今年、生誕150年となる小説家・泉鏡花。明治後期から昭和の初頭に活躍し、遺した数々の作品はもちろんのこと、語り継がれるその幽玄な佇まいから、泉鏡花そのものを熱烈に愛するファンも多数存在する文豪です。

日本の幻想文学の先駆者というイメージやその作風も手伝って、鏡花自身を描いた創作作品も数多く生まれ人気を集めていますから、もしかしたらそこから「泉鏡花」を知った方もいるのかもしれません。

今回ご紹介する峰守ひろかずさんの最新刊『少年泉鏡花の明治奇談録』も、そんな鏡花をモチーフとした作品。しかもタイトルからわかる通り、金沢で生まれ育ち、そこに暮らす「怪異に憧れる」少年であったころの泉鏡太郎(のちの泉鏡花)を描いた、いままでになかったユニークな作品なのです!

怪異の存在を熱望しながら、明晰な頭脳と鋭い観察眼が災いして(?)、その真相を探らずにはいられない鏡太郎少年の物語を発表したばかりの峰守さんにお話を伺いました。新作についてのお話からおすすめ本のご紹介まで、大ボリュームのインタビューをお楽しみください!

もともと私は、ジャンルや「お約束」の創始者に興味があって、泉鏡花は近代以降のフィクションで妖怪をジャンルとして固定化させてしまった人だと思うんです

――今回の『少年泉鏡花の明治奇談録』について、これから読む方へ、どのような作品かをお教えいただけますでしょうか。

舞台は明治二十一年の金沢です。義信という人力車を引く青年が、仕事の関係で私塾に英語を習いに行くんですが、そこの講師は泉鏡太郎という十六歳の少年で、しかも受講料が思ったより高い。義信が困ると、鏡太郎は「車夫だったら仕事中にいろんな噂を聞くでしょう」「怪異の噂を教えてくれたら支払いを待つ」「本物の怪異に会えたらタダでいい」と持ち掛けます。

というわけで義信は、怪しい噂を聞き集めては、怪異好きの鏡太郎とともにその真相を確かめに行くことになります。鏡太郎は、怪異が実在していてほしいと思っているんですが、博識で観察力もあるので、怪異の真相に気付いてしまい、毎回しょんぼりする……というパターンの連作ミステリーです。

タイトルにもありますが、この鏡太郎こそが「少年泉鏡花」、つまり、後の幻想文学の大家であり、自ら「おばけずき」を名乗った文豪・泉鏡花で、少年時代に体験した事件やそこでの出会いが後の代表作に生かされたのかも……? という趣向になっています。

――現代では創作作品のキャラクターとして描かれることも多い「泉鏡花」ですが、本作はその少年時代の物語とした点がとてもユニークと感じました。そのアイデアも含め、この作品が生まれたきっかけはどのようなものだったのでしょうか。

アイデアを褒めていただきましてありがとうございます!

以前、本作同様に金沢を舞台にした『金沢古妖具屋くらがり堂』というシリーズを書いていたのですが、その中で、地元の妖怪関係者である鏡花を話題にしたくて、鏡花ファンのキャラクターを出したんですね。そのキャラの言動を書く時に、泉鏡花という人の人となりや作風を改めて調べて、「この人面白いな」と思ったのが自分の中でのきっかけになります。

その後、『くらがり堂』完結巻の刊行の際、金沢の書店さんにご挨拶に伺ったときに、編集者の方にアイデアを話したら意外に感触が良くて、そこから企画が動き始めた感じです。

もともと私は、ジャンルや「お約束」の創始者に興味があって、そういうネタでも何本か書かせてもらってますが、泉鏡花は近代以降のフィクションで妖怪をジャンルとして固定化させてしまった人だと思うんです。言ってみれば大先輩ですが、鏡花が少年期を過ごした明治二十年代という時代は、妖怪というジャンルにとっては一番供給がなかった時代だとも思います。

