お通夜じゃないんだからさ。――大学付属の男子校・穂木高等学校2年E組の教室のスピーカーからそんな山田の声が聞こえてきたのは、彼自身の通夜が済んだ翌日のことだった!?

交通事故で亡くなったクラスの中心人物・山田は、なぜだか教室に設置されたスピーカーに憑依してしまったらしい。山田の死を悼み消沈していたクラスメイトたちが呆気にとられるなか、生きていたころと同様に飄々とした山田が、言葉だけでクラスをまとめ上げていく……。そんな奇想天外なデビュー作『死んだ山田と教室』を発売したばかりの金子玲介さんにお話を伺いました。

冒頭、クラスメイトたちが口々に語る生前の山田の人となり。それを読み進めるだけで自然と、あなたも山田を知っているような、そして2年E組の一員になったかのような気持ちになって、物語に引き込まれること間違いなしの1冊です。

まずは男子高校生たちのおしゃべりを楽しんでもらえたら幸いです!

――今回の『死んだ山田と教室』について、これから読む方へ、どのような作品かをお教えいただけますでしょうか。

とある男子高の人気者・山田が交通事故で亡くなった後、教室のスピーカーに憑依してしまった……! という設定の青春群像劇です。”青春”がメインテーマの作品ですが、人と人が言葉を交わし合うとはどういうことなのか、死とは何か、生とは何か、と頭をぐるぐるさせながら書き切った作品です。が、そんなことはいったん忘れて、まずは男子高校生たちのおしゃべりを楽しんでもらえたら幸いです!

――この作品が生まれたのはどんなきっかけだったのでしょうか。

私は17歳頃から小説を書き始め、27歳頃まで主に純文学の新人賞へ投稿していたのですが、挫折を味わい、エンタメの新人賞へ転向するに至りました。転向一作目に孤島ミステリを書き、メフィスト賞の座談会に残していただいたのですが、これまでのような自然な会話運びが上手く書けず、人が死んでも会話が重くならないためにはどうすればいいかを考え、死者をスピーカーに憑依させるアイデアを思いつきました。

登場人物たちの心の動きを考えていくうちに、謎解きが主眼の作品ではなくなりました

――ご執筆にあたって、苦労されたことや、当初の構想から変わった部分など、なにかエピソードがありましたらお聞かせください。

当初はミステリ作品を志向して書き進めましたが、この設定から導出される登場人物たちの心の動きを考えていくうちに、謎解きが主眼の作品ではなくなりました。人物たちの苦しい心情をなぞる作業は胸が痛みましたが、純文学の投稿生活で培った技術や主題をエンタメという枠組みの中で発揮することが出来ていると感じ、執筆中は充実感がありました。

――本作は、特にどのような方にオススメの作品でしょうか? 読みどころなども含めて教えてください。

現役の高校生だけでなく、かつて学生生活を送った全ての方へ届いて欲しいです。”男子校”という特殊な磁場を描いていますが、老若男女に刺さる小説になっていれば、と願っています。”山田”は著者の意図を超えて魅力的な人間になってくれたと感じているので、なんか”山田”とかいう面白いやつがいるらしい、ちょっと喋ってみるか、という風にお手に取っていただけたら嬉しいです。

漫画、演劇、映画、ドラマ、ゲームなど他の物語ジャンルと並べたときに力負けしない小説を書きたいと思っています

――小説を書くうえで、ご自身にとっていちばん大切にしていることや拘っていることをお教えください。

漫画、演劇、映画、ドラマ、ゲームなど他の物語ジャンルと並べたときに力負けしない小説を書きたいと思っています。多種多様な娯楽へアクセス出来るこの時代に、わざわざ小説を読んでくださる方々へ、時間を無駄にしたと思わせない読書体験をしていただきたいです。そのためには、単に物語を記すだけではなく、文章の隅々に心血を注ぎ、絵や肉体や映像に負けない演出効果を、文字情報のみで実現させていく必要がある、と考えています。

――最後に読者に向けて、メッセージをお願いします。

今後は『死んだ石井の大群』というデスゲーム小説を8月に、『死んだ木村を上演』という演劇サークルの小説を11月に刊行する予定です。『山田』とは別個の作品世界となっていますが、”生と死”を共通テーマとしたエンタメ三部作とするつもりです。まずは『死んだ山田と教室』を楽しんでいただけたら嬉しいです!

