この1年ほどでようやく日常を取り戻しつつあるとはいえ、新型コロナウイルスのパンデミックの記憶が薄れるのはまだまだ遠い先のことでしょう。

緊急事態宣言から度重なる行動制限は、ふだん賑わう商業地域や繁華街だけでなく、通勤・通学にも及んで、日中の街からも人影が消えました。東京に住んでいる人ならば、いつもは平日も土日も関係なく混み合うはずの山手線のガラガラっぷりが印象に残っているかもしれません。もしあのまま事態が進んで、人々が都市を捨てざるを得なかったら? 無人の東京に乗客のいない山手線が残されたら?

――だったら山手線を、巨大な加速器にしちゃおう!

発売されたばかりの松崎有理さんの新刊『山手線が転生して加速器になりました。』はまさにタイトル通り、人気の消えた東京で、荷電粒子を電磁力で加速させる科学実験装置に生まれ変わった山手線とそれを巡る人々を描いた連作短編集です。

奇想天外なアイデアで本書をまとめ上げた松崎さんにお話を伺ってみました。

「もし、徹底的に密を避けるため全世界で都市を放棄したらどうなるか」が本書の大前提です

――今回の『山手線が転生して加速器になりました。』について、これから読む方へ、どのような作品かをお教えいただけますでしょうか。

2020年、世界を未曽有のパンデミックが襲う。

人類は、密を避けるため都市を捨てる選択をした。

「東京が無人に? じゃあ、山手線を加速器にしちゃおう」 (注・加速器とは、巨大なリング状の科学実験施設です)

それから10年が経過した近未来、フルリモートで生きる人類を描く連作短編集。

ありえたかもしれない、もうひとつのポストコロナ。

【目次】
1 山手線が転生して加速器になりました。
2 未来人観光客がいっこうにやってこない50の理由
3 不可能旅行社の冒険――けっして行けない場所へ、お連れします
4 山手線が加速器に転生して一年がすぎました。(表題作続編)
5 ひとりぼっちの都会人
6 みんな、どこにいるんだ
総論 経済学者の目からみた人類史
付録 作中年表

「山手線を円形加速器にしてしまおう」というあきれんばかりのバカアイデアを発端とした連作短編集です。

加速器とは宇宙や物質の謎を解くための超巨大実験施設ですが、身構えるほど小難しいものではありませんので安心して読んでください。

本書ぜんたいの世界観としては、いまだ記憶にあたらしいコロナ下のリモート推奨があります。「もし、徹底的に密を避けるため全世界で都市を放棄したらどうなるか」が本書の大前提です。よって山手線も公共交通機関の役割を終えて実験施設に転用されたのです。

――この作品が生まれたのはどんなきっかけだったのでしょうか。

かけはなれたものを結びつけてあっと驚くアイデアを作り出すのが好きです。

今回の「山手線」と「加速器」は、かたや公共交通機関、かたや巨大実験施設とまったく異質だけれど、じつはどちらも環状じゃないか、と気づいたのがきっかけでした。

おもしろいものを求めている方どなたにでも読んでいただきたいです

――ご執筆にあたって、苦労されたことや、当初の構想から変わった部分など、なにかエピソードがありましたらお聞かせください。

本書は雑誌『小説宝石』に不定期連載していた連作短編に加筆修正し、書き下ろしを加えてまとめたものです。

執筆中に迷ったり筆がとまったりはいつものことで、乗り越えるノウハウもすでに確立しているのでさほど気になりませんでした。

いちばん苦労したのは、いざ本にするとき販売部門の意向で締切が二度も繰り上げられたことです。加えて夏風邪も発症したため、ほぼ一ヶ月のあいだ自宅に閉じこもってひたすら仕事だけしていました。そうですセルフ缶詰です。39度の熱があってもゲラ作業ができるとわかったのは新たな発見でした。