否定目的とは言え、妖怪の記録を集めて「妖怪学」を立ち上げる井上円了も、それに反発して民俗伝承を集めた柳田国男も出てきておらず、しかも文明開化・富国強兵の世の中ですから、妖怪は古臭い迷信でしかない。出版文化は元気でも、妖怪を扱った新刊なんか全然出ない時代です。怪異や神秘を好んだ少年にとっては心底生きづらかった時代でしょうし、そんな時代の中で、どうやってああいう作風の作家が出来上がったのか、そのオリジンはどこにあったのかを描いてみるのは面白いんじゃないかと思った次第です。

しかも鏡花は作品の多い人ですからモチーフも色々選べますし、彼の生まれ育った金沢はご当地怪談がめちゃくちゃ多い土地なので、ローカルでマニアックな妖怪ネタも入れられる。これはなお面白くなりそうだと思いました。

鏡花は、生い立ちから人間関係から作品まで、図書館が建つくらい研究書が出ているジャンルなので、基本を踏まえるだけでも大変でした

――ご執筆にあたって、苦労されたことや、当初の構想から変わった部分など、なにかエピソードがありましたらお聞かせください。

苦労と言われてまず思い出すのは、資料の多さですね。たとえば、本作の前に書いた『今昔ばけもの奇譚』の探偵役は、安倍泰親という安倍晴明の五代目の子孫の少年だったんですが、この安部泰親のことを専門で研究されてる方ってそんなにいないので、読むべき資料も少ないんです。まあ、それはそれで大変なんですが、想像の余地が膨らむので作家としてはありがたい。

その点、鏡花は、生い立ちから人間関係から作品まで、図書館が建つくらい研究書が出ているジャンルなので、基本を踏まえるだけでも大変でしたね。実在の人物をモデルにする以上、適当に済ませるわけにもいきませんし。

鏡花の作品ももちろん改めて読み返しまして、「確かに古い怪異が好きなんだけど、同時にめちゃくちゃ近代的な視点を持ってる人だな」と思ったので、そのあたりのバランスは取り入れました。結果、「古い時代は好きだけど、昔ながらの価値観には反発する」「怪異を信じたいけど、聡明なので真相に気付いてしまう」という性格になって、キャラに深みが出せたと思います。

また、明治時代が舞台となると、あの時代の有名人を出したくなったりするんですが、鏡花の作品って市井の一般人が主人公であることが多く、偉人はあんまり出てこないんですね。なので歴史上の人物は出さないようにしたんですが、こういう気付きも鏡花作品を改めて読み返して得たものです。

それと予想外だったのが、金沢の妖怪が異様に多かったこと! 筆まめな人が多い土地ですから、怪談の記録も多いということは漠然と理解していましたが、軽い気持ちでリストアップし始めるともうキリがなくて……。以前、私の地元の滋賀県内で語られていた妖怪をリストアップしたことがあって、この時は全県で八百くらいだったんですが、金沢は一市町村だけで六百を超えましたからね。さすが泉鏡花を生んだ町だと思いました。

――本作は、特にどのような方にオススメの作品でしょうか? 読みどころなども含めて教えてください。

まず、言うまでもないですが、泉鏡花がお好きな方にはおすすめです。どのエピソードも鏡花の代表作がモチーフで、「この体験があの作品のきっかけになったのかも?」という趣向になっているだけでなく、登場人物の名前なども鏡花の作品から取っていますので、「この人があのキャラクターのモデルになったのかも?」など、想像を膨らませて楽しんでいただけるかと思います。

また、鏡花の名前やイメージしか知らない方にも楽しんでいただけるよう、元ネタとなる鏡花の経歴や作品については、作中で解説しています。章の間には解説パートも設けて、泉鏡花をこれから読もうと思っている方へのブックガイドにもなるようにしてみたつもりです。

もちろん、鏡花要素を抜きにしても、少年探偵と大人の助手のバディが怪しい噂を追う明治ミステリとしても読んでいただけます。鏡太郎は、優秀だけれど周囲からは浮いていて、自分の居場所を見つけられていなかったり、大人以上に聡明で博学なのに、年上の美人が気になったり、亡くなった母親のことをずっと思っていたりするなど、ヒロイックさと人間味が同居したいいキャラになってくれましたので、キャラクター文芸としても楽しんでいただけると思います。

