今年『名も無き世界のエンドロール』が映画化されたり、『本日のメニューは。』で宮崎本大賞を受賞されたりと、大活躍中の行成薫さんに、最新作『明日、世界がこのままだったら』についてお聞きしました。
生きるとは、死ぬとはどういうことか、をテーマとして描いた作品とのこと。期待が高まります。
生と死の「狭間の世界」を舞台に
――『明日、世界がこのままだったら』について、内容をお教えください。
主人公のサチがある朝目覚めると、なぜか見知らぬ男・ワタルが家にいた、というところから物語が始まります。
ワタルがサチの家にいた理由は、お互いの家が空間を越えてくっついてしまっていたから。外は、建物の場所も時間の経過も普通の世界とは異なっていて、二人以外は誰も存在しない世界です。そこは、「狭間の世界」という異世界でした。
「狭間」とは、「生と死の狭間」であることを二人は知ることになります。狭間の世界から元の世界に戻れるのか、そのまま死の世界へと旅立たなければならないのか。どちらが正しいのか。
二人の葛藤と選択を通して、生きるとは、死ぬとはどういうことか、をテーマとして描いた作品です。
―― このような物語を描こうとされたきっかけは何だったのでしょうか。
きっかけは、文芸誌の担当(当時)と新作について話をする中で、「少女漫画的な、男女の物語を書いてはどうか」という話になったことでした。
男女二人を中心とした話を書くのにどういう舞台設定がよいか、という話を詰めていく中で、僕が元々アイデアとして持っていた、「生と死の狭間の世界」という舞台を用意して、物語を作っていくことにしました。
漠然とした不安の中過ごしている方に
―― ご執筆にあたって、苦労した点など、執筆時のエピソードがございましたらお聞かせください。
着想の発端が「僕なりに少女漫画を解釈して書く」だったので、当初は主人公二人のキャラ設定や関係性がかなりマンガチックにデフォルメされていたのですが、今作の設定においてはえぐみやアクが強すぎて馴染まず、キャラクターの書き直しにすごく苦労しました。
執筆初期の主人公二人は、あまり性格がよくなくて、編集さんからも、「なんか違う」というダメ出しを打合せのたびにもらっていた気がします。
結局、トータルで三、四回キャラ設定を見直しまして、最後は、執筆終盤に差し掛かっていたにもかかわらず、冒頭から二人の会話を全部書き直して、ようやく現在のキャラクターに落ち着きました。
これまで、キャラ設定で苦労することがあまりなかったので、大変だった記憶があります。
―― どのような方にオススメの作品でしょうか?
僕の作品は、時制の書き方や設定のクセが強い作品が多いのですが、今作はわりとストレートな作品で、帯やあらすじほどファンタジックな話でもないので、あまり構えることなく、みなさんに読んでもらえるのではないかな、と思います。
もちろん、老若男女、できる限りたくさんの方に読んでいただきたいと思っていますが、特に、コロナ禍の影響などで日々漠然とした不安の中過ごしている方、生きる意味、未来の目標が見えなくなってしまった方など、日常でなんとなく心が落ち着かない、という方に届けばいいなと思っています。
上を向くきっかけを作るのがエンターテインメント
―― 小説を書くうえで、大切にされていることをお聞かせください。
文章のテンポ感は気にしていまして、読者の方にガシガシ噛み砕いてもらうような重厚な文体というよりは、水のようにするする飲んでもらえるような文章を目指しています。
内容的には、「エンタメ」が自分の居場所だと感じているので、たくさんの方に楽しんでもらえるように、特定の思想信条を練りこんだり、作品を解釈するときの「模範解答」は作らないようにしています。
―― 読者の方に向けて、メッセージをお願いします。
コロナ禍が続く昨今、気持ちが沈んでしまっている方、ストレスを感じていらっしゃる方も多くいるのではないかと思います。そんな中、上を向くきっかけを作るのがエンターテインメントの役割ではないかな、と僕は考えています。
本作に限らず、在宅時間が増える今だからこそ、いろいろな物語に触れてみていただいて、少しでも元気に、少しでも前向きな気持ちになっていただけたら、作り手として、大変幸いです。
ワタルとサチの主人公二人しかいない、生と死の狭間の世界という舞台設定に、どのように物語が進行していくのか興味を引かれました。
”生きるとは、死ぬとは”をテーマとして描きつつも、今作はこれまでの作品と比べて、ストレートな作品とのことで、これまでと同じく、たのしく読ませていただけると思います!
Q:最近、嬉しかったこと、と言えばなんでしょうか?
今年、著作が映画化されたこと、宮崎本大賞を頂いたことです!
Q:ご自身は、どんな小説家だと思われますか?
小説を通して自己表現をしようとするアーティストタイプというよりは、依頼に合わせて文章でできることを提案する、クリエイタータイプの人間だと思います。
なので、いまだに、作家、小説家という肩書はくすぐったい感じがします。
Q:おすすめの本を教えてください!
①『アヒルと鴨のコインロッカー』(伊坂幸太郎著)
僕の作品を読んでくださった方にはバレバレだと思いますが、この作品と出会っていなかったら、きっと小説を書こうと考えていなかっただろうなあ、と思います。一番影響を受けた小説です。
②『春、死なん』(紗倉まな著)
最近読んだ中で、一番好きだったお話。文体やリズムが独特で、読んでいてとても心地よく、テーマや表現にも唸らされた作品です。
③『黒い家』(貴志祐介著)
ホラー映画やお化け屋敷といったものはまったく怖いと思わないタイプの僕が、初読時に恐怖のあまり50ページほど読み飛ばしてしまった作品です。映画化もされていますが、すさまじいまでの筆力を体感したい方は、原作小説をぜひ。
行成薫さん最新作『明日、世界がこのままだったら』
発売:2021年09月24日 価格:1,870円(税込)
著者プロフィール
行成 薫(ゆきなり かおる)
1979年生まれ。宮城県仙台市出身。東北学院大学教養学部卒業。
2012年「名も無き世界のエンドロール」(「マチルダ」改題)で第25回小説すばる新人賞を受賞。本作は21年に岩田剛典と新田真剣佑の共演で映画化された。同年『本日のメニューは。』で第2回宮崎本大賞を受賞。著書に『僕らだって扉くらい開けられる』『彩無き世界のノスタルジア』『稲荷町グルメロード』『立ち上がれ、何度でも』などがある。