『チームふたり』をはじめとする「チーム」シリーズなど、児童向け作品や、YA作品でも活躍されている、吉野万理子さんの最新作『階段ランナー』

「階段」をテーマにした高校生の青春物語で、横浜・東京・京都など、各地の階段を舞台に、主人公たちの心の変化が描かれます。キュンとしたり、涙したり、さわやかで素敵な作品です。

 本書を書かれたきっかけや、注目ポイントについて、作者の吉野万理子さんにお話をお聞きしました。

階段と出会って変わっていく高校生の物語

――『階段ランナー』について、これから読む方や購入を検討されている方へ、内容を教えてください。

 同じ学校に通っている2人の高校生の目線で、交互に語られる物語です。

 1人は、憧れの水泳部に入部したものの、母がおこした大きなトラブルにより退部を余儀なくされた男子高校生。もう1人は、卓球の全日本選手権に出場している最中、棄権しなくてはいけなくなった女子高校生です。

 それぞれ背負うものが大きすぎて、未来をあきらめかけているのですが、退職した先生に助けられます。彼は“階段マニア”。一部の人にはよく知られる階段ブロガーなのです。2人は徐々に、その深淵なる世界に引き込まれていきます。

――『階段ランナー』を描こうとされたきっかけを教えてください。着想に至った具体的な経験がありましたらお聞かせください。

 何年か前、「JR京都駅ビル大階段駈け上がり大会」という実在するレースを知ったのがきっかけです。171段の階段を走る競技で、300人以上もの人が参加します。

 一昨年、このレースを最初から最後まで見学することができました。編集者さんもすっかりハマって「今度、エントリーしましょうよ」と誘ってくれたのですが、わたしは1回歩いて上っただけでヘロヘロに疲れ、2回目は途中で足がぷるぷる震えてしまって……編集者さんとの体力と年齢の差を感じたのでした。

 このレースの特長は、個人競技でなく、4人1組の団体競技だということです。階段に対してさまざまな思いを抱く人たちが集結して共に戦う、その過程を考えるうちに物語が生まれました。

主人公2人の距離感に注目! 実在の階段も要チェック

――ご執筆時のエピソードがございましたらお聞かせください。

 この作品には実在の階段をたくさん織り込んでいこう、と編集者さんと盛り上がりました。

 福島県にある螺旋状の面白い階段や、香川県の金刀比羅宮の階段もリストアップして、行く気満々だったのですが、物語に収まりきらない、と気づいて、やむを得ず取材をストップしました。

 いつか、行ってみたいですね。

――どのような方にオススメの作品でしょうか?

 階段とエスカレーターがあったら、絶対にエスカレーターを選ぶ! という方に敢えてオススメしたいです(笑)。

―― 注目ポイントを教えてください。

 主人公2人の距離感に注目していただきたいですね。

 最初はまったく噛み合わないんです。性格が強い瑠衣、一方で、人生で一度も怒ったことがない広夢。でも、お互いを知っていく過程で、少しずつ変化していきます。

 実は、当初考えていたプロットと、実際のラストシーンは違うんです。2人の感情を追いかけて書いているうち、「えっ、そうなるのね!」と私も驚きました。どうぞお楽しみに。

「読みやすさ」を自分の個性に

――今回の作品に限らず、小説を書くうえで大切にされていることや、こだわっていることをお教えください。

 十代の頃、まだ作家になるのかどうかもわからない頃から、「読みやすい文章とは何か」をずっと考えてきました。

 デビューして間もない頃、編集者さんに「吉野さんの文はあまりに読みやす過ぎるから、わざと読みづらい文体にして“引っかかり”を作る方法もある」とアドバイスいただいて悩んだこともあるんです。でも結局、「読みやすさ」を自分の個性としたいと思いました。

 以前、『チームふたり』という児童書が夏の課題図書になったのですが、小学生の男の子から「今まで1度も本を読み通せたことがなかったのに、これはなぜか読めた」というハガキをもらって、この道でよかったのかなと嬉しくなりました。

――最後に読者に向けて、メッセージをお願いします!

「人生の階段を上る」という表現、ありますよね。でも果たして階段って、一方通行で、ただひたすら上っていくものなのかなぁ、と。

 時には踊り場で立ち止まったり、ある時は下りたり、交差する別の階段に移ったり……。そんなこともあるのでは、と考えながら書きました。

 皆さんのご感想をぜひお聞きしたいです。

 吉野万理子さんが「読みやすさ」をご自身の個性にされているとおっしゃる通り、お話のリズムやテンポが心地よく、読んでいるとどんどん引き込まれます。そして、読みやすいだけでなく、階段を一段ずつ上がっていくように、内容が心に響いてきます。

 高校生の青春ストーリーでありながら、登場人物たちはそれぞれがむずかしい問題を抱えています。キュンとしたり、涙ぐんだりしつつ、ラストは大泣きしました。

 頑張る主人公たちを応援しながら読み進めていくうちに、元気が出て、前向きな気持になれました。読後感は、まさに階段を上りきったのようなさわやかさです。おすすめです!

 とても素敵な作品だったので、作中で紹介されている階段(たくさん登場するのですが、そのなかのひとつ)を、聖地巡礼してしまいました!

作中で紹介される元町百段公園への階段(編集部撮影)
元町百段公園からの見晴らし (編集部撮影)

Q:最近、嬉しかったこと、と言えばなんでしょうか?

 先日、2年ぶりに両国国技館で大相撲を観たことですね。プロ野球と大相撲が、私の元気の源です。

Q:ご自身は、どんな小説家だと思われますか?

 セリフを書くのが大好きな小説家です。登場人物の会話のシーンになると、キーボードを叩く指が跳ねます。もともと脚本でデビューしたせいかもしれません。

Q:おすすめの本を教えてください!

 小説と同じくらい、エッセイ・ノンフィクションが好きなので、今回はそのジャンルからお気に入りの3冊をご紹介したいと思います。

・『裏山の奇人』小松貴

 著者は昆虫学者。虫だけではなく、鳥、爬虫類、獣……あらゆる生きものに造詣が深く、その説明を読んでいると、近所の平凡な雑木林も裏山も美しく見えてくるのです。

・『そして、ぼくは旅に出た。: はじまりの森 ノースウッズ』 大竹英洋

 アメリカの湿地帯・ノースウッズを撮影し続けて、土門拳賞を受賞されたカメラマン。まだ何者でもなかった20代の貴重な記録です。

・『ヒルは木から落ちてこない。 ぼくらのヤマビル研究記』 樋口大良

 小学生がヤマビルと格闘し、時には血だらけになりながら調査・研究します。元小学校校長であった著者の、少し距離を置いた見守り方が素敵です。


吉野万理子さん最新作『階段ランナー』

『階段ランナー』(吉野万理子) 徳間書店
 発売:2022年01月29日 価格:1,870円(税込)

著者プロフィール

吉野万理子 (ヨシノ マリコ)

 神奈川県出身。「葬式新聞」で「日本テレビシナリオ登龍門2002」優秀賞を受賞。2005年『秋の大三角』で第1回新潮エンターテインメント新人賞受賞。2018年『73年前の紙風船』で文化庁芸術祭ラジオドラマ部門優秀賞受賞。
 著書に『雨のち晴れ、ところにより虹』『空色バウムクーヘン』など多数。『チームふたり』をはじめとする「チーム」シリーズ、『いい人ランキング』『部長会議はじまります』『強制終了、いつか再起動』『崖の下の魔法使い』など、児童向けおよびYA作品も注目されている。

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