さまざまな個性を持った魅力的な登場人物たちと起伏に富んだストーリー――豊かな発想で描かれ、そのエンタテインメント性の高さで人気を集めている「キャラクター文芸」。
今回ご紹介する『あやし神解き縁起』は、そんなエンタメ小説の最先端を発掘する文芸コンテスト「第7回角川文庫キャラクター小説大賞」で奨励賞に輝いた作品です。
平安貴族にして政治家、学者として有名な菅原道真。没後、天神となった道真が、思わぬ形で人と鬼の間に生まれた「半鬼」の赤ん坊を託され、子育てに奮戦することに――というユニークな設定から生まれた物語は、成長した義理の息子である行夜への過干渉気味の道真のパパっぷりや、それを疎みつつも義父を慕う行夜との間に生まれた親子の絆、さらには平安の世を騒がせる怪異事件を描くあやかしファンタジーとしての妖しい世界観など、読みどころ満載の作品となっています。
大胆なアイデアで「学問の神様」の新たな姿を描いた著者・有田くもいさんにお話を伺ってみました。
これまで書いたことのない時代や舞台の話を書こうと思った
――今回の『あやし神解き縁起』について、これから読む方へ、内容をお教えいただけますでしょうか。
天神様こと菅原道真と、とある経緯でその義子となった半人半鬼の行夜という少年が、京で正体不明の怨霊を追い、その正体を解き明かしていく、というのが話の大筋です。
主人公である行夜の成長物語であり、また親と子の情愛と絆の物語でもあります。
――この作品が生まれたきっかけを教えていただけますでしょうか。
はじまりは、これまで書いたことのない時代や舞台の話を書こうと思ったことです。
元々、歴史小説が好きで、戦国や江戸時代の話を書いていたのですが、平安時代には苦手意識があり、ずっと避けていました。どうせ新しいことをやるなら、苦手なものに挑戦したいと思い、平安時代を舞台にすることにしました。
そこから、平安時代をやるなら書いてみたかった菅原道真を出そう、菅原道真は子だくさんかつ子煩悩だったらしい、それなら神様になってから子育てをする菅原道真を書いてみようという流れで今作に行き着きました。
頭の中身をちゃんと書かないと読者に伝わらない
――今回の作品のご執筆、また受賞から書籍化にあたっての改稿などで、苦労されたことや、当初の構想から変わった部分など、制作時のエピソードをお聞かせください。
苦労というと、真っ先に思いつくのが藤原時平です。
私の中では主要キャラのひとりだったんですが、その考えを上手くアウトプットきていなかったせいで担当さんになかなか必要性を認めてもらえませんでした。改稿のたびに存在を削られそうになるので戦々恐々でしたが、〈諦めません、鵺と時平〉をスローガンに頑張った結果、登場人物紹介にも入れてもらえるまでに成長させることができました。ちなみに、初期の構想から一番キャラ変したのが安倍晴明で、その激変ぶりをふり返るといまでも笑ってしまいます。
改稿を通して痛感したのは頭の中身をちゃんと書かないと読者に伝わらないということです。
当たり前過ぎることですが、過不足なくやろうと思うとなかなか難しいもので。改めて、自分は情報の取捨選択が下手だと思い知りました。もっと精進していきたいです。
――どのような方にオススメの作品でしょうか? また、本作の読みどころも教えてください。
やはり、陰陽師、怨霊、物の怪、異能バトルといった要素が好きな方にオススメしたいです。
また、この話では、神社の絵巻物などに出てくる〈菅原道真の祟り〉は、道真が起こしたものではないとしています。では、どうして〈祟り〉は起きたのか? 物語の根幹である謎を、行夜や道真と一緒に追ってもらいたいです。
とても頭が良くて、神様にまでなってしまった道真ですが、根っこは元のまま、普通の人間として笑ったり泣いたりしながら生きている、ということが書きたかったテーマのひとつです。なので、道真に親しみを感じてもらえたら嬉しいです。
本を読む時の、こことは違う世界の扉が開くという感覚が大好きです
――小説を書くうえで、いちばん大切にされていることをお教えください。
どれだけ大変で、無様に右往左往しても、必ず〈了〉の文字にたどり着きたい話を書く、でしょうか。
情けない話ですが、そもそもが怠け者なため、まず自分自身が結末を知りたいと思えないと最後まで頑張れないので。
――最後に読者に向けて、メッセージをお願いします。
本を読む時の、こことは違う世界の扉が開くという感覚が大好きです。
私が誰かの小説でそうなるように、私の小説で誰かをひととき違う世界につれて行けたなら、と願っております。
Q:最近、嬉しかったこと、と言えばなんでしょうか?
少し前ですが、宝塚大劇場の最前列席が当たったことです。すべてがまぶしくて、呼吸を忘れました。
Q:これからどのような小説家になりたいとお考えですか?
とにかく方向感覚と要領が悪くて、書いている間は延々道に迷います。叶うものなら、スマートに地図の読める小説家になりたいです。
Q:おすすめの本を教えてください!
『赤ひげ診療譚』山本周五郎(新潮社)
人間という生きものについて、とことん考えさせられて辛いのに何度も読み返してしまいます。こんな話が書けたならという、私の憧れが詰まった金字塔です。
『家守綺譚』梨木香歩(新潮社)
読む度に、世界観!と叫んでしまいます。植物の名前の章タイトルを眺めるだけで身悶えしてしまうほど、この物語が醸す雰囲気が好きです。
『儚い羊たちの祝宴』米沢穂信(新潮社)
あまりの完成度に、なんかもうズルい!とお門違いな憤慨に駆られます。何もしなくていいのに、どうしたらいいのかわからなくなる。そんな一冊です。
有田くもいさんデビュー作『あやし神解き縁起』
発売:2022年09月21日 価格:726円(税込)
著者プロフィール
有田くもい(アリタ・クモイ)
兵庫県出身。2021年、「第7回角川文庫キャラクター小説大賞」奨励賞を受賞、受賞作を改稿・改題した『あやし神解き縁起』でデビュー。