日本の伝統である「武道」は、身体を鍛えるスポーツ競技であると同時に、道徳心を養い礼節を身につけ、心の成長を促すことも目的としています。柔道、剣道、空手道、合気道――数ある武道の中でも、抑制された所作から放った矢で的を穿つ弓道は、その静謐なイメージから人気の高い競技ではないでしょうか。今回ご紹介する佑佳さんの『28メートル先のキミへ』は、その弓道をモチーフとした作品です。

打ち込めるなにかを見つけられず、やる気の出ない高校生活を送っていた佐々井青磁(ささいせいじ)は、友人の応援で訪れた弓道大会で、選手として出場するひとりの少女に目を奪われます。彼女の放った矢が的を射抜いたとき、青磁の心もまた射抜かれたのでした。その彼女――永澤椎乃(ながさわしいの)には大きな秘密があることをまだ知らないまま……。

弓道少女に向けられた、迷える少年の不器用な恋心を描いた最新作を発売したばかりの佑佳さんに、お話を伺いました。

『いつか』と思っているものが丁度ふたつ見つかってしまいました。ということで、組み合わせてみるか! と

――今回の『28メートル先のキミへ』について、これから読む方へ、どのような作品かをお教えいただけますでしょうか。

夢中になれるものが何にもない自分に引け目を感じている高校一年生の青磁くんが、高校からの友人の弓道の試合を見に行き、ピンと張り詰めた椎乃ちゃんと弓道に胸を射抜かれたところから始まります。

たとえとても手が届かないと思うものでも、真摯にまっすぐ向き合えば叶うかもよ? という気持ちを込めました。「叶うよ」とは敢えて申しません。重要なのはいつだって『叶えようとする心意気』だと、ワタシは青磁くんや椎乃ちゃんからこの物語を紡ぐ中で教わりました。ぜひそれを読みながら感じ、浸っていただけたらなと思います。

余談かもしれませんが、本作のテーマカラーを作中に散らしてきました。その色の意味は『高い理想への献身』や『ショックとトラウマ』です。あてはまるところはどこでしょう。

――この作品が生まれたのはどんなきっかけだったのでしょうか。

もともとワタシが高校一年生の頃に書いた小説の主人公が『青磁くんと椎乃ちゃん』でして。読み返すのが厳しいくらい拙いと感じるようになってしまいましたが、「初めて完結させられた」というのは創作活動に於いてとんでもなく特別な出来事なので「いつかあの二人をどうにかしたい」と長らく引っかかってはいたのです。

加えて、いつか恩を返したいと考えていた芸事のひとつが弓道でした。携わった年月は浅めですが、本当に背筋がぞわぞわっとするような瞬間が弓道には多くあるので、ワタシなりの描写で弓道へ恩を返したかったのです。

で、『いつか』と思っているものが丁度ふたつ見つかってしまいました。ということで、組み合わせてみるか! と当作品へ昇華した次第です。

――ご執筆にあたって、苦労されたことや、当初の構想から変わった部分など、なにかエピソードがありましたらお聞かせください。

経験アリとはいえ、弓道にまつわる専門用語の誤用や漢字の充て方にはかなりピリピリと神経を尖らせて表記いたしました。なので、読者さまの中に弓道警察の方がいらしたら、どうか生暖かくお見守りくださいとひたいを地面にくっつけたいです。(笑)

加えて、極論かもしれませんが、ひらがなさえ読めれば読み進められるようにルビにもたいそう気を配りました。専門用語も多発しますし「漢字の読み方でつまずいて集中が削がれた」ということがないようにするためもあります。

あと、書籍になるにあたり、実は新キャストをひとり仲間入りさせています! とても雰囲気のよい方なので、すべての読者さまに楽しみにしていてほしいです。

どんなにマイナスなことでも「いつかどこかで小説の題材や感情描写になるかも」と、小説家として前を向き続けています

――本作は、特にどのような方にオススメの作品でしょうか? 読みどころなども含めて教えてください。

永らく考えているのですが『出逢い、手に取り、ページを捲ってくださったすべての皆さまが対象』だと思いながら紡いでいます。

読む気になったタイミングが、あなたにとってこの物語が必要だった頃合いです……というのが佑佳作品を楽しんでいただける一番のオススメのタイミングですね。

心構えという点で敢えて挙げますと、「学生さんが朝読書の時間に読んで丁度いい作風だ」と、みずから言っちゃいます!(笑)

初稿時から構築していた『クスッと笑えてたまーにバカ真面目』という作品の雰囲気を絶対に崩したくはなかったので、ストーリーの中心に据えた重ための柱すらポップで爽やかにデコれてしまった感覚です。読むときは、キャストの誰にご自身を重ねても楽しんでいただけるはずです。

――小説を書くうえで、ご自身にとっていちばん大切にしていることや拘っていることをお教えください。

生きている間のどんな些細なことも作品の一部になりうると考えて創作活動をし続けてきました。プラスなことはもちろん、どんなにマイナスなことでも「いつかどこかで小説の題材や感情描写になるかも」と、小説家として前を向き続けています。

