いまこれを読んでいるあなたは、生まれ育った土地に暮らしているのでしょうか? それとも進学や就職、そのほかのきっかけで新たな土地に移り住み、そこに新たな「地元」を築いているのでしょうか?
「自分が知ってる地域が舞台のコンテンツがほしい」という思いを基に生まれたという『踊れ、かっぽれ』を発売したばかりの実石沙枝子さん。実石さんの地元である静岡のお祭りをモチーフにしたこの最新作は、地元を共有する者同士の間に育まれる連帯感を心地よく感じられる1冊です。「清水みなと祭り」で「かっぽれ」を踊るためだけに集められた高校生たちが、それぞれに抱える傷や想いを乗り越えて結束していく姿が爽やかに描かれています。
舞台となる静岡に縁はなくても、読んだ人それぞれが自分の地元や、そこで過ごした日々に思いを馳せることができる。そんな魅力に溢れた新作について実石さんにお話を伺いました。

ご当地小説だからローカル要素は必要だけど、あまりにもローカルすぎると他の地域の人が置いてけぼりになるので
――今回の『踊れ、かっぽれ』について、これから読む方へ、どのような作品かをお教えいただけますでしょうか。
地方都市(静岡市)に実在する夏祭り・清水みなと祭りで、複数の学校から集まった高校生たちが、だれよりもカッコよく「かっぽれ」を踊ろうと奮闘する青春小説です。
――この作品が生まれたのはどんなきっかけだったのでしょうか。
自分が知ってる地域が舞台のコンテンツがほしい、と思ったことです。このネタを最初にひらめいたのは新人賞に投稿しまくっていた2019年なんですが、その数年前から『ラブライブ! サンシャイン!!』が流行していて、県内のテレビでもときどき紹介されていました。『ラブライブ! サンシャイン!!』は沼津市が舞台で、静岡県生まれのわたしからすれば沼津市も広義の故郷です。ただ静岡県は横に広く、地域が変わると知識はかなり薄いし、地元感もありません。
わたしは静岡県の中部で生まれ育ったので、だったら中部が舞台のものを書いてみよう、と考えました。最初は無難に静岡の都市部を舞台にと思ったのですが、静岡(旧静岡市)よりも清水(旧清水市)の方がよくある地方都市の普遍性と独特の地域性のバランスがいいような気がしたんですよね。
ここから、清水で物語を作りやすそうなネタがなにかないか探して、小学生のときに友達に誘われて参加した清水みなと祭りを題材に決めました。
――出版にあたり、だいぶ改稿されたと聞きました。苦労されたことや、当初の構想から変わった部分など、なにかエピソードがありましたらお聞かせください。
苦労したのは「ローカルネタをいかにして商業化するか」です。『踊れ、かっぽれ』は2019年にプロトタイプを書き、2021年に新人賞の応募原稿用に大改稿し、こうして出版するまでにも大改稿しました。そのあいだずっと、ローカルネタの濃度をどの程度まで濃くするかに悩んでいた記憶があります。ご当地小説だからローカル要素は必要だけど、あまりにもローカルすぎると他の地域の人が置いてけぼりになるので。かなり大変な作業でしたが、おかげで改稿作業の可能性、やり方、原稿やアイディアの活かすべき場所捨てるべき場所など、たくさんの学びがありました。このネタにしがみついてよかったと思います。
当初の構想から変わった部分となると、登場人物のキャラクターというか人格やエピソードは、プロトタイプと比較すると全員変わっています。新人賞の応募原稿と比較しても、冒頭の一文とラストシーン以外は構成をバラして組み換え、すべて書き直しました。
いちばん大切にしていることは、中学生の自分がお小遣いの半分を使ってでも新品で本を買ってくれる小説を書くことです
――本作は、特にどのような方にオススメの作品でしょうか? 読みどころなども含めて教えてください。
地元に残った人にも、地元を去った人にもオススメ、と思っています。物語の登場人物はみんな、このまま地元に残る子と、いつか地元を去っていく子たちです。
読みどころは、ひとつの地域を全力で書いたので、ご当地色が強いところです。地元と呼べる地域がない人も、これを読んでいるあいだは地元という概念を浴びることができるかもしれません。
――小説を書くうえで、ご自身にとっていちばん大切にしていることや拘っていることをお教えください。
いちばん大切にしていることは、中学生の自分がお小遣いの半分を使ってでも新品で本を買ってくれる小説を書くことです。
こだわっていることは、小学校高学年ならある程度は理解できる言葉で書くこと。あとは熟読と再読に耐えうるクオリティと、斜め読みでもおもしろいことです。
――最後に読者に向けて、メッセージをお願いします。
応援ありがとうございます。『踊れ、かっぽれ』はもちろん、これからの作品にもご期待ください。おもしろい小説を全力で書きます。
この記事をきっかけにわたしを知った方は、これまでの作品にもご注目くださいね。

Q:最近、嬉しかったこと、と言えばなんでしょうか?
新刊の拡材をたくさん作ってもらったことです。
それから、東京に出かけて道に迷っても、落ち着いてリカバリーできるようになったことも嬉しいです。自分の成長を感じます。
Q:ご自身はどんな小説家だと思われますか?
青春ゾンビな作家だと思います。青春時代の思い残しをガソリンにして小説を書いていると言っても過言ではありません。
あとこれは希望ですが、物語のしもべでありたいです。
Q:おすすめの本を教えてください!
ここ一年くらいに読んだイチオシを3冊。
■『うまくてダメな写真とヘタだけどいい写真』幡野広志(ポプラ社)
写真だけでなく、あらゆるクリエイティブをする人におすすめです。
『くるぶし』町田康(COTOGOTOBOOKS)
とにかくかっこいい歌集です。中身はもちろん、装幀もすごいです。
■『女の国会』新川帆立(幻冬舎)
すごくおもしろくて夢中で読みました。
実石沙枝子さん最新作『踊れ、かっぽれ』

発売:2025年06月12日 価格:836円(税込)
著者プロフィール
実石沙枝子(ジツイシ・サエコ)
1996年、静岡県生まれ。「別冊文藝春秋」新人発掘プロジェクト1期生 。2021年に「踊れ、かっぽれ」で「第11回ポプラ社小説新人賞」奨励賞を受賞したのち、2022年に「第16回小説現代長編新人賞」奨励賞受賞作『きみが忘れた世界のおわり』(「リメンバー・マイ・エモーション」より改題)でデビュー 。その他の著書に『物語を継ぐ者は』『17歳のサリーダ』、近著に『扇谷家の不思議な家じまい』がある。