退屈な、あるいは慌ただしい日常を、ほんのちょっと逸脱した非日常を夢想することは誰にでもあるでしょう。でももし、その世界に迷い込んでしまったら、あなたはどうしますか?
発売されたばかりの相川英輔さんの最新刊『黄金蝶を追って』は、思いもよらず非日常に足を踏み入れてしまった人々の不思議な物語の数々が収録された短篇集です。
海外のWeb雑誌に英訳版が掲載され、世界中に数多くの読者を獲得した「ハミングバード」をはじめ、これまで雑誌掲載やアンソロジー収録などで発表された4篇と、表題作ほか書き下ろし2篇で構成された本書。SFやファンタジーとして非日常を描きながら、日常の大切さや素晴らしさがあたたかく伝わってくる不思議な味わいの作品集を刊行した相川さんにお話を伺いました。
ごく普通の生活を送っている主人公の日常に、そっとSFやファンタジーが入り込んでくるような物語が多いです
――今回の『黄金蝶を追って』について、これから読む方へ、どのような作品かをお教えいただけますでしょうか。
6つの短篇が収録されたSF・ファンタジー作品集です。文芸誌に掲載された作品や電子書籍で刊行された作品に加え、書き下ろしが2作入っています。ただ、SFやファンタジーといっても大仰なものではなく、ごく普通の生活を送っている主人公の日常に、そっとSFやファンタジーが入り込んでくるような物語が多いです。
――収録の6作品はどのような作品ですか。
「星は沈まない」
コンビエンスストア草創期に業界へと飛び込み、会社の成長に合わせて出世してきた須田。しかし、ある出来事によって不採算店舗の店長にまで降格させられてしまう。その店にコンビニAI「オナジ」が導入されることになり、須田の人生が大きく変わり始める。
「ハミングバード」
三十代半ばの主人公・裕子は、理想の中古マンションと出会い、即決で購入する。望んでいた快適な暮らし。しかし、そこには前住人が〈半透明〉の姿で存在していて、裕子の意志にかかわらず毎日規則正しい生活を送っていた……。
「日曜日の翌日はいつも」
水泳選手の宏史は、自分のせいで未来を絶たれた谷川由香子のためにオリンピックを目指していた。しかし、どれだけタイムを縮めても上位の選手はそれを上回る記録を出してくる。このままではオリンピックに出場できない。焦り、苦しむ宏史は、ある日から「第8の曜日」を経験することになる。
「黄金蝶を追って」
小さい頃から絵を描くことを職業にしたいと願っていた僕。中学校の教員やクラスメイトはちやほやしてくれるけど、どこか満足できない日々が続く。そんなとき、学校の壁面に描かれた黄金の蝶に衝撃を受ける。同級生の佐々木が描いたと知り直撃するが、彼の絵には秘密があって……。
一人の少年が夢を叶えるまでと固い友情を描いた表題作。
「シュン=カン」
世界統治機構への反逆を企てた罪により、地球から遠く離れた惑星ニョゴ61へ送られたシュン=カン。過酷な環境で三年間耐え続けたが、次第に食糧の配給が滞り始める。死を覚悟した頃、赦免状を持った特使たちがニョゴ61にやってくる。
歌舞伎などで有名な演目「平家女護島」を下敷きに、遠い未来に起きる悲喜劇。
「引力」
1999年7月、葉子はノストラダムスの大予言が実際に起きるのか気にかかってしょうがない。しかし、葉子の気持ちとは関係なく日常は進んでいく。会社の仕事は退屈で、弟は結婚間近、合コンでは若い子たちのノリについていけない。日曜日の朝、かわいがっていた近所の野良猫が死んだことを知り、葉子は山奥に埋めに行く。
英訳されたのは偶然の巡り合わせのようなものだったのですが、結果的に高く評価され、さまざまな国から感想が寄せられて、とても驚きました
――各作品の執筆当時のご苦労や発表後の反響、また書き下ろし作品のアイデアが生まれたきっかけや、構想から形とするまでの手応えなど、収録作品のエピソードがありましたらお聞かせください。
収録作「ハミングバード」は2020年に英訳され、英語圏の方々に多く読んでいただけました。英訳されたのは偶然の巡り合わせのようなものだったのですが、結果的に高く評価され、さまざまな国から感想が寄せられて、とても驚きました。
