同じ人の話をしているのに、誰かが語る「その人」は自分の知っている「あの人」とはなんだか少し違うような気がする。――そんな経験をしたことはありませんか?
大まかな共通認識はあっても、立場や関係性によって見せてくれる顔が違ったり、こちらの受け取り方も変わってきます。その結果、たったひとりしかいないはずのその人は、接した人の数だけ存在することになるのです。
片島麦子さんが発表したばかりの最新作『未知生さん』は、多くの人の言葉で語られる「羽野未知生」というひとりの人物の物語です。
不慮の事故で亡くなった未知生。遺された人々が、それぞれの言葉で彼を語ります。彼は果たしてどんな人物だったのか。そして未知生と関わったそれぞれの「私」が彼からどんな影響を受けたのか。それを読み進めることで、やがて読者の中で未知生が形を成していく。そんなユニークな構成の新作について片島さんにお話を伺いました。
ある意味偏ったいろんな言葉を集めて、語られる人物を立体的に浮かびあがらせることができるか、それがその人物のすべてと云えるのか
――今回の『未知生さん』について、これから読む方へ、どのような物語かをお教えいただけますでしょうか。
羽野未知生という人物が41歳の若さで突然亡くなることから物語がはじまります。
未知生と関わりのある立場の違う7人の視点でエピソードが語られていく連作短編ですが、各話の主人公たちはそれぞれになにか満たされないものを抱えた人たちでもあります。彼らにとって未知生とはどういう人だったのか、未知生と関わったことで彼らのこのさきがどう変わっていくのか……というお話です。
――この作品が生まれたきっかけを教えていただけますでしょうか。
いつか「ひとりの人物について複数人が語る」形式の物語を書いてみたいという思いがあり、編集者さんとの話の中でそれが膨らんでいった感じです。
人が自分以外の誰かを語るとき、主観というか、その人が相手に抱いているイメージを中心に語られがちだと思います。そういうある意味偏ったいろんな言葉を集めて、語られる人物を立体的に浮かびあがらせることができるかどうか、またできたとして、それがその人物のすべてと云えるのか、そんなことを書いてみたかったんです。
各話の主人公たちのエピソードをしっかり書くことで、その向こうに透けて見える羽野未知生という人物の多面性を印象的に描くことができた
――ご執筆にあたって、苦労されたことや、当初の構想から変わった部分など、なにかエピソードがありましたらお聞かせください。
はじめは「いい人」はほんとうに「いい人」か? みたいなコンセプトでプロットをつくっていきました。ひとくちに「いい人」と云っても解釈はいろいろで、たとえば、やさしい人、都合のいい人、性格のいい人、どうでもいい人……など。結果的にその部分は残したものの、未知生本人にフォーカスするのではなく、各話の主人公(語り手)たちのエピソードをしっかり書くことで、その向こうに透けて見える羽野未知生という人物の多面性を印象的に描くことができたように思います。
――本作は、特にどのような方にオススメの作品でしょうか? 読みどころなども含めて教えてください。
視点人物がばらばらで語られる未知生の年代もいろいろなので、年齢性別問わずたのしんでいただけるのではないかと思います。
作中、羽野未知生について謎の部分もあり、彼はいったい何者だったのか、あなたにとっての未知生像を思い浮かべながら読んでいただけるとうれしいです。
とるに足らないようなもの、忘れていたようなささいな言葉が案外、人を動かしているのではないでしょうか
――小説を書くうえで、いちばん大切にされていることをお教えください。
あたたかい目とつめたい目の両方で見ること。作品によって表現する比率は違いますが、どちらか一方だけで書かないようにはしています。
もうひとつは、読み手を信じること。つい説明的に書きすぎるところがあるので、基本的には足し算ではなく引き算で削って、あとは読者にゆだねるようにしています。
――最後に読者に向けて、メッセージをお願いします。
『未知生さん』には大きな事件も、殊更ドラマチックな展開もないかもしれません。だけど、とるに足らないようなもの、忘れていたようなささいな言葉が案外、人を動かしているのではないでしょうか。未知生と関わった人たちに残ったもの、彼らが選んだ未来もそういう結果としてあるものだと思っています。彼らと一緒にその物語を見届けていただけたら幸いです。
現在、双葉社文芸総合サイト「COLORFUL」にて、『未知生さん』の本文の一話分を無料で試し読み公開中です! 是非ご覧になってみてください!!
Q:最近、嬉しかったこと、と言えばなんでしょうか?
もちろん、本が出ることです。
それと、壊れていた車のクーラーが直って、汗だくで乗らなくてもよくなったこと。今はすずしい車内で好きな音楽をかけながら移動できるので、ごきげんです。
Q:ご自身は、どんな小説家だと思われますか?
むずかしいですが、ジャンルにこだわらない小説家、ですかね。昔からジャンル分けしにくくて売りにくい、とよく云われるのですが、自分の中から出てきたストーリーや登場人物にとって一番いい形ってあると思うんです。それをジャンルを気にせず、これからも書いていきたいな、と。
Q:おすすめの本を教えてください!
■『密やかな結晶』小川洋子(講談社)
“不穏でうつくしい消滅の物語”
■『永遠も半ばを過ぎて』中島らも(文藝春秋)
“登場人物がみんな愛おしい”
■『楽しい夜』岸本佐知子 編・訳(講談社)
“へんてこ好きにはたまらない短編集”
片島麦子さん最新作『未知生さん』
発売:2023年07月26日 価格:1,815円(税込)
著者プロフィール
片島麦子(カタシマ・ムギコ)
1972年、広島県生まれ。2013年に『中指の魔法』(講談社)でデビュー。その他の著書に『銀杏アパート』『想いであずかり処にじや質店』(ともにポプラ社)、『レースの村』(書肆侃侃房)がある。