学生時代、塾に通った経験を持つ人は少なくないでしょう。
小・中学生や高校生の学びの場として学習塾がポピュラーな存在となったのは1970年代ごろからでしょうか。やがて大学進学率の上昇を受けて、学校教育の補足的な学習から、より進学を意識したカリキュラムを提供する進学塾が人気を集め、現代では塾に通うということは特別なことではなくなりました。
塾が「勉学の場」であることはもちろんですが、学校という枠から離れて同年代の学生たちが集まるコミュニティでもあります。そこで築かれる人間関係があり、そこで耳目を集めている話題もあるのです。
たとえば、今回ご紹介する『その塾講師、正体不明』の舞台、個別指導塾「一番星学院桜台校」で生徒たちの興味を惹いているのは、謎めく講師・不破勇吾。気さくな学生バイト中心の講師陣のなかで、前職不明の社会人で、冷たく恐ろしい雰囲気の不破は嫌でも注目の的。ましてや、いま塾の内外ではトラブルも起きていて……。
ご自身の経験を基に、塾を舞台とした異色のミステリーを発売したばかりの貴戸湊太さんにお話を伺ってみました。
実は私自身が、現役の個別指導塾講師です。塾講師をしてきた中で得た知見や実体験を作品に組み込みました
――今回の『その塾講師、正体不明』について、これから読む方へ、どのような作品かをお教えいただけますでしょうか。
本作は、個別指導塾を舞台にした本格ミステリーの連作短編集です。塾の近辺で発生している連続通り魔事件を巡る、人の死なない「日常の謎」が2話、「殺人事件」が1話収録されている3話構成です。そして、正体不明の塾講師が何者なのかを巡る物語でもあります。これらが絡み合って生じる本格的な謎解きの妙こそが、本作の主題です。また、個別指導塾という、よく聞くけど実は知らない世界を垣間見ることができる一作にもなっています。
――この作品が生まれたのはどんなきっかけだったのでしょうか。
実は私自身が、現役の個別指導塾講師です。いつかこの経験を活かした作品を書きたいと考えていたところ、今回お声掛けくださった角川春樹事務所の編集者さんが「だったら書いてみましょう」と仰ってくださいました。ですので、塾講師をしてきた中で得た知見や実体験を作品に組み込みました(もちろん生徒や講師の個人情報は書けませんが……)。そういった経緯から誕生したのが本作です。
――ご執筆にあたって、苦労されたことや、当初の構想から変わった部分など、なにかエピソードがありましたらお聞かせください。
本作で私は、3人称視点に挑戦しました。これは、「私は~」と主人公視点で描く1人称視点とは違い、「彼は~」「彼女は~」といったように神の視点から見た描写方法です。私はこれまでほとんど1人称で書いてきたので、3人称に替えて大変苦労しました。しかし、3人称は視点の切り替えが容易です。本作は中学生女子の塾生と、謎の塾講師の2人の視点を行き来するので、3人称は必須でした。最終的には上手くまとまり、ホッとしたのを覚えています。
サクッと読めて、それでも「ミステリーをがっつり読んだ~」と感じていただけること請け合いです
――本作は、特にどのような方にオススメの作品でしょうか? 読みどころなども含めて教えてください。
本作は、サクサク読めて、でも深い謎解きも欲しい! という方にオススメです。本作は240ページ程度という手軽なボリュームで、文体も読みやすくなるよう工夫しています。あっという間に読めるかと思います。しかし、それでいてミステリー部分は本格的な作りにしましたので、謎解きの満足度は大きいはずです。サクッと読めて、それでも「ミステリーをがっつり読んだ~」と感じていただけること請け合いです。
――小説を書くうえで、ご自身にとっていちばん大切にしていることや拘っていることをお教えください。
本格ミステリーを書く、ということをいちばん大切にしています。きちんと伏線が張ってあって、それらを全て拾えば読者にも謎が解ける。そんな本格ミステリーのフェアさに魅せられた者としては、自分の作品でもそのフェアプレイに徹するのは当然です。ぜひとも謎解きの本格的な部分にも目を向けていただけると嬉しいです。
――最後に読者に向けて、メッセージをお願いします。
読者の皆様、本作は私の実体験を反映して作り上げた個別指導塾×本格ミステリーです。ぜひお読みいただき、私が込めた思いを感じ取っていただければと思います。また、本作は私にとって初のデビュー版元以外からの出版になります。お声掛けくださった角川春樹事務所さまとは長いお付き合いをしたいと思い、頑張りました。その努力の結果、どのような作品が出来たのか。ぜひとも皆様の目で確かめてください。
Q:最近、嬉しかったこと、と言えばなんでしょうか?
やはり、この作品の刊行告知をすることができたことです。私はSNSで作家業に関する告知をしているのですが、刊行が決まったとお知らせすると、多くの方から「おめでとう」というお言葉をいただきました。こういった応援は嬉しく、励みになるものです。もちろん、リアルでの知り合いの方からのお言葉も大変嬉しいです。多くの方に支えられているのだな、と実感できます。
Q:ご自身はどんな小説家だと思われますか?
真面目な小説家だと思っています。編集者さんからの指摘を、一つたりとも疎かにせず全身全霊で対応していく姿は真面目そのものかと感じます。「このぐらいでいいか」という適当なことは決してできません。お陰様で作品は修正するたびに良いものになっていきます。子供の頃から真面目だ真面目だとよく言われてきましたが、その性格が今になって活きているように思えます。
Q:おすすめの本を教えてください!
■『夜想』貫井徳郎(文藝春秋)
私の人生ベスト本です。ミステリーよりもサスペンス寄りの作品。貫井徳郎先生お得意のダークな世界観と、硬いのにスッと読める文章に魅せられること間違いなしです。そしてラストが素晴らしいんです。
『十角館の殺人』綾辻行人(講談社)
言わずと知れた、本格ミステリーの金字塔です。「あの一行」で誰もが衝撃を受ける大傑作。ミステリーを語るなら絶対に外せない作品です。本作から始まる「館シリーズ」はどれも傑作です。
■『すべてがFになる』森博嗣(講談社)
理系ミステリーの大傑作です。壮絶なトリックも魅力的ですが、世界観やキャラクターが唯一無二の魅力を放っています。作品の世界から抜け出せなくなるほどハマることを保証します。
貴戸湊太さん最新作『その塾講師、正体不明』
発売:2024年12月13日 価格:748円(税込)
著者プロフィール
貴戸湊太(キド・ソウタ)
1989年、兵庫県生まれ。2019年に「ユリコは一人だけになった」で「第18回『このミステリーがすごい!』大賞」U-NEXT・カンテレ賞を受賞し、改題のうえ『そして、ユリコは一人になった』で2020年にデビュー。連続ドラマ化された同作のほか、著作に『認知心理検察官の捜査ファイル 検事執務室には嘘発見器が住んでいる』『認知心理検察官の捜査ファイル 名前のない被疑者』、また『3分で読める! 人を殺してしまった話』(「名探偵現る」収録)など多数のアンソロジーにも参加している。