また、書き下ろしの『黄金蝶を追って』は、本のあとがきでも触れていますが、「1960年代」、「蝶のイラスト」、「夢と友情」といったキーワードが結びついた後は、本当にすらすらと書けて、気がついたら完成していたような印象です。作中に「魔法の鉛筆」が出てくるのですが、この作品自体、今でも魔法で出来上がったかのように感じられます。
――本作は、特にどのような方にオススメの作品でしょうか? 読みどころなども含めて教えてください。
いわゆる「ハードSF」や「異世界が舞台のファンタジー」ではないので、SFやファンタジーというジャンルにとっつきにくさを感じている方に読んでいただきたいです。
特に「ハミングバード」は海外で先に評価されたけれど、日本でも多くの読者に読んでもらいたいです。
この短篇は、アメリカやルーマニア、シンガポール、中国などで生活をする人たちが「Hummingbird」として楽しんだ物語でもあります。海外の人々と物語を共有するのって、なんだか不思議で、面白い体験だと思いませんか。
読者に楽しんでいただくためには、まずは著者自身が100%楽しめる作品でないといけないと考えています
――小説を書くうえで、いちばん大切にされていることをお教えください。
なにより、自分自身が面白いと感じられる作品を書くことです。報酬につられて本意でないものを書いたり、締め切りに追われて納得いかないまま校了したりしないよう心がけています。読者に楽しんでいただくためには、まずは著者自身が100%楽しめる作品でないといけないと考えています。
――最後に読者に向けて、メッセージをお願いします。
読書という行為は時間もかかるし、映像や声を頭の中で想像しながら読まないといけないので労力のいるものかもしれません。しかし、「想像」は「創造」といい換えることもできます。友人や家族に感じたことを語ったり、SNSに感想を書き込むことも創造的な行為だと思います。そういう意味では、読書は受動的ではなく、能動的な行為といえます。ぜひ『黄金蝶を追って』を読んで、自分だけの物語を作り上げてください。
Q:最近、嬉しかったこと、と言えばなんでしょうか?
我が家の猫たち(2匹)が大きな病気もなく10歳を迎えられたことです。子どもの頃、一緒に暮らしていた猫は9歳半で旅立ってしまったので、自分の中でとても心配していました。このまま健やかに長生きしてほしいと願っています。
Q:ご自身は、どんな小説家だと思いますか?
大きな文学賞の受賞経験がなく、海外で先に評価を得た異色の小説家だと思います。また、書くたびにジャンルが変わるので、出版社や編集者の方には取りあげにくいタイプかもしれません。それでも、「自分が面白いと信じられるものを書く」というスタンスは変えずに執筆を続けたいと思っています。
Q:おすすめの本を教えてください!
■『11 eleven』津原泰水(河出書房新社)
収録作の「五色の舟」は心震える傑作。小説家として、いつかこのような物語を生み出したいと思っています。
■『マーダーボット・ダイアリー』マーサ・ウェルズ(東京創元社)
自らが小説家になってからは、高校生・大学生のときのように、何もかも忘れて物語の世界に没頭できる回数が減ったけれど、この作品は久しぶりに夢中になれました。
■『ダムヤーク』佐川恭一(RANGAI文庫)
あらぬ方向にどんどん転がっていく物語。表題作を読みおえた読者は全員、声に出して「ダムヤーク!」と叫びたくなるでしょう。
相川英輔さん最新作『黄金蝶を追って』
発売:2023年07月31日 価格:990円(税込)
著者プロフィール
相川英輔(アイカワ・エイスケ)
1977年、千葉県生まれ。2013年の「第13回坊ちゃん文学賞」佳作、2015年の「第46回福岡市文学賞」小説部門などの受賞や、雑誌での作品発表、アンソロジー参加などを経て、2017年に電子書籍レーベル「惑星と口笛ブックス」より短編集『ハイキング』を発表。続いて2018年には単行本書籍『雲を離れた月』を刊行。2019年に短編電子書籍として発表された「ハミングバード」の英訳版が、2020年に海外の著名なWebマガジン「Strange Horizons」 のスペシャルエディション「SAMEOVER」に掲載され、大きな反響を集める。その他の著書に『ハンナのいない10月は』がある。