これまでおもにライト文芸のジャンルでミステリ作品を発表してきた楠谷佑さんが、満を持しての本格ミステリ作品『案山子の村の殺人』を刊行しました。
案山子だらけの村で起こる不可解な事件、雪に閉ざされてできた「密室」、事件を解き明かさんとするのは従兄弟同士でコンビを組む学生作家「楠谷佑」――仕掛けに満ちた、謎解きの楽しさを存分に味わえる本作は、まさに楠谷さんから読者への挑戦状とも言える1冊になっています。今回のインタビューでも本格ミステリへの愛から本作の読みどころ、創作秘話まで楠谷さんがたっぷり語ってくださいました。
雪深い山間の村を舞台にした物語を、暖かな部屋にこもってじっくり腰を据えて読む――そんな「冬の読書」の醍醐味を味わうには最適な1冊です!
フーダニット(犯人当て)に焦点を当て、王道ど真ん中の本格ミステリを目指しました
――今回の『案山子の村の殺人』について、これから読む方へ、どのような作品かをお教えいただけますでしょうか。
従兄弟同士でコンビを組む学生推理作家の篠倉真舟と宇月理久が、取材のため訪れた山奥の村で殺人事件に巻き込まれ、謎を解き明かしていく――という話です。
フーダニット(犯人当て)に焦点を当て、王道ど真ん中の本格ミステリを目指しました。
――この作品が生まれたのはどんなきっかけだったのでしょうか。
著者と同名の合作推理作家コンビというのは、先達の流儀をミックスしたものというつもりです。まず、著者と語り手を同名にするという流儀があり、これは今回推薦文を寄せてくださった有栖川有栖先生がたいへん有名ですね。今作も、有栖川先生の諸作から多くを学んで書き上げました。
もうひとつ、探偵役と著者名を同名にする方もいて、国内だと法月綸太郎先生たちがいらっしゃいますが、始祖はエラリー・クイーンですよね。そしてクイーンは、従兄弟同士の合作推理作家です。
私は「ならば」と欲張って、探偵役と語り手を従兄弟同士の合作推理作家にして、その筆名を「楠谷佑」と設定しました。会心のネタのつもりでしたが、むやみに込み入った設定なので、シリーズを書き継いでいくとしたら毎回説明が大変そうだな、と今からおののいています(笑)。
山村を象徴して、和製ホラー的な怖さもある「案山子」という小道具はまさに探し求めていたもの
――ご執筆にあたって、苦労されたことや、当初の構想から変わった部分など、なにかエピソードがありましたらお聞かせください。
じつは大まかなプロットが完成した時点では、タイトルにも入っている「案山子」はまだ登場していませんでした。そのプロットを基に打ち合わせしていたとき、担当さんから「道具立ての華やかさが欲しいですね」と言われて、それがしばらく宿題となっていました。
そんな折、舞台となる秩父市について調べていたところ、秩父にお詳しい方から市内の贄川宿という場所のことを聞きました。たくさん案山子がいて、「案山子の里」と呼ばれているそうです。山村を象徴して、和製ホラー的な怖さもある「案山子」という小道具はまさに探し求めていたものと思えて、これを核にプロットを練り直しました。
ただし、作中に登場する「宵待村」は架空の村で、贄川宿とは地理的にも別の場所に設定しております。
――本作は、特にどのような方にオススメの作品でしょうか? 読みどころなども含めて教えてください。
ミステリの老舗である東京創元社で書かせていただけるということで、「本格ミステリ度」は私が出せる最大出力で書きました。なので、まずは本格ミステリが大好きな方に届いたら嬉しいです。すべての手がかりが出揃った段階で「読者への挑戦状」を挿入するという仕掛けもありますので、お読みになった際は、是非「誰が犯人か当ててやる」というつもりで挑んでいただけると幸いです。
一方、私は本格ミステリばかり読んできたわりに、これまではライト文芸レーベルを拠点に小説を書かせていただいていました。それらのレーベルで「メインキャラが映えるように話を組み立てる」という修業を積んできた甲斐あって、多くの方に拙著のキャラクターが好きだと言っていただけるようになりました。今回登場する真舟と理久も、まずは読者の方に愛していただけるふたりにしたい、という思いで育てました。なので、キャラクターを重視して読んでくださる方にも楽しんでいただけるかと思います。
