星のソムリエ®︎、星空案内人でもある小説家の穂高明さん。
最新作『ダブル・ダブルスター』は、天体について、ご自身が小学生の頃に抱いた疑問を、何十年も掛けて形にした作品になったとのこと。
作品について、創作について、お話をたくさんうかがうことができました。
引き離された母と息子の、束の間の親子旅行
―― 星空の美しいカバーが印象的でした。『ダブル・ダブルスター』について、内容をお教えください。
入院中に夫と義母から一方的に別居を言い渡され、息子と離ればなれになった女性の再出発を描いた物語です。
真知子は息子・怜の中学受験失敗を理由に、夫と義母から母親失格の烙印を押されたあげく怜から引き離されて、ひとり暮らしを始めます。一方の怜は、義母が信仰する新興宗教に巻き込まれつつある日々を送っていました。
そんな折、真知子と怜は、長野県野辺山高原にある天文台へ束の間の親子旅行をします。そこで見た星々が、二人の気持ちや生き方を少し変えるきっかけになる、というストーリーです。
子供の頃に抱いた疑問を、何十年も掛けて作品に
―― この物語を描こうとされたきっかけをお教えください。また、『ダブル・ダブルスター』というタイトルに込められた思いをお聞かせください。
ダブル・ダブルスターは、こと座にある多重星です。肉眼や双眼鏡で見ると、普通の二重星に見えます。
さらにもう少し高倍率の望遠鏡で見ると、二重星のそれぞれが、さらに二重星になっているのがわかり、結果として四重星に見えるという、全天でも非常にめずらしいタイプの天体です。
天文ファンの間では大変人気があり、わたくしも大好きな天体なので、いつか小説で書きたいと思い続けていました。
星や宇宙のことに興味を持ち始めたのは小学生の頃ですが、この「二つの星だと思っていたら実は四つの星だった」というのは、当時のわたくしに非常に大きなインパクトを与えました。
ひとつに見えるけれど、実は二つあるもの。ひとつのものの中には、二つ以上のものが入っている場合があること。じゃあ天体以外で、身の回りの似たようなものは何だろう? そんな子供の頃に抱いた疑問を何十年も掛かって自分なりに形にしたのが、今回の作品です。
打ち合わせの最初の段階で、編集者から「この母と子に小旅行をさせたらどうか」と提案がありました。「ああ、それなら野辺山に行かせたいな」と思い、長野県の野辺山高原にある国立天文台の野辺山宇宙電波観測所を舞台に選びました。
天文ファンにとって野辺山の観測所は憧れの場所で、まさに聖地なんです。大人になってから初めて夏の特別公開に出かけて、直径45mの電波望遠鏡を目にした時は、本当に興奮しました。
観測所は国からの交付金が年々減り続けて、現在は財政難に陥っています。天文ファンのひとりとして、どうにかならないかな、何とかしたいな、という気持ちがあったので、今回は小説の中に現存する施設を登場させました。
周囲の経験談や、体験をもとに膨らんだエピソード
―― 当初の構想から変わったところや、執筆時のエピソードがございましたらお聞かせください。
この作品は「小説推理」(双葉社)で半年間連載したのですが、連載中は真知子と夫の光雄は早々と離婚していました。
でも周囲の別居・離婚経験者から「実際は財産相続や子供の親権など、もっと揉めに揉めて、すったもんだしたあげく、ようやく離婚に至るケースが多い。こんなにすんなり離婚できない」と非常にありがたいアドバイスを受けたので、単行本化にあたり別居している状況に訂正しました。
また、プロットの段階では電車のエピソードはそんなに入れるつもりはなかったのですが、最終的に割と多くなったのは意外でした。
小説に出てくるJRの「電車庫まつり」にも実際足を運びましたし、もう引退してしまいましたが、振り子車両と呼ばれた「あずさ」のE351系で乗り物酔いをしたのも実体験なので、それらを生かした形になりました。
―― どのような方にオススメの作品でしょうか? また、今回の作品の読みどころなどをお教えください。
老若男女問わず、いろいろな方々に読んでいただきたいですが、特に理不尽な状況下で、ままならない日々を過ごしてつらいと感じている方に、この作品が届けばいいなと思っています。
そして物語の中盤に、わたくしの二作目の小説『かなりや』の、とある登場人物が出てきます。実は既刊の登場人物を出すのは、今回が初めての試みです。以前からのファンの方には、ちょっとしたリンクもお楽しみいただければ嬉しいです。もちろん『かなりや』が未読でも楽しめますよ。
執筆で大切にしている2つのこと