――本作は、特にどのような方にオススメの作品でしょうか? 読みどころなども含めて教えてください。

おもしろいものを求めている方どなたにでも読んでいただきたいです。

目次をみてお好きなところからどうぞ、といいたいところですが、作品の配列順も考え抜いておりますのでさいしょから順番に読んだほうがより楽しめると思います。

巻末には作品世界の解説となる「経済学者の目からみた人類史」と「作中年表」をつけました。合わせて読むと理解が深まるはずです。

――小説を書くうえで、ご自身にとっていちばん大切にしていることや拘っていることをお教えください。

わたしが書いているのはエンタメ小説なので、「おもしろいかどうか」をいちばん大切にしています。次点が「これは新しいか、いままでだれもやっていないか」です。

――最後に読者に向けて、メッセージをお願いします。

本書を気に入ってくださった方へ。

拙著のなかでは『5まで数える』『イヴの末裔たちの明日』『シュレーディンガーの少女』が似た傾向の短編集です。

また、アンソロジー『プロジェクト:シャーロック』に収録されている「惑星Xの憂鬱」も、あきれるほどのバカアイデア短編です。

以上、本書と合わせてお楽しみいただけましたら幸甚です。

Q:最近、嬉しかったこと、と言えばなんでしょうか?

国立国会図書館喫茶室のホットケーキが自分好みの味だと気づいたことでしょうか。いつでも焼きたてで、端っこかりかりで、ほんもののバターとシロップがついてきます。小さめのものが二枚なのでおやつとしてちょうどいい量なのも魅力。

Q:ご自身はどんな小説家だと思われますか?

徹頭徹尾、骨の髄からエンタメ作家だと思っています。おもしろさ至上主義です。

Q:おすすめの本を教えてください!

いっぱいありますががんばって三冊にしぼりました。いずれも、何度もくりかえして読んでいる本ばかりです。

『はだかの太陽』フィクション枠。敬愛する作家アイザック・アシモフの作品群から、今回ナニヨモ読者のために一冊を選ぶとすればこれ。フルリモート型文明を描いた傑作です。

『数術師伝説』ノンフィクション枠。プロの数学者が書いた、数学の楽しさがたっぷり詰まった良書。数学はわからなくてもいい、とはっきり主張してくださっているので苦手な方でも気楽に読めますよ。

『どくとるマンボウ昆虫記』エッセイ枠。大学の先輩でもある北杜夫さんの本はどれもすばらしいのですけど、とくに本書は、カバーがとれるまで読みました。軽い読み口なのに文体のなんとうつくしいことか。あと何年研鑽してもこのレベルに到達できる気がしません。

■『はだかの太陽』アイザック・アシモフ(早川書房)

■『数術師伝説』木村俊一(平凡社)

■『どくとるマンボウ昆虫記』北杜夫(新潮社)


松崎有理さん最新作『山手線が転生して加速器になりました。』

『山手線が転生して加速器になりました。』(松崎有理) 光文社
 発売:2024年08月07日 価格:858円(税込)

著者プロフィール

松崎有理(マツザキ・ユウリ)

1972年、茨城県生まれ。2008年に松崎祐名義で応募した長編小説「イデアル」が「第20回日本ファンタジーノベル大賞」最終候補作となったのち、2010年に短編「あがり」が「第1回創元SF短編賞」を受賞し、筆名を松崎有理と改めデビュー。同作を表題とした作品集も2011年に刊行されている。その他の著書に『代書屋ミクラ』『洞窟で待っていた』『噓つき就職相談員とヘンクツ理系女子』(単行本時タイトル『就職相談員蛇足軒の生活と意見』)、『代書屋ミクラ すごろく巡礼』『5まで数える』『架空論文投稿計画 あらゆる意味ででっちあげられた数章』『イヴの末裔たちの明日 松崎有理短編集』『シュレーディンガーの少女』があるほか、SFジャンルのアンソロジーにも多数参加している。

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