元ネタとなった泉鏡花の各作品や、明治時代の妖怪文化、金沢のご当地怪談、あわよくば峰守の他の著作など、他のジャンルへの入口になってくれればなお嬉しい

――小説を書くうえで、いちばん大切にされていることをお教えください。

一つに絞るのは難しいので複数になってしまいますが、まず重要視しているのは、下調べと先人へのリスペクトでしょうか。妖怪や伝承など、元ネタがあるジャンルを書いていると、こういうジャンルは、データを調べて残して研究してくださった先人がいてこそ成り立つものだと常々思います。こちらは先人の成果に乗っかって創作をさせてもらっているわけですから(無論、先人を無闇に持ち上げるのはそれはそれで危険ですが)、功績への感謝は忘れてはいけないし、忘れたくないなと思います。

あと、作者の倫理観やスタンスを明示することを恐がらないこと。「エンタメだからそういうのは気にしなくていいんだ」という立場もあると思うんですが、むしろ私は、娯楽作品の方が「この書き手は何が良くて何が悪いと思っているのか」という基準が明確に示されるものだから気を付けねばならないと思います。

もう一つ、スケジュールをしっかり管理することも大事ですね。執筆する時はペース配分を考えて作業を進め、遅れる時は、「こういう理由でどれくらい遅れます」と早めに先方に伝えること。小説に限った話ではないですが、これは大事だと思います。

――最後に読者に向けて、メッセージをお願いします。

配信やゲームなどの映像文化がどこにいても楽しめる時代、絵もなく声もない本(小説)は、派手さに欠ける部分はありますが、情報量が絞られているからこそ没入できる魅力、刺激が少ないからこそゆっくり浸れる味わいがあると思います。

特に文庫本は(最近は結構高くなりましたが)値段もお手頃で、コストパフォーマンスもなかなかだと思います。どんどん本を読みましょう。私も読みます。

今回取り上げていただいた『少年泉鏡花の明治奇談録』について言えば、単体でも楽しめる作品ですが、元ネタとなった泉鏡花の各作品や、明治時代の妖怪文化、金沢のご当地怪談、あわよくば峰守の他の著作など、他のジャンルへの入口になってくれればなお嬉しいと思って書いた本でもあります。読み終えた後、次の本を選ぶ取っ掛かりになってくれれば、本好きとしてこの上なく嬉しいですね。

Q:最近、嬉しかったこと、と言えばなんでしょうか?

それはもちろん、『少年泉鏡花の明治奇談録』が無事に出せたことです!

それと、この新刊について、尊敬している方からありがたい感想をいただけたこと。毎回いいものが書けたと思ってはいますが、リスペクトしている方に「良かった」と言ってもらえると安心できますし、嬉しいですね。

Q:ご自身は、どんな小説家だと思われますか?

怪談や伝承など、元ネタありきで話を膨らませるのが上手い作家だと自負しております。あと、なんだかんだでスケジュールは守る作家です。天才的に尖った部分がないので、そういうところで頑張っていかねばと思っております。それと口が早いです。

Q:おすすめの本を教えてください!

■『泉鏡花集成 7』泉鏡花著 種村季弘編筑摩書房)

やはり鏡花は外せまい、ということで、今回モチーフにさせていただいた作品の中でも特に好きな「夜叉ケ池」が収録されているこちらを一冊目に選びました。

私の好きな鏡花の妖怪ものの特徴として「近世以前の怪異のフォーマットを踏まえている」「なのに価値観は近代的(むしろ戦後的)」「妖怪の格が人間より高い」というのがあるんですが、「夜叉ケ池」にはこれが全部入ってるんですよね。

それと、鏡花は文章が分かりにくいという声をよく聞きますし、私も実際その通りだとも思います。現代の読者が読むと、作中で何が起きているのか把握しづらい部分があるんですが、その点、「夜叉ケ池」は台本形式なので、どれが誰のセリフで、今何が起こってるか、全部書いてあるんですよ。

内容も「生贄を求める共同体」というシチュエーションは現代人にもとっつきやすいものですし、ここで凄いと思うのが、儀式に選ばれた生贄役は別に殺されるんじゃなくて、ただ恥ずかしい目に遭わされるだけなんですが、主人公たちがそれを全力で拒否すること。「村のためだか国のためだか知らないが、嫌なものは嫌だ」という姿勢を戦前に書いていたのは、改めて凄いと思います。