―― 小説を書くうえで、大切にされていることや、こだわっていることをお教えください。
ひとつは「英雄の武勇伝は書かない」ということです。
立派な人物の輝かしい物語は、きっと他の作家さんが上手に書いてくださると思うので。わたくしはどちらかといえば、日の当たらない道しか歩くことができない人物の、細やかな人生を手のひらでそっと掬い上げるような、そんな物語を書きたいと常々思っています。
もうひとつは「難しいと思われがちな科学のことを楽しく伝える」ということです。
子供の頃から天文を含めて自然科学の様々な分野に興味があり、学生時代は生命科学を専攻しました。一般的に科学のことは「難しい」「よくわからない」と敬遠される傾向がありますよね。難しいところを噛み砕いて、科学の楽しさを小説で表現できればと思っています。
―― 読者に向けて、メッセージをお願いします。
パンデミックという、これまでわたくしたちが経験したことのないような不安な日々が長く続いています。コロナ禍において、小説をはじめ音楽や映画、演劇、美術など、あらゆる芸術やエンターテインメントの類いは「不要不急」という四文字で簡単に処理されてしまうようになりました。
非常時や緊急時、芸術やエンターテインメントは、人間の生存にとって必要不可欠のものではないのは紛れもない事実です。しかし身体的には必ずしも必要ではないかもしれませんが、精神的なもの、背中を押してくれるもの、心の糧にはなるはずだと信じています。
わたくしの書く小説は、災害時や感染症が蔓延している状況下で身体のためのご飯にはなり得ません。何も役に立たないというのが正直なところです。しかし、状況が少し落ち着いた際に、誰かの心のご飯になれたらいいな、という気持ちで仕事を続けています。
ご自宅で過ごす時間が増えた昨今、おうち時間のお供に、拙著も加えていただけましたら嬉しいです。どうぞみなさまが日々健やかでありますように。
ダブル・ダブルスター(こと座にある多重星)をモチーフに、”ひとつに見えるけれど、実は二つあるもの。ひとつのものの中には、二つ以上のものが入っている場合があること”を物語で表現された本作。
穂高さんの広くて深い天体についての知識と、体験が組み合わされ、また、穂高さんの小説への姿勢が濃く反映され、素晴らしい作品になったのだと思いました。
『かなりや』の登場人物も出てくるとのこと、合わせて楽しみたいと思います!
Q:最近、嬉しかったこと、と言えばなんでしょうか?
今年の春、仙台の姪っ子がピカピカの小学一年生になり、家庭学習の通信講座で使っているタブレットから絵や手紙を送ってくれるようになりました。
デジタル上とはいえ、似顔絵や手書きの文字で「だいすき」「コロナがおちついたらまたあおうね」「はやくあいたい」と届くと、ニヤニヤしてしまいます。
Q:ご自身は、どんな小説家だと思われますか?
うーん、とても難しい質問ですね。
どんな小説家……。考えたことがありませんでした。
本をただ漠然と読むのではなく、小説を芸術の表現形式の一種として強く意識しながら読むようになったのは大学生になってからなのですが、その頃から純文学ばかり読んでいました。
学生にとって文庫本はともかく、新作の単行本は高くてそう何冊も気軽に買えなかったので、大学生の頃は「文學界」「すばる」「新潮」「群像」「文藝」といった純文学の文芸誌を毎月ローテーションで買って読んでいました。
そのためエンターテインメント作品はそれほど読んでおらず、それなのになぜかエンタメ系の新人賞を受賞してデビューしてしまいました。
ただエンタメの中でも向田邦子は読んでいて、最初はエッセイから入り、小説にも夢中になりました。
ですから「エンタメをあまり読んでこなかったエンタメの小説家」といったところでしょうか。もちろん今は読んでいますよ。
Q:おすすめの本を教えてください!
十代の終わり、高校生から大学生の頃に読んで、今でも折に触れて読み返すバイブルのような三冊です。でも三冊に絞るのが、とても難しかったです。
『ダイヤモンドダスト』南木佳士(文春文庫)
『スティル・ライフ』池澤夏樹(中公文庫)
『冬の雁』三浦哲郎(文春文庫)
穂高明さん最新作『ダブル・ダブルスター』
発売:2021年09月16日 価格:1,650円(税込)
著者プロフィール
穂高 明(ほだか あきら)
1975年宮城県生まれ。2007年『月のうた』で第2回ポプラ社小説大賞優秀賞を受賞しデビュー。その他の著書に『かなりや』『これからの誕生日』『夜明けのカノープス』『むすびや』『青と白と』など。