「ジン」とは精霊のこと。有名なところでは、『アラビアンナイト』に登場する3つの願いを叶えてくれる「ランプの精」を、みなさんもきっとご存じでしょう。「もし自分の前に現れたら、どんな願いを叶えてもらおうか」と、一度くらいは夢想したこともあるかもしれません。

そんな、願いを叶えてくれるジンに出会ってしまった女子高生・初香の物語を表題作とした、行成薫さんの短編集『ジンが願いをかなえてくれない』が発売されました。

学校一の最強美少女・マリカと入れ替わりたいと願う初香をはじめ、平凡な人生を送る普通の人々を主人公とした6編を収録したこの新刊について、行成さんにお話を伺いました。

「我々一般人と地続きの人々の人生に起こる物語」と行成さんが語るこの作品集は、明日、自分の身に起こる出来事をワクワクして待つ気持ちをあなたの中に芽生えさせてくれるのではないでしょうか。

ここのところずっともやもやと心に滞留していた身近な社会問題なんかも練り込んでお話を作りました

――今回の『ジンが願いをかなえてくれない』について、これから読む方へ、どのような作品かをお教えいただけますでしょうか。

本作は、表題作である『ジンが願いをかなえてくれない』を含む、六作品を収録した短編集です。それぞれ独立したお話になっていますが、作品全体のテーマは、普段あまりスポットライトの当たらない市井の人々、ヒーローでもヒロインでもない、物語の主人公にはなりえないような人生を送る人たち、我々一般人と地続きの人々の人生に起こる物語を描くことです。

殺人事件も起こらないし、世界を救うべく活躍をする人も出てこない。すべてがひっくり返るようなどんでん返し的展開もありませんが、老若男女問わず気軽に楽しんでいただける作品になっていると思います。

――この作品が生まれたのはどんなきっかけだったのでしょうか。

今作は、光文社さん発行の文芸誌『小説宝石』の短編競作企画に寄稿させていただいた四作品がベースになっております。回ごとに短編のテーマが決まっておりましたので、そのテーマに沿ってお話を書いていたのですが、出来上がった作品を掲載していただいている中で、担当編集者さんと、あまり普段目立たないような人を主人公とする短編集に仕上げたいですね、という企画が持ち上がって、だんだん形になっていった、という感じでした。

僕自身、身近な世界を舞台に、日常からちょこっとだけ浮いたような世界観のお話を書くことが多いので、今作もそういう部分は変わらないのですが、ここのところずっともやもやと心に滞留していた身近な社会問題なんかも練り込んでお話を作りましたので、僕なりの社会派小説でもあるかな、と思っています。

小説に対してちょっとハードルの高さみたいなものを感じている人にも手に取っていただきたいなあと思います

――ご執筆にあたって、苦労されたことや、当初の構想から変わった部分など、なにかエピソードがありましたらお聞かせください。

前述のとおり、収録短編のうち四作は『小説宝石』さんに寄稿した作品なのですが、結構、締め切りがタイトな設定の回もありまして(笑)。

毎回、短編競作のテーマにも沿わせつつ、かつ短編集としてのテーマにも合わせに行かないといけない、という難しさはありました。締め切りもありましたので、じっくり構想を練って、というよりは、自分の中に詰まっていた感情を短期間で一気に絞り出した! みたいなお話が多く、そういうとき特有の、前のめりになった勢いが作品に反映されているように思います。また、ひょんなことから、今作の収録短編のイラストを僕が描くことになってしまい、どうしようーどうしようー、と思いながら深夜に独りでちくちく絵を描いたのもなかなか苦労した点でした。やったことがないことでしたので。

イラストはプロモーション用の動画に使われておりまして、BOOKS Visionを導入している書店さんの店内モニタで流されることになっております。もし、そういった書店さんに行く機会があればご覧いただければと思いますが、あまりうまくはありません。悪しからず。

――本作は、特にどのような方にオススメの作品でしょうか? 読みどころなども含めて教えてください。

僕の作品すべてに言えることですが、普段、読書の習慣のある方から、小説を読み始めたばかりの方、中高生の方など、幅広い年代の方に読んでいただきたいな、と思っていますので、基本的に難しいことは書いておりません。なので、活字かあ、しかも単行本かあ、と、小説に対してちょっとハードルの高さみたいなものを感じている人にも手に取っていただきたいなあと思います。

また、最近あんまりいいことないな、と思いながら生活している方ですとか、自分の人生がうまくいかないな、と思い悩んでいる方ですとか、そういう方々にも本作を読んでいただいて、ちょっとだけ背中を押されたような気になってもらったり、小さな勇気が出るのを感じたりしてもらえたら嬉しいです。

