骨董、アンティーク、古道具……希少な美術品や宝飾から、工芸品、玩具、実際に生活の中で使われた日用品まで、古くから伝わる品々に価値を見出し、それらを資産として収集したり、身の回りに置いて愛でる人はたくさんいますよね? でも、古物商「阿弥陀堂」を訪れる客の目的は、どうやらそれらとはちょっと違うようで――?
発売されたばかりの、阿泉来堂さんの新刊『死人の口入れ屋』は、幽霊のとりついた曰くある品を取り揃えた阿弥陀堂と、その幽霊の力を求めて集まる腹に一物を抱えた客たちを描いたホラーミステリの連作短編集です。
あなたの身近にある「年代もの」がちょっと怖くなる? そんな新作を発表した阿泉さんにお話を伺いました。
誰に対しても媚びることなくずけずけとものを言う孤高のアンチヒーローを書きたかった
――今回の『死人の口入れ屋』について、これから読む方へ、どのような作品かをお教えいただけますでしょうか。
古物店「阿弥陀堂」は、死者の霊が取り憑いた物品、「忌物(いみもの)」を訪れる客に貸し出しています。店主である阿弥陀は年齢不詳かつ得体の知れない雰囲気の男性で、新人社員の久瀬宗子は彼に振り回されながら、霊を借りていった依頼人たちが、どのような顛末を迎えるのかを見届けます。
短編連作形式で全4話構成なので、気楽に作品世界に入り込んでいただけるかと思います。
――この作品が生まれたのはどんなきっかけだったのでしょうか。
この作品のアイデアは、実はデビューする前から温めていたものでした。デビュー作の『ナキメサマ』を執筆して賞に応募し、結果を待つ間に設定を考え、原型となるプロットを作成しました。その際、最初に浮かんだのが阿弥陀というキャラクターであり、霊を貸し出し、対価として法外な金銭を要求するという設定も、この阿弥陀のために考え出したと言っても過言ではありません。
モラルを欠いた非常識な性格で、とにかくお金儲けが大好き。そして誰に対しても媚びることなくずけずけとものを言う孤高のアンチヒーローを書きたかったので。
怖いのが苦手でホラーなんて読まないという方にこそ読んでもらいたい作品です
――ご執筆にあたって、苦労されたことや、当初の構想から変わった部分など、なにかエピソードがありましたらお聞かせください。
最初のプロットでは、阿弥陀が主人公というのは決まっていましたが、その周りの人物がはっきりと定まっていませんでした。
新人社員の久瀬宗子も、もう一人の従業員である宝生という女性社員も存在せず、阿弥陀一人が得体の知れない店を切り盛りしている設定だったのですが、流石にこれだと寂しいと感じ、阿弥陀が普段、店でどのように過ごしているのかを描きたかったこともあって登場人物を追加。結果的に、阿弥陀堂はその業務内容の割に和やかな雰囲気となり、宗子が抱える過去や舞台となる阿弥陀堂の背景が浮き上がってくることで、作品に厚みが出たように思います。
――本作は、特にどのような方にオススメの作品でしょうか? 読みどころなども含めて教えてください。
この作品には幽霊が登場しますが、一般的なホラー作品とは異なる読み口を目指して執筆しました。恐怖演出ばかりに注力するのではなく、登場人物たちそれぞれの抱える悩みや苦しみ、怒りといった本能的な感情を全面に出し、彼らが借りた幽霊をどのように利用するのか。その結果どのような結末に向かうのかというドラマ部分に力を入れています。
ホラー要素も併せて楽しんでいただければ何よりですが、怖いのが苦手でホラーなんて読まないという方にこそ読んでもらいたい作品です。
常に「これは本当に面白いのか?」と自分に問いかけながら書きます
――小説を書くうえで、いちばん大切にされていることをお教えください。
小説を書くときに何より最初に考えることは、自分が読んで面白いと思えるかどうかです。
自分の信じる面白さが必ずしも万人に受け入れられるとは限りませんが、そういう時こそ直感を信じて、常に「これは本当に面白いのか?」と自分に問いかけながら書きます。
執筆中はかなり精神的に追い詰められますが、自分が心から面白いと思える作品であれば、とにかく書くのが楽しく感じられます。そうやって納得のいく出来になるまで何度も書き直す。その積み重ねが大切なんだと思っています。
――最後に読者に向けて、メッセージをお願いします。
『死人の口入れ屋』は、これまでで一番手間と時間のかかった作品です。突飛な設定や面倒なキャラクターに振り回されて大変苦労しましたが、そのぶん完成した時の感動はひとしおでした。2024年一発目としては申し分のない作品となりましたので、ぜひご一読ください。
そして、近いうちにまた新たな作品のお知らせができると思いますので、そちらもお楽しみに!
Q:最近、嬉しかったこと、と言えばなんでしょうか?
角川ホラー文庫さんから刊行している『ぬばたまの黒女』が2年越しに重版されたことです。
デビュー2作目で、当時は初版止まりだったためかなり落ち込みましたが、こうして長い時間をかけて、多くの方に読んでもらえていることが実感できたし、個人的にはデビュー作よりも『物語としての完成度』は高い作品だと思っているので、とても嬉しかったです。
Q:ご自身は、どんな小説家だと思われますか?
これまで発表してきた作品を見返してみると、やはり「恐怖」を常に意識してしまう、生粋のホラー作家なのかなと思います。もちろんホラー以外にも好きなもの、興味のあるものはたくさんありますが、根っこの部分が恐怖の沼にどっぷり浸かっている。だから、どんな物語を書くにしても、まず恐怖を起点に考えてしまう。
人と人とのかかわりや他のジャンルをミックスしたりして、新しいものを作りたいと常々思っているのですが、ふとした拍子に血肉の滴る強烈な悪夢のような物語を思いっきり描きたくもなるんです。そういう時、やはり自分にはホラー作家としての血が色濃く流れている。本能か、あるいは魂がいつも「こわいもの」を求めているということを再確認させられますね。
Q:おすすめの本を教えてください!
■『退職刑事』都筑道夫(東京創元社)
気軽に読めて読後は唸る。短編ミステリの傑作だと思います。
意外な真相と、そこに秘められた人間の思惑がとにかく秀逸。
■『妖魔の森の家』ジョン・ディクスン・カー(東京創元社)
不気味×謎解き。表題作の真相はとにかく怖い。
本格ミステリでありながら、恐怖要素がしっかりと盛り込まれていて大好きな作品です。
■『ラヴクラフト全集』H・P・ラヴクラフト(東京創元社)
名状しがたい恐怖を味わいたいなら、迷わずこちらを。
終始一貫して気味の悪い世界観が描かれており、雰囲気は抜群。
圧倒的な恐怖を前にした人間がいかに矮小で無力な存在か。そういった「恐怖というものの基本概念」をこの作品から学びました。
阿泉来堂さん最新作『死人の口入れ屋』
発売:2024年02月06日 価格:836円(税込)
著者プロフィール
阿泉来堂(アズミ・ライドウ)
2020年に「第40回横溝正史ミステリ&ホラー大賞」読者賞を受賞した『ナキメサマ』でデビュー。その他の著書に『ぬばたまの黒女』『忌木のマジナイ 作家・那々木悠志郎、最初の事件』『贋物霊媒師 櫛備十三のうろんな除霊譚』『邪宗館の惨劇』、近著に『バベルの古書 猟奇犯罪プロファイル Book1 変身』『同 Book2 怪物』『贋物霊媒師2 彷徨う魂を求めて』がある。