あと、生贄の儀式の話だけで充分に起承転結が成立しているのに、それはそれとして妖怪がしっかり実在していて、自分たちの社会を持っているところや、その妖怪は特に人間の村に愛着がなくて、滅ぼせる機会が来たら即座に村を滅ぼす! といったドライさも好きですね。「我々が気付かないだけで、人でもなく神仏でもない凄いものが案外近くにいるかも」という世界観は、戦後の妖怪ものの基本要素で、私もよく使っていますが、これを定着させたのも鏡花だと思っています。

■『黒後家蜘蛛の会 1』アイザック・アシモフ著 池央耿訳東京創元社)

『少年泉鏡花の明治奇談録』は連作ミステリーなので、同じジャンルより、特に思い入れのあるこちらを選ばせていただきました。

私は一定のフォーマットがある連作が好きなんですが、このシリーズはフォーマットが徹底してるんですね。パターンが絶対崩れないし、フォーマットだけでなく舞台も固定されていて、それでいて毎回しっかり面白い。何度も読み返しているので、依頼人が出てくるところでもうオチまで思い出せる話がほとんどなんですが、それでも再読できてしまうのは、ベテラン落語家の落語は話を知ってても面白いのと同じように、アシモフの書くキャラクターや掛け合い、文章そのものが読んでいて気持ちいいからです。読んでいる間中ずっとなんとなく心地いい小説というのは私にとって一つの理想で、そういう意味でも大好きなシリーズです。

■『彼らは世界にはなればなれに立っている』太田愛(KADOKAWA)

三冊目は近年の本にしたかったので、近々文庫化されるこちらを選ばせていただきました。

移民差別の存在する架空の町が、戦争に巻き込まれていくおかしくなっていく過程を描く群像ものなんですが、とにかくヘビーで重たくてしんどい。指導者や政治家が悪いんだ、で済ませるのではなく、大人全員に責任がある、そんな世界に生まれてくる子供が可哀想だろうが! というテーマを全力で突き付けてくる作品なので、読み終えた後はぐったりしました。作者の太田さんは『相棒』の脚本でも知られる方なので、謎解き要素もあるんですが、真相が明らかになっても何も嬉しくないんですよ。「人は愚かだ……!」としか思えない。でも、それだからこそ読んで良かった本だと思いますし、実際何かはしっかり残るという、得難い読書体験をさせてくれた小説でした。

『少年泉鏡花の明治奇談録』では、徴兵制への不安や困惑を語る鏡太郎を見て、大人である義信が申し訳なさを感じるシーンがあるんですが、このあたりは影響されてるなあと思います。

それと、太田愛さんが『ウルトラマンガイア』で書かれた「遠い町・ウクバール」という話が私は凄く好きでして。ここで描かれた「自分の居場所はここではない」「どこかへ行ってしまいたい」という不安と言うか、願望と言うか、そういう感情への思い入れが自分の中にずーっとあって、これは『少年泉鏡花の明治奇談録』にも露骨に出ております。


峰守ひろかずさん最新作『少年泉鏡花の明治奇談録』

『少年泉鏡花の明治奇談録』(峰守ひろかず) ポプラ社
 発売:2023年08月03日 価格:814円(税込)

著者プロフィール

峰守ひろかず(ミネモリ・ヒロカズ)

1981年生まれ。2007年に「放課後百物語」で「第14回電撃小説大賞」大賞を受賞、翌2008年にタイトルを『ほうかご百物語』と改めデビュー。主な著書に、『俺ミーツリトルデビル!』『選ばれすぎしもの!』『絶対城先輩の妖怪学講座』『お世話になっております。陰陽課です』『六道先生の原稿は順調に遅れています』『新宿もののけ図書館利用案内』『金沢古妖具屋くらがり堂』『学芸員・西紋寺唱真の呪術蒐集録』『うぐいす浄土逗留記』『今昔ばけもの奇譚』などのほか、妖怪テーマの映画ノベライズ『妖怪大戦争ガーディアンズ外伝 平安百鬼譚』や、第6期テレビアニメシリーズ『ゲゲゲの鬼太郎』のノベライズも手がけている。

(Visited 814 times, 2 visits today)