社会問題や世相を反映させた作品を多く手がけられ、社会派ミステリー作家として著名な葉真中顕さん。最新作は「男女格差」や「性差」をテーマとした、渾身のミステリー作品です。
刊行にあたって、執筆のきっかけや、本作への思いについて、葉真中さんにお聞きしました。
自分より上の世代の女性を主人公に
――『ロング・アフタヌーン』について、これから読む方へ、内容をお教えいただけますでしょうか。
ある女性が書いた小説(作中作)と、それを読む編集者の二つの視点で話が進み、だんだんと登場人物の抱える秘密や困難が明かされてゆくという、少し変則的なミステリーです。なかなかひと言であらすじを説明しにくいのですが、面白さには自信があります。冒頭、短めの作中作から始まりますが、これ単体でも、あっと驚いてもらえるのではないかと思います。
――本作を描こうとされたきっかけを教えていただけますでしょうか。
本作で大きな柱となるのは、50歳の女性の視点で語られる作中作「長い午後」です。私は今、46歳なのですが、自分より上の世代の女性を主人公にした小説を書いてみようと思い、この作中作「長い午後」を構想したのがきっかけです。
これは私の読書傾向のバイアスがかかっている可能性もゼロではないのですが、世に出回っている小説全般に、中高年の女性が主人公のものは少ないように思えたので。私自身か、世の中全体なのか、どちらにせよ「主人公らしさ」というもの自体に、高齢の女性を排除するバイアスがあるのかもしれない。ならば、そういう人を主人公にすることで自分なりに新しいものを書ければと思いました。
ジェンダーやフェミニズムの論点をテーマの一つに
――ご執筆にあたって、苦労されたことや、当初の構想から変わった部分など、執筆時のエピソードをお聞かせください。
今回の主人公は私自身とは共通点が少ないのですが、不思議なことに筆が乗りました。執筆中に憑依したというか、よい意味で登場人物が勝手に動いてくれた感じです。話の筋は概ね最初に決めたプロットどおりなのですが、キャラクターは想定よりも活き活きと描けたと思っています。もしかしたら作中作というギミックを入れたことで「小説を書く」という私にとっても切実なテーマが盛り込まれたのが、良い効果を生んだのかもしれません。
また作中作を読む編集者のパートでは、実際に担当編集者から聞いた話を参考にした部分もあります。ただ、モデルというわけではありません。背景含めた人物造形は完全に架空のオリジナルです。
――どのような方にオススメの作品でしょうか? また、本作の読みどころも教えてください。
女性が受けている抑圧や、男性の無自覚な有害さなど、ジェンダーやフェミニズムの論点を大きなテーマの一つにしているので、そういったことに興味関心のある方には特に読んでいただきたいと思います。(昨今、何となく「フェミニズム」という言葉を使いにくい空気を感じ、最初は別の表現をしようと思ったのですが、そう感じてしまうこと自体が問題だろうと考えを改め、はっきり言葉にすることにしました)
また出版業界の内幕に触れた一種の「お仕事小説」としても読んでもらえるかと思います。ただし基本的にはエンターテイメントですし、どんな方でも楽しんでいただけるよう書いたつもりです。冒頭の作中作からインパクトがあり、純粋に話として面白い作品だと自負しております。
ぬるくない踏み込んだものを書いてゆきたい
――小説を書くうえで、いちばん大切にされていることをお教えください。
多くの場合私は話より題材やテーマから構想します。特にこだわっているつもりはないのですが、社会問題や世相を反映させることが多くあります。
本作もそうですね。デビュー直後から「社会派ミステリー作家」という肩書きで紹介されることがよくありますが、やはり、自分自身の興味の方向がそちらを向いているのだと思います。ただ、こういった現実の問題には当然、その当事者もいます。自分が直面している社会のことがフィクションの題材になること自体が負担だという人がいることも考えられます。全方位に配慮することは不可能に近いのだと思いますが、せめて自分の表現が誰かを傷付け得ることは自覚して、その上で、ぬるくない踏み込んだものを書いてゆきたいと思っています。
――最後に読者に向けて、メッセージをお願いします。
ここまで色々語ってみましたが、結局は作品がすべて、それ以上もそれ以下もないのだと思っています。ですから、とにかく読んでください、と。特に本作『ロング・アフタヌーン』は、これまでの最高傑作ではないかと自負しております。是非、一人でも多くの方に読んで、いただきたいと思っています。
冒頭から、近未来を舞台にした不思議な物語から始まり、一気に引き込まれます。そして、その物語はある女性が新人賞に応募した投稿作であることがわかり、舞台は現代の出版社へと移り変わります。
「男女格差」や「性差」といったテーマを軸に、そのテーマへの関心と、この先どうなるのかというミステリー要素で、ページを捲ることが止められなくなります。自分の性別と、それによる社会との関係など、様々なことを客観的に考えるきっかけとなる、大変読み応えのある作品でした。おすすめです!
Q:最近、嬉しかったこと、と言えばなんでしょうか?
コロナ禍の谷間の時期、久しぶりに学生時代の友人たちと会ったことですかね。タイムマシンに乗った気分でした。あと、こうして無事に新刊を上梓できたことは、やっぱりうれしいというか、ありがたいです。
Q:ご自身は、どんな小説家だと思われますか?
私が自分で決めることではない気がします。私の作品を読んだ人が、「葉真中顕は○○な小説家だ」と思ったら、それが正解だと思います。
Q:おすすめの本を教えてください!
・鷺沢萠『愛してる』
学生時代、とても好きだった短編集です。今回の作品の執筆中、あの頃のことを思い出しました。
・米原万里『オリガ・モリソヴナの反語法』
圧政への密やかな抵抗を描いた傑作ミステリー。姉妹本のノンフィクション『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』と是非セットで。米原万里さんが今のロシアの暴挙を見たら何と言うだろうかと考えてしまいます。
・アンドレイ・サプコフスキ『ウィッチャー』シリーズ
現在進行形ではまってます。原典(原作小説)、Netflixのドラマ、そしてゲーム、三位一体で響き合う豊かな作品世界を堪能してます。でも、じ、時間が……(笑)
葉真中顕さん最新作『ロング・アフタヌーン』
発売:2022年03月09日 価格:1,815円(税込)
著者プロフィール
葉真中 顕 (ハマナカアキ)
1976年東京都生まれ。2013年『ロスト・ケア』で第16回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞しデビュー。2019年『凍てつく太陽』で第21回大藪春彦賞、第72回日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)を受賞。