にオススメの作品でしょうか? 読みどころなども含めて教えてください。

これまでの最東対地のホラー作品といえば、顔をほじくったり、脳みそが沸騰したり、跡形もなく溶かされたり、生きたまま四肢を引き千切られたり、といった散々なグロホラーばっかりでしたが、今作はそんな作風とは一線を画すものとなっています。

もともと怪談好きということもあり、人前で語ったり、聴きに行ったりということが多くありました。

2022年には竹書房から怪談本を出しました。(『恐怖ファイル不怪』)

そういう背景もあり、怪談とホラーを混ぜ合わせた長編はいつか書くことになるだろうと思っていたのですが、ようやく現実のものとなりました。

「グロはちょっとなぁ……」という方にこそ、本作を手に取ってもらいたいです。

怪談と色街、ホラーとルポ、フェイクドキュメンタリー……さまざまな要素が、この一冊に凝縮されています。

“今の自分とは無縁なだけで、すぐ隣にある未知のもの”ってすごく多いと思うんです

――小説を書くうえで、いちばん大切にされていることをお教えください。

『身近であること』です。本作でいえば色街ということになると思いますが、“今の自分とは無縁なだけで、すぐ隣にある未知のもの”ってすごく多いと思うんです。

例えばアウトドアが好きな人にはインドアの遊びに疎かったり、その逆だったり。一概に言い切れませんが、そういう『この人には当たり前のことだけど、あの人からすれば未知のもの』ってたくさんある。そして、それは身近なものばかり。

『夜葬』ではスマホアプリ、『# 拡散忌望』ではSNS、『えじきしょんを呼んではいけない』だったら音声検索という現代の身近なアプリを扱いながら、その時その時で“なにがどれだけ身近なものか”ということを常に考えてきました。

ホラーはできるだけ、読者に“対岸の火事”だと思わせないことを意識しています。“自分の身にも起こるかもしれない”とすこしでも思ってもらえたら、それこそ私が求めるホラーです。

――最後に読者に向けて、メッセージをお願いします。

どうも最東です。ひさしぶりの長編小説で、渾身の力作が書き上がりました。

『花怪壇』は、読み終えたあともずっと心のどこかにシミを残すような、そんな作品になっているかと思います。書店でお見かけの際は、是非お手に取ってみてください。(もちろんネットでも)

Q:最近、嬉しかったこと、と言えばなんでしょうか?

『ストリートファイター6』でオンラインリーグ『ダイアモンド』に到達したこと。マスター目指して頑張るぞ!

Q:ご自身は、どんな小説家だと思われますか?

小説家らしくない小説家。もともと小説が好き、というわけではなかったので、今もよく「なぜ自分はこの仕事をしているのだろう」と疑問に思うことがあります。

Q:おすすめの本を教えてください!

■『横道世之介』吉田修一(文藝春秋)

■『DINER』平山夢明(ポプラ社)

■『回遊人』吉村萬壱(徳間書店)


最東対地さん最新作『花怪壇』

『花怪壇』(最東対地) 光文社
 発売:2023年08月23日 価格:2,200円(税込)

著者プロフィール

最東対地(サイトウ・タイチ)

1980年、大阪府出身。出版社勤務等を経て、フリーライターとして活動。2016年に『夜葬』で「第23回日本ホラー小説大賞」読者賞を受賞し小説家デビュー。『#拡散忌望』『えじきしょんを呼んではいけない』『怨霊診断』『おるすばん』『寝屋川アビゲイル 黒い貌のアイドル』『KAMINARI』『異世怪症候群』『七怪忌』『カイタン 怪談師りん』 『ふたりかくれんぼ』『恐怖ファイル 不怪』、ノンフィクションとして『この場所、何かがおかしい』といった単著のほか、アンソロジーへの参加、雑誌寄稿など、ホラーへのこだわりを持った執筆活動を行っている。

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