Q:最近、嬉しかったこと、と言えばなんでしょうか?

私は横浜市出身で、ベイスターズファンなのですが、5月6日の試合で、日本プロ野球に5年ぶりに復帰した筒香選手が逆転スリーランを放った瞬間は本当に嬉しかったです。テレビで観戦していたのですが、あまりにもドラマチックな展開に、近所迷惑では? というくらい叫んでしまいました。この質問に答えているのは5月8日なのですが、今もその余韻でほくほくしています。

Q:これからどんな小説家になりたいとお考えですか?

まずはエンタメ作家として地盤を固め、ゆくゆくは純文学にも再挑戦したいと考えています。小説だけでなく、エッセイ、書評、シナリオ、戯曲、コント……など色々書きたいですし、その全てを小説に還元したいです。自分が書くことで、これまで読んだり観たりしてきた素晴らしい作品群への恩返しが出来れば、とも思っています。ジャンルを行き来する、息の長い作家となれるよう、書き続けます。

Q:おすすめの本を教えてください!

■『晩年』太宰治(新潮社)

私を文学と引き合わせてくれた小説集です。高校二年生の国語の授業でこの一冊に出会い、小説の”自由”を思い知りました。1936年に刊行された太宰治の第一作品集で、当時二十七歳だったにもかかわらずタイトルを『晩年』としている時点でとんでもない尖りっぷりと濃密な死の気配を窺えるのですが、中身の作品群も異様なエネルギーに満ち満ちています。作中の視点人物とは別に、作者である「僕」が自意識過剰の注釈を入れまくる「道化の華」など前衛的な作品も多く、「え、文学ってこんな面白いの? 小説ってこんな自由に書いていいの?」と衝撃を受け、私も小説を書きはじめました。

■『東京ノート』平田オリザ(早川書房)

”戯曲”という読み物の美しさ、面白さ、叙情性が全て詰め込まれた傑作です。美術館のロビーで交わされる会話を追うだけの、静かな一幕劇が、どうしてこんなにも胸に迫るのでしょうか。記号を駆使し、楽譜のような書法で緻密に記述された「なんでもない会話」の積み重ねが、心を揺さぶります。この紹介のため、数年ぶりにまた再読し、ラストシーンでずびずび泣いてしまいました(誇張ではなく、本当に)。この読書体験以後、自作では、現代口語演劇の方法論をベースに、出来るだけ自然かつ叙情的な会話を書くぞ、と意識しています。

■『よいこの黙示録』青山景(講談社)

2011年に亡くなった漫画家・青山景さんの絶筆作です。小学四年生の児童たちがオリジナルの「宗教」を立ち上げる物語です。キュートな絵柄でありながら心をざらつかせる不穏さが常に漂い、吸い込まれるようにページをめくってしまいます。私が“同時代文学”と“メフィスト賞”に出会ったキッカケは、青山景さんによる舞城王太郎さん『ピコーン!』のコミカライズでした。この物語が完結を迎えなかった事実に、十年以上が経った今も、やり切れない思いを抱えています。未完ですが、読み継がれて欲しい傑作です。


金子玲介さんデビュー作『死んだ山田と教室』

『死んだ山田と教室』(金子玲介) 講談社
 発売:2024年05月15日 価格:1,980円(税込)

著者プロフィール

金子玲介(カネコ・レイスケ)

1993年、神奈川県生まれ。2023年の「第65回メフィスト賞」を受賞した本作でデビュー。

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