SF作家 斧田小夜さんの初の単行本『ギークに銃はいらない』が6月20日発売されました。第3回ゲンロンSF新人賞優秀賞受賞作ほか、全四篇が収録されたSF短編集です。バラエティに富んだ四篇は、いずれも機能不全家族をテーマにしたとのこと。
シリコンバレーなど海外でプログラマとして働いた経験をもつ現役のソフトウェアエンジニアでもある斧田さんに、お話をお聞きしました。
鬱屈した少年たちが、銃ではなくプログラムを手にしていたら
――『ギークに銃はいらない』について、これから読む方へ、内容をお教えいただけますでしょうか。
『ギークに銃はいらない』は四本(うち二本は連作)を収録した短編集です。表題作『ギークに銃はいらない』はシリコンバレーに住む日系アメリカ人のジェシーといじめられっ子のディランが周囲を見返すために学校の監視カメラをハッキングするも、思いがけない事件を目にして……という話です。第三回ゲンロン新人賞優秀賞受賞作の『眠れぬ夜のバックファイア』は不眠に悩む女性がIn:Dreamという睡眠支援デバイスを入手するも一向に眠れず、In:Dreamサポートチームと七転八倒する物語、連作となる『春を負う』『冬を牽く』は森林限界の村に生まれた病弱な少年が世界の秘密の一端に触れる、ファーストコンタクトのその後の物語。いずれも機能不全家族をテーマにしています。
――本作を描こうとされたきっかけを教えていただけますでしょうか。
元々は破滅派で隔月開催されている合評会のために書き下ろした掌編でした。合評会というのは、お題にあわせて四〇〇〇字程度の掌編を書き、各自持ち寄って感想を交換する会となります。その時のお題は「ノワール小説」だったのですが、ノワール小説というものを全く知らず、とりあえず犯罪モノを書けばよいのかな? という浅い理解で書いたのが『ギークに銃はいらない』のプロトタイプとなる『象』でした。
当時、私はネットワークやセキュリティ関連のソフトウェアエンジニアとして働いていたので、最も身近な犯罪がサイバーハッキングでした。また、ちょうどこの時期はシリコンバレーのスタートアップと仕事をしており、米国に長期滞在していたので、いっそギークの聖地ともいえるシリコンバレーを舞台にし、鬱屈した少年たちがコロンバイン高校銃乱射事件をはじめとした銃乱射事件の犯人とは異なりプログラムを手にしていたら、自分自身を救えたのでは? という思いを込めて書きました。
家庭というものの幻想を消し去ろうというたくらみ
――ご執筆にあたって、苦労されたことや、当初の構想から変わった部分など、執筆時のエピソードをお聞かせください。
収録作の『眠れぬ夜のバックファイア』はゲンロンSF創作講座の最終実作として提出したものとなります。ゲンロンSF創作講座は翻訳家の大森望さんを主任講師とするゲンロン主催のSF創作講座となっており、毎月出されるお題にそって梗概とよばれるあらすじを一ヶ月以内に提出し、講座で講評をうけたのち、選出された人は実作制作に進めるというシステムをとる講座です。一ヶ月の短い期間でネタ出し、選出された場合は1~2万字程度の短編を執筆する必要があるというだけでもかなりハードな講座なのですが、面白いだろうと思った梗概への反応がイマイチだったり、選出されたはいいものの実作を書いてみたらあまり面白くならず、反応はもちろんイマイチ、と精神的にもかなり追い詰められます。
『眠れる夜のバックファイア』は梗概段階では反応が良くなく、「よくある毒親ものに読める」という評があったので、話の重心を睡眠制御に変更し、構成を大きく変更しました。この変更でSFのギミックとテーマがうまく噛み合って、落とし所がきれいに定まったように思います。ゲンロン新人賞の選評でも飛浩隆先生にこの点を褒めていただけました。
――どのような方にオススメの作品でしょうか? また、本作の読みどころも教えてください。
収録作四作とも機能不全家族をテーマにした短編小説になっていますので、機能不全家族に思うことがある方には深く刺さるのではないかと思います。ですが、機能不全家族に対して偏見がある方にも読まれてほしいと思います。
機能不全家族の中で育つというのは、ものさしを持たないまま社会に出ることとイコールですが、それを知っているがゆえに機能不全家族育ちは世間からの声に弱く、自分の意志を見失いがちです。また現在の日本では育ちや親のせいにするなという抑圧が強く、生きにくさにつながっています。
でも、機能不全家族というのはストレスフルな職場の縮小版でしかないのです。家庭は社会の最も小さな単位であり、構成者は個々の人格を持っています。たとえばストレスフルな職場でうつ病になった人がいたとき、「上司のせいにするな」「あなたにも原因はあるのでは」「辛くても逃げるべきではない、いつか分かりあえるはずなのにいつまで些細なことに文句を言っているのか」とは言わないですよね。でも家庭の話になると、なぜか人はそれがわからなくなってしまう。
今回の収録作はテック小説、SF、SFファンタジーとバラエティに富んでいますが、これは様々な舞台装置を通してみることで家庭というものの幻想を消し去ろうというたくらみがあります。幻想の消えた先には普遍的な社会の姿があり、傷ついた私達がいる。今現在悩んでいる方も、偏見を持っている方も、あるいは抑圧する側の人々も皆同じところにいるのがわかると思います。
境界に立つ人の視線で構想を練る
――小説を書くうえで、いちばん大切にされていることをお教えください。
多数派にも少数派にも属せない境界に立つ人の視線で構想を練るようにしています。主人公がその立場にいるとは限りませんが。
あとは文章のリズムには特に気を使います。最終稿直前はかならず音読で通して読んで、リズムの悪いところがないかを確認しています。
――最後に読者に向けて、メッセージをお願いします。
SFはとっつきづらいと思っている方は『ギークに銃はいらない』『眠れぬ夜のバックファイア』を、ファンタジーが好きという方は『春を負う』を、どっぷりSFに浸かりたい方は『冬を牽く』をおすすめします。
Q:最近、嬉しかったこと、と言えばなんでしょうか?
ずっと肩こり腰痛に悩まされてきたんですが、最近近所によい整体を見つけたことです。
Q:ご自身は、どんな小説家だと思われますか?
いまだ自分のことを小説家だと思えません……。
Q:おすすめの本を教えてください!
「河・岸」蘇童
流れるような文章があまりにも濃密に書き込まれていて、ふと気づくとページが全然進んで……ない! 今までにない読書体験ですっかり中毒になりました。
「わが愛しき娘たちよ」コニー・ウィルス
あ、こういうSFもありなんだ、と教えてくれた短編集。長編の「航路」も大傑作で何度も読み直しています。
斧田小夜さん最新作『ギークに銃はいらない』
発売:2022年06月20日 価格:2,420円(税込)
著者プロフィール
斧田小夜 (オノダサヨ)
千葉県成田市出身。東京大学大学院情報理工学系研究科修了。
米国シリコンバレーのスタートアップをはじめ、英国、中国など数カ国でソフトウェアエンジニアとして勤務。
「飲鴆止渇」で第10回創元SF短編賞優秀賞を受賞しデビュー。