私は本格ミステリとは「解けるようにできているミステリ」だと思います
――小説を書くうえで、いちばん大切にされていることをお教えください。
推理小説としては、まずフェアであることが大切だと思います。「本格ミステリ」の定義は明確に定まっていませんが、私は本格ミステリとは「解けるようにできているミステリ」だと思います。絶海の孤島とか、奇矯な名探偵といった道具立てが揃っていても、真相が明かされるよりも先に読者がそこに辿り着けるようになっていなければ、本格ミステリだとは思いません。もちろん本格か否かは、作品の優劣とは無関係ではありますが。
また、ミステリというジャンルは常に人の心を深く描けるわけではありませんが、登場人物の心理の一貫性には気をつけています。「この人はここで、こんなことするだろうか」という疑問が出てしまうとノイズになりますし、ミステリとしての破綻にも繋がりますから。
――最後に読者に向けて、メッセージをお願いします。
まずは、なによりも『案山子の村の殺人』を読んでいただけたら嬉しいです(笑)。
先ほど「本格ミステリが好きな方に読んでいただきたい」と申しましたが、推理小説を読むのが初めてという人にも楽しんでいただける作品になるよう心掛けました。たとえばマニアにとってはお馴染みの用語である「クローズド・サークル」の意味も、作中で説明しています。自分の小説からミステリというジャンルにハマってくださる方がひとりでもいらっしゃれば、最高だなと思います。
Q:最近、嬉しかったこと、と言えばなんでしょうか?
2022年にポプラ社から刊行した長編『ルームメイトと謎解きを』が、板垣恭一氏の脚本・作詞・演出によりミュージカル化したことです。すでに公演を拝見しましたが、とんでもなく豪華で素晴らしい舞台でした。拙著を原作としてあのような素晴らしい作品が作られたというだけで、この世に生まれた甲斐があったなと感じています。
Q:ご自身は、どんな小説家だと思われますか?
未熟で、まだ個性を云々するのもお恥ずかしい身ではありますが、それだとあまりにもつまらないので(笑)、あえてお答えすれば「直球しか投げられない」小説家かもしれません。
とにかく昔から王道が大好きで、ミステリにおいても、もっとも初歩的な謎である「犯人当て」が今でも興味の中心にあります。キャラクター小説の面においても、「猪突猛進な元気系主人公とクールな天才美少年」みたいな王道バディがなんだかんだ一番好きです。なので自分が書くものも自然と、そういう王道の直球勝負になってしまいます。上手く変化球が投げられないことがもどかしくもありますが、まずは直球をいつでも美しく投げられる作家になりたいです。
Q:おすすめの本を教えてください!
■『Xの悲劇』エラリー・クイーン(東京創元社ほか)
世界一の推理小説だと思っています。犯人は意外なのに、探偵役の推理を読むと「言われてみればその人が犯人としか考えられない」というほどにロジックが明快。こういうミステリが理想です。
■『女王国の城』有栖川有栖(東京創元社)
『Xの悲劇』と並ぶ、ミステリの理想です。推理のプロセスは明晰なのに、解決編で魔法のようなトリップ感が味わえるところがこの作品の最も好きなところです。ネタバレになるので詳しくは言えませんが、「時間」と「空間」の扱い方がぞくぞくするほど素晴らしくて、忘れられない読書体験です。
■『Another』綾辻行人(KADOKAWA)
ミステリの流儀を用いて書かれた学園ホラーで、エンタテインメントの王様みたいな作品だと感じています。少年の頃に読んで、あまりの面白さにのめり込みました。当面は「キャラクターを愛していただける、ストレートな本格ミステリ」を書き継いでいきたいですが、死ぬまでには自分にとっての『Another』のような作品を書いてみたい、という大それた野望も温めています。
楠谷佑さん最新作『案山子の村の殺人』
発売:2023年11月30日 価格:1,980円(税込)
著者プロフィール
楠谷佑(クスタニ・タスク)
富山県生まれ。高校在学中に、『無気力探偵 ~面倒な事件、お断り~』でデビュー。その他の著書に「家政夫くんは名探偵!」シリーズ、『ルームメイトと謎解きを』がある。