「表紙かわいい!」と思ったら、連れ帰って本棚やデスクの端っこにでも飾っていただけると嬉しいです

――小説を書くうえで、いちばん大切にされていることをお教えください。

これといったこだわりは特にないですね……。なんかあるかな。たぶんないですね。

強いて言うなら、あまり自分の主義主張、思想信条みたいなものを押し出さないようにはしておりまして、作品がエンターテインメントの範疇に収まるようにしています。

あとはもう、たくさんの人に読んでいただけるように、なるべく平易な表現を使ってテンポのいい文章になるようにしている、ということくらいですね。

――最後に読者に向けて、メッセージをお願いします。

昨今、いろいろなものが値上がりしていく中、少なくないお金を支払って本を買ってくださる方々がいらっしゃることに、モノカキとしてとてもありがたく、嬉しく思っています。

そういった方々に、いいお話を読んだ、と思っていただけるように、できる限りの努力をし、魂を込めてお話を作っております。

本作から初めて小説を読み始めた方、初めて僕の作品を手に取ってくださった方がおられて、あんがい面白いじゃん、と思っていただけたようでしたら、また書店さんに足を運んで、僕の他作品や、他作家さんの作品も手に取ってもらいたいなあと思います。そのまま、どんどん沼にハマっていっていただけるといいですね。

また、本作は、僕と編集者さん、デザイナーさん、イラストレーターさんも交えて装丁についてもかなりこだわって意見の交換をしましたので、とてもいい仕上がりになったと思います。書店さんで実物を見て、「表紙かわいい!」と思ったら、連れ帰って本棚やデスクの端っこにでも飾っていただけると嬉しいです。

みなさまどうぞよろしくお願いいたします。

Q:最近、嬉しかったこと、と言えばなんでしょうか?

昨年6月に第一子が誕生しまして、齢四十半ばでようやく子供を授かれたことがとても嬉しかったです。

Q:ご自身は、どんな小説家だと思われますか?

自己表現のために小説を書くアーティストっぽい小説家ではなく、どちらかというと、いろいろな条件の中でストーリーを作っていくクリエイター的な小説家かなと思います。

得意ジャンルといったものもなく、作品テーマも選ばないですし、ここ数年、ノベライズを担当したり、作詞をしたり、脚本のお手伝いをしたりと、自分の小説以外のお仕事もさせていただいたりもしていて、わりと器用貧乏なタイプじゃないかなと思います。

Q:おすすめの本を教えてください!

小説家になるまでに、影響を受けた作品がたくさんありますが、その中からいくつかオススメ作品をご紹介したいと思います。(以下、敬称略)

■『たそがれ清兵衛』藤沢周平(新潮社)

まず、今作『ジンは願いをかなえてくれない』にコンセプトが近いんじゃないかな、という意味で、藤沢周平『たそがれ清兵衛』。映画にもなった表題作をご存じの方も多いと思いますが、短編連作になっておりまして、他の収録作も面白いです。剣の達人でありながらも、どこかうだつの上がらないサラリーマン武士それぞれの物語が愛らしく、かっこよくもあり、なんともいえない哀愁も漂い、という作品集です。市井の人々のミクロな世界の物語に着目する、という点で影響を受けた作品でもあります。

■『屈辱ポンチ』町田康(講談社)

二作目は、町田康『屈辱ポンチ』。僕は学生時代は歴史小説やミステリ、ファンタジーといった分野を読み漁っていたのですが、知り合いにプレゼントしてもらって、(たぶん)大人になってから初めて読んだ現代小説だと思います。

特に、収録作の『けものがれ、俺らの猿と』が好きな短編です。読者を振り落としそうなくらいの文章のロックビートが心地よい作品で、文章にテンポをだすことなど、とても影響を受けた作品です。

■『サウスバウンド』奥田英朗(講談社)

三作目は、奥田英朗『サウスバウンド』です。有名な作品なので読んだことのある方も多いと思いますが。二部構成の作品で、主要な登場人物はほぼ変わりませんが、前半と後半でその登場人物たちの印象ががらりと変わる作品です。視点の置き方によって人物というのは見え方が変わる、ということの気づきを得た作品でもあり、その構成の妙、立体的な人物造形に感動した作品でもあります。まだ未読の方はぜひご一読を。


行成薫さん最新作『ジンが願いをかなえてくれない』

『ジンが願いをかなえてくれない』(行成薫) 光文社
 発売:2024年05月22日 価格:1,870円(税込)

著者プロフィール

行成薫(ユキナリ・カオル)

1979年、宮城県出身。2012年に「マチルダ」で「第25回小説すばる新人賞」を受賞し、改題のうえ2013年に『名も無き世界のエンドロール』でデビュー。2021年に同作が映画化された際は、後日談となるWebドラマ『Re:名も無き世界のエンドロール 〜Half a year later〜』の原案も担当している。同じく2021年には『本日のメニューは。』で「第2回宮崎本大賞」を受賞。その他の著書に『怪盗インビジブル』『ストロング・スタイル』『KILLTASK』『彩無き世界のノスタルジア』『稲荷町グルメロード』『同 Summer has come』『明日、世界がこのままだったら』、近著に『小説ブルーピリオド あの日の僕ら』『できたてごはんを君に。 本日のメニューは。』などがある。

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