そして、作品の登場人物たちを、単にキャラクターではなく『キャスト』として扱うことです。これは佑佳にとってもっとも重要でして。

もしかしたら今日道ですれ違うかもしれない、もしかしたら明日の電車やバスで居合わせるかもしれない。そういう人物たちを求めて、いつでも会話すら成り立つような『キャストたち』に物語を作ってもらうイメージを常に大切にしています。なので、佑佳は自作品のキャストたちのことが心の底から大好きでたまらないのです。(笑)

――最後に読者に向けて、メッセージをお願いします。

どうも、佑佳です。本作を気に留めてくださったからこの記事を読んでくださってるのかなと思います。心から感謝申し上げます。

初見の方はもちろん、「ラノベストリートで掲載されているときに読んだよ!」という方も、以前から佑佳をよく知ってらっしゃる方も、満遍なく楽しんでいただける一作に仕上がったと思っております。

以前出版させていただいた作品たちをざっくりと申しますと、それぞれ『切ない初恋』と『涙必至の家族愛』でした。

しかし今作はそれらよりもいくらかライトで、どちらかといえば明るさや熱血さが際立つ作品です。なので、遠慮なく青磁くんやワタシと一緒にフフッとなったり悶えたりしましょう。そして、読後にはぜひ好きなキャストを教えてください。大丈夫、佑佳もそのキャストのことが大好きで大好きでたまりませんから。

Q:最近、嬉しかったこと、と言えばなんでしょうか?

くくり的に『最近』でもないかもしれませんが、長年親交のある絵師・杉村さまに当作の表紙も描いていただけたことですね!

いまのところ佑佳の著作三作品のすべてを杉村さまに描いていただけました。見た目の統一感もありますし、なによりワタシの完成イメージをはるかに超えてくる仕上がりで描いてくださるので、ありがたい以外のなにものでもありません。

そして、杉村さまの起用を快諾くださった編集部の方々にも感謝しています。表紙会議時のワタシは、推し絵師をプレゼンする厄介オタクのそれでしたが、無事布教できてよかったという気持ちで落ち着きましたね。(笑)

杉村さまの描いてくださった美麗な椎乃ちゃんを目印に、佑佳というかけだしの小説家を知ってくださる方がおひとりでも増えたらいいなー、とわくわくしています。

Q:ご自身はどんな小説家だと思われますか?

自作品のキャストたちのことが大好きすぎる舞台監督兼プロデューサーですね。

これまでにも何度も出していましたが、ワタシは作中登場人物たちを全員もれなく『キャスト』と考えています。みんなそれぞれ作品外の生活もあるというか、作品はキャストの人生の一部を切り取ってみたというか。

たとえば今回でしたら「青磁くんの背後に貼りついた佑佳が、ずーっと彼の恋愛模様をニヤニヤ見つつその様子を書き記していた」状態に近いのです。三人称の作品ですと「カーット! 今のアドリブめちゃくちゃよかったよ!」みたいな声を飛ばす監督気分で書き進めたりしますね。そういう感覚を、小説を書き始めた頃からずーっと大事にしています。

 『28メートル先のキミへ』のキャストはみんな義理人情に厚いコたちだったので「打ち上げやるからみんなでカラオケに行こうぜ!」と肩を組みたいです。……そしてきっとそのカラオケは佑佳の奢りです。

Q:おすすめの本を教えてください!

■『1orW』高橋留美子(小学館)

高橋留美子先生の作品がどれも大好きなのです。ご病気や低迷に負けず「好きだから描く」という信念に、ワタシは人生のほとんどで心酔しています。

語りだしたら止まらないので、一番好きな短編集を推します。本当は作品の新旧かかわらず全部好きで全部が学びです。

『ラブコメ』松久淳、田中渉(小学館)

小説でこんな表現してもいいんだ! と目から鱗を体験した作品です。読むたびにワタシの凝り固まった常識をぶち壊してくれるので、両先生の自由な表現方法をいつも目指しています。そもそも松久淳先生と田中渉先生の合同名義作品は作者買いをするくらい好きで、どれも表紙の色が変わるくらい読み込みました。

これとは別の作品ですが、アメリカへ短期留学したときに敢えて連れて行き、西海岸の風を感じながら読むことでその作品に没頭した経験もあります。

■『色の名前辞典』福田邦夫(主婦の友社)

いつだってこの一冊に助けられ、励まされ、夢をみさせていただいております。この一冊に出逢わなければ書けなかったであろうお話がいくつあることか。

今回の主人公・青磁くんも、この一冊に出逢ったからこそ生まれたお名前かつキャスト人物像でした。かつては学校に連れて行ってましたね。

(編集部注・写真は2023年に刊行された最新版です)

加えて、

『なつ色のふみ』
『薄紅色コスモスの花束』

自分の作品が好きすぎて……どうしてもオススメしたくて……でも厚かましいかなと思いながらもどうしても挙げたくて……。(笑)


佑佳さん最新作『28メートル先のキミへ』

『28メートル先のキミへ』(佑佳) ステキブックス
 発売:2025年05月08日 価格:1,760円(税込)

著者プロフィール

佑佳(ユウカ)

北海道在住。本作で「第一回ラノベストリート大賞」大賞を受賞。これまでの著書に『なつ色のふみ』『薄紅色コスモスの花